043 抱擁は大事です。
――なぁ~んてね、びっくりした?――
熊さんが帰ってこないので、先にご飯を頂き、それでも帰ってこないので、エレースちゃんを寝かしつけます。センティエさんに熊さんが帰ってきたら教えてくださいとお願いして、私は研究室に。でもやっぱり帰ってこなくて、作業を終えて、談話室を目指します。
と、物凄い疲れた顔をした熊さんが丁度こちらにやってくるところでした。
「……リリー」
掠れた声と、切なげな瞳が私に向けられます。
「おかえりなさい、熊さん。お疲れみたいですけど、大丈夫ですか?」
あの無茶苦茶お坊ちゃんに振り回されたんでしょう。私は駆け寄り、熊さんの手を取ります。
「…ただいま、リリー」
熊さんはため息一つ。そして沈黙です。
「なんか、大丈夫じゃなさそうですね。ご飯食べました?」
「食事は、大丈夫です……」
「じゃあ、寝ちゃったほうがいいと思いますよ。エレースちゃん、今日は私の部屋ですし、熊さんゆっくり寝てください」
私が手を引くようにすると、熊さんがトコトコ大人しくついて来ます。あれー?なんか情けな可愛いぞ?顔はカッコいいのに、萌えるぞ?
「ヤなことでもありました?」
道々訊ねます。
「そうですね、……そうですね」
重要なことなので二度言いました?本当に嫌な思いをしたようです。
「お酒飲みます?そしたらヤなこと忘れちゃいますよ」
「そうですね……、いや、お酒はやめておきます」
ぼそりと「色々考えないと」と続けます。
「考えるにしても、ちゃんと寝ないと頭働きませんよ」
「あっ…そうですね」
むん?思ったより重大な何かがあったんでしょうか。熊さん、沈みっぱなしで、いつもの和やかさが消えています。
お部屋に到着し、なんとなく一緒に入ります。熊さんのお部屋は私の部屋と間取りが真逆になっているだけなので、私は熊さんがソファに腰掛けるのを確認して、クローゼットに向かいます。さっさと寝巻きを取り出して、熊さんに差し出すと、熊さんは受け取りはしましたが、そのまま固まっています。とりあえず私は、差し向かいに座ることにしました。
「何があったか、聞いたほうがいいですか?聞かないほうがいいですか?」
空気を完璧に読むことは不可能なので、あらかじめ聞いておきます。
「言えることは、王警団に勤めることになりました。ということでしょうか……」
ふむ?『言えることは』ですか。しかも王警団ってことはつまり……
「んー、それはつまり、家族に今回その王警団に勤めることになった経緯を、如いてはマー様について語ってはいけないと言われたってことで、しかも王警団ってことはマー様は王族、もしくは王城の人事に口出しできる地位にいる方ってことですよね?」
「……やはり、貴女は私には勿体無いくらいの人ですね」
頭の回転が早いのが取り柄です!たまに働かないけど!って、自画自賛はやめにして……。ようは、今の私の話を全面的に認めたってことですね。
「なんで、そんなことになっちゃったんですか?ってのも、聞かないほうがいいのかな……」
言ってはいけないってことは、言うと危害が及ぶって事ですよね?
「いえ、簡単な話で、私が法術に長けているので護衛に、ということだそうです」
そこら辺は話していいラインなんですね。でも、断れなかった理由は言えない、と。
「でも、熊さんはやりたくないんですよね?」
「そうですね…、今の状況でも貴女とゆっくり過ごす事が出来ないのに、これ以上忙しくなってしまうのは残念というところでしょうか」
かわされたのか、本気なのかわからないですよー。
「近日中に、王都に居を移すことになります」
「え?」
やっと今日、初めて街に出たって言うのに、いい人だらけっぽくて嬉しいなぁって思ったとこだったのに!なんだか激しく残念です。
「王都へは早馬を使っても一日かかる距離ですから、通いで勤めると言う芸当は地に属する私には不可能でして……」
「そりゃあそうですよねぇ」
「王都にも、ここと変わらない程度の屋敷はありますから。……それで、あの……」
熊さんがうつむいてモジモジします。
「なんです?」
「着いてきて…くれますか……?」
おっとー、逆に予想外ですよー?ん?逆に予想外って言葉おかしいですね。おかしくなるぐらい予想外でしたよ?私、かなりライクからラブ寄りになってるつもりだったんですが、嫌々王城勤めになる夫についていかないぐらい愛が無いと思われていたとは心外です。
「心外です」
思わず声に出しちゃいましたよ。
「……?」
あぁ、だからそのきょとん顔可愛いからやめてね?
「私は、熊さんのことす…その、す……」
さらっと言ってしまおうと思ったのに、口が勝手に止まりやがりました。別に愛してるとか言うんじゃないからいいじゃん!緊張する必要ないじゃん!エレースちゃんに毎日好き好き言ってるじゃん!そんな感じで言っちゃえばいいじゃん!
「……リリー?」
あぁ、熊さんが感付いた。その、熱視線もほんと、恥ずかしくなるから、むしろそれこそやめてくださいよ!
「………………」
「………………」
やばい、頬が引きつる。私、意外とチキンだな!
「……リリー…。私は、貴女が好きです」
熊さんがそっと、私の手を取ります。
えぇ、女は度胸!本当は愛嬌だけど!
「……私も好きですよ!だから着いてきますよ!えぇ、どこまでだって、一緒に行ってやりますよ!!」
ぽわんと私の頭の中に出てきた私のミニキャラが、「何、逆ギレしてんのー」とか突っ込んでますが、無視です。
「……ありがとうございます」
切なげに、熊さんが微笑みました。あれー、ちょっと予想と違う反応だよー。私、多分顔が真っ赤なのに、熊さんも真っ赤になると思ったのに、本当に何事ですか?
「本当ですよ?本当に好きですよ?その…だいぶ愛してる分が多くなって来てますよ?」
焦って、さらっと何か言った気がします。こんな時は軽い口め。
「リリー……」
熊さんが握っていた私の手にキスを一つ落とします。
「……貴女を抱きしめたい」
私の手元から顔を上げ、上目遣いに囁かれた言葉が、私の耳を直撃します。あ、ヤバイ、心臓がヤバイ。そういえば、なんかこういう雰囲気になると、熊さん以外とヘタレなかったりするんですよね、前回そうだったよね。
私は、ぎこちなく立ち上がると、熊さんの手がするりと落ちます。その顔は状況を静観している顔って奴ですかね?熊さんに近づいて、ぎゅっと抱きしめてみます。抱きしめて欲しいじゃなくて、抱きしめたいって言われたような気がしますが、頭がボーっとしていて……。考えて行動しているわけじゃなくて、勝手に体が動いたと言うか?
「リリー……」
胸元から、熊さんのくぐもった声が響き、そっと、私の背中に手が回されます。
「その…好きです…よ?」
「はい…、はい……」
「だから、熊さんが駄目だって言っても、着いていきますからね?」
「…はい……」
「私の熊さん、なんですから……」
ちょっと、自分が何を言いたいのか良くわからなくなってます。
「そうですね。私は、貴女だけの熊さんです」
あれ?なんかちょっと面白い返しだった気がする。いや、この空気で「熊さん」呼びしてることがおかしいのか。
「そういえば、ずっと貴女を猫さんと呼び損ねていました」
この空気からそっちに行くの!?
頭のは、マー様のセリフです。ってわかるよね。すいません。
ちなみに、冗談か~って素直に思っちゃう人がいるとあれなので、宣言しておきます。マー様は嫌な奴です!覚えて置いてください!マー様は嫌な奴です!
最後のはね、本当は「悲鳴と共に来るヤツら。」で猫さん呼びになってたんですけど、改稿したせいでお蔵入りってたんですわ。だから、その流れを呼び戻したくて。




