042 急迫の事態。
「マセラト!いつも通り、マセラトって呼んでよ、グラフィーオ侯爵閣下」
にっこりとフィオ様に笑いかけるマー様は、怪しさ満点です。
「え…あ……、お久しぶりです。マセラト様」
「いやだなぁ、侯爵閣下。いつもは敬語なんて使わないでしょ?それに様付けなんて、貴方の方が地位が高いのに」
いやいや、今の会話から感じるにあんたの方が絶対的に地位が高そうなんですが。ファンタジー好きから言わせて頂くとですね、明らかに地位の高いワガママお坊ちゃんがお忍びで、自分の正体を知っている人にうっかり遭遇!てめぇ、黙ってろよ?と無言の圧力。って感じです。
「………………」
そりゃぁ熊さんも、沈黙してしまいます。
「マセラト様、屋外ですから、リヒティエリュート侯の対応も尤もかと」
「だって、折角のお忍び旅行なのに」
はい、けってー。彼はフィオ様より権力の強い、貴族か、もしかすると王族に名を連ねるお坊ちゃんです。私の中でそう決定付けました。
「場を変えましょう、ここでは……」
レーシさんは冷静ですね。
「やだよ。せっかく観光に来たんだから、ねぇ案内してよ、お嬢さん」
おっとー、こっちに振ってきたよー。どうすればいいんですかね、この場合?
「……マセラトさ…マセラト、我が妻もこの街には不慣れなので……」
なんとか言われた通りにしようとして失敗しまくってる感が半端無いです。
「本当に奥さんなんだ?そっかぁ、侯爵閣下が新婚さんになったって言うのは聞いてたけど、彼女だったんだぁ……」
「はい。我が妻、ミーレリリーです」
熊さんがしっかり、と言うよりちょっと強めに私の手を取ります。緊張が伝わってくるのですが……こりゃ、十中八九マー様は王族です。
「ミーレリリー・リファ・フェイ・アステリグライ・リヒティエリュートです。先ほどはお助け頂き、まことに感謝しております、マセラト様」
「やだなぁ、僕のことはマー様って呼んでって言ったのに。ね?マー様」
促すように、首を傾げます。行動だけ見れば可愛い青年になりきれていない少年って感じです。まぁ、心の中ではマー様って呼んでましたけどね、それってどうなんですかね?未知の世界に足を踏み入れた感バリバリで、どうしたらいいのかさっぱりです。ちらりと熊さんの顔を見ます。なんか苦渋の顔で頷かれました。
「……マー様」
「うん、いいね。それじゃあ街を案内してよ。あ、そっか、布のお店見に行くんだよね。通りはこっちだよ」
ゴーイングマイウェイで、マー様が先陣を切り歩き出します。
「……すみません、リリー…」
ぼそりと、熊さんが苦しそうに呟きました。
「いえ、私こそ一人で街に出たいなんて思わなければこんなことにならなかったんだと思います……、ごめんなさい」
「いや、貴女のせいではありません」
きっぱりと、首を横に振ってくれるけど……そりゃね?私のせいだとは言い切れないと自分で思いますよ!?マー様と遭遇したのが不運だったわけで。でもお付の方一人居たら多分違ったんだと思うんですよね。そう思うと、やっぱり一人で街に出るなんて身勝手だったのかなと思います。
「……あの、マー様って何者なん……」
「ほーらー!早く行こうー!」
こそこそ話しを中断されて、私たちは仕方なくマー様を追いかけました。
布地の親父さんは気のいい人で、しかも品揃えも露天の割りに充実しており、大通りのお店に行かなくても、目当ての布を見つけることが出来ました。
その後は、マー様の気の向くまま街を歩きに歩き、疲れ果ててヘトヘトになった頃、さらりと「僕疲れたから宿に戻るね」と言って、熊さんの屋敷招待を断って去っていきました。ちなみに、熊さんもお送りすると言うことで、私は自警団の団長さんと帰路に着きます。
なんか、ドッと疲れる一日でした……
~その後・熊さん~
「五年前だっけ?会ったの。あれからぱったり王城に姿を現さなくなったと思ったら、結婚だもんね。まぁ、報告は受けていたけどさ」
マセラト様が、気だるそうにソファに身を投げる。
「可愛いよねぇ。奥さん。髪も結構白いし、もう手付けちゃった?」
「……は?」
思わず、不遜な声を漏らしてしまった。
「リヒティエリュート家の悲願は公爵への爵位回復だろ?君はさ、もっと色を濃くするべきだよ。そうすれば、公爵復帰も叶えられる。君の家の人間は馬鹿ばっかりだよね。今、我が王家に仕える四公を見ればわかるだろうに」
私とて、調べた。それは爵位回復の為ではなく、逆にそうならぬ為にであったが。
四公とは、火のリヒティリエーツ公爵家、水のリヒティアザラ公爵家、風のリヒティザイア公爵家、緑のリヒティグラカ公爵家を示す。遥か昔は、我がリヒティエリュート家をあわせ五公と渾名されていた。
各公爵家の者の髪は色濃く、己が属性を良く表している。白は王家の色、神の色。公爵位を拝していようとも、色濃き王は王に有らず。公爵とは王家を護る為に存在する象徴。
太古の昔、五公は神に連なる者として名を拝しながらも、真なる王の為に神の血筋である証を色脈によって変えて行ったのだろう。此処からは憶測だが、我がリヒティエリュート家は故意か偶然か色の薄いものが代々続き、王家乗っ取りの疑いを掛けられ王家の血脈であることを排された。そこからはまさに妄執。侯爵へとなって、色を薄め続けることが、故意であったのなら妄信、偶然であったのなら愚物。色濃きことが求められていると言うのに、色を薄めることに傾注していたのだから。
「君には期待していたんだけどな。君も、玉座を欲するの?」
赤い瞳が私を見据える。
「決して、そのようなことはありません。我がリヒティエリュート家が望むは王家の繁栄、民の安寧のみでございます」
「それじゃあ、なんであんなに白い子を奥さんにしたんだい?僕には君が、いや君の意志じゃなくてもリヒティエリュートが王座を望んでいるようにしか思えない。僕が座るべき椅子を乗っ取りたいようにしか見えないよ?」
幼さの残る顔が嗜虐に歪む。
「……我が妻は、我が心。我が妻は、我が月。それだけにございます」
「あははっ!惚れてるの?好きだから結婚したって言うの?」
「……はい」
しばらくクツクツ笑っていたマセラト様が、顔を歪める。
「もう少し、政理というものを考えたほうがいいよ。望む望まないに関わらず、君は元公爵家の人間であり、関わるまいとしても王政に関わらざるを得ない立場なのだから」
父の代、リヒティエリュート家は公的な発言を許されていなかった。当家は捨て置かれた存在のはず。今になって、王政との関わりを示唆されるのは何故だ?
「君はとても優秀だそうだね。噂では五位精霊を使役出来るとか。王警団の術士にね、四位召喚出来るのが一人居るんだけど、アレは扱いづらくて困ってるんだよね。だから、君には是非とも王警団に入って貰いたいと思っていたんだよ?」
神の子と謳われる王に、精霊と呼応する力は無い。色素が薄いと言うことは精霊に感応する能力が低いと言うことだ。神に祝福されし者であるからこそ、民を信じ、民が護るべき者として、あえて力弱く生まれてくると言われている。しかし、神の子であるから、我々人とは違う一面も持ち合わせている。
「だから、こうやって君が治める街を見に来たのに」
マセラト様が、両手を広げ、一面を見渡す。まるで舞台の役者のようだ。
私は、必死に考えていた。私の大切なモノ達を護る為に、私が出すべき答えはどこにあるのか。
「それなのにあんな髪の白い子、駄目だよ、グラフィーオ」
赤い瞳が鋭利な刃物を思わせる鋭さで私を睨む。
「だからあの子は、僕が貰う。いいね?グラフィーオ」
言葉が、私の脳を揺さぶった。
「それが嫌なら、お前の身を僕に差し出せ」
王警団は造語。




