036 茶色のふわふわ。
『』は現語
「あのね、きょうね、フィオパパのむかちのかおみたの」
「……?」
どうやって見れるんですかね?写真なんて技術無いし……
「しょーぞーがみたのよ」
あぁ!肖像画!もしかして熊さんがあの時持ってた薄い何かか!
「私も見たいです!」
「……あ、いや…」
何故だ!エレースちゃんには見せたのに何故私には見せてくれないのか!不公平ではないか!
私はすさまじくぶーたれて、見せてとせがんだのですが、結局熊さんは承諾してくれませんでした。ちきしょう。そんなに出し惜しみされると期待するよ?期待していいんだね?そんな目を、久しぶりに一緒できた食後のお茶で熊さんに向けてみます。ちなみに、エレースちゃんは私のおっぱいに頭を乗せて既に夢見心地です。そろそろ寝そう。
「あのですね……」
無言でお茶を飲んでいると、一人掛けのソファから私たちが座っていたソファに移り、熊さんがエレースちゃんの頭を撫でます。エレースちゃんは小さく「うぅん」と唸って、私のおっぱいに顔をこすり付けると動かなくなりました。本格的に夢の世界へ旅立つようです。そろそろ寝かしに行かないとですね。
「寝てますね」
「まぁ、そうですね。で、何が『あのですね』だったんです?」
若干不貞腐れた声になってしまうのは致し方ないです。でも、私の声音に熊さんがオドっとします。
「あ、はい……。その…肖像画は私が若いときの物で、今とはきっと変わっているでしょうし、彼等は仕事柄本来の姿よりも…その……」
熊さんがモジモジします。言いたいことはわかるのですが、私は好奇心旺盛なほうなのでダメって言われるとムズムズするんですよ!
「……実際の姿より美形に描かれているんですか?」
「えぇ。ですからその肖像画の姿をそのまま信じられると……」
エレースちゃんには見せたくせに!とは言わないでおきます。
「……むぅ」
そりゃあね、私も乙女ですから理想をばかりを追って現実に落胆するとか良くやりますが……
「だから…あの……」
あぁもう、いい大人が背中を丸めてモジモジしないでくれないかな!萌えるから!
「……わかりました。でもその代わり、おヒゲの無い顔を一番最初に見るのは私ですからね!」
「……はい!」
なんだかほっとした様子の熊さんと、私の胸でスヤスヤ眠るエレースちゃん。こんな、正直周りからしたらどうでもいいような内容でぷんすかしてる私。それに気付くと、ちょっと笑いがこみ上げます。
「ふふっ……約束ですからね?」
そう言って、私は小指を熊さんの前に出します。
「……?」
「熊さんも小指出してください」
私に言われるまま、私と同じように顔の前に持ってきた熊さんの小指に自分の小指を絡めます。
『ゆーびきーりげんまーん、うーそついたらはりせんぼんのーます!ゆびきった!』
きっと熊さんには不思議な呪文に聞こえたことでしょう。現語ですからね。
「あの…今のは?」
「こっちの言葉にすれば、指切り…『げんまん』って何かわからないや……えっと…まぁ、それは置いといて、約束を破ったら針を千本飲んでもらいますよ!って言う現の風習的な?」
「針を千本…それは辛そうですね……。十本くらいずつ先端部を何かで包んで……」
おいおい、真剣にどうすれば飲めるか考えるってどうなの!
「言葉だけですから!本当に飲まないといけないわけじゃないですよ!!」
「あ、あぁ…そうですね。そもそも約束を破らなければ飲む必要はないですね」
「あっ!そうですよ!だから、飲み方とか考えるんじゃなくてちゃんと約束守ってくださいね!」
「はい」
熊さんがふにゃりと笑います。熊さんの目は釣りあがっても垂れ下がってもいないのですが、笑うと垂れ目がちになるから可愛いです。
「……しかし…、そうなると理容師には頼めませんね……。自分で刃を当てるのは久しぶりなので……」
駄目だ!変に融通利かないよ熊さん!
「理容師さん以外で、でいいですから!」
「そうして貰えると助かります」
そうして、またもふにゃりと熊さんは笑います。もう……ほんと、可愛いなぁ……
それから、数日。
私は、とあることで色々と頭を悩ませていました。
エレースちゃんももうじき五歳。六歳になれば現と同じく学校が始まります。まぁ、学校なんて大都市じゃないとやってないのですが……でも、田舎娘だった私も慈善でやってる塾みたいな所には行きました。こちらの学校は、最低限必要なことを教えるというスタイルなので、読み書きと足し算引き算、この世界の大まかな歴史ぐらいをやるだけです。それでも、同年代の子が集まってにぎやかに聞いた授業は大人になって思い返せば掛け替えの無い思い出になるんじゃないかなぁと思うと、エレースちゃんにも是非行かせてあげたいです。
貴族って言うと家庭教師~ってイメージが強かったのですが、むしろ身分が高い方々こそ、学校に行って交友関係を広げるものらしいです。熊さんから聞かされているので、エレースちゃんの身分が貴族ではないこととかもわかってるし、色々問題もあるし、今まで通りお屋敷で暮らして勉強を教えるのが無難なのはわかるのですが……
でも、それじゃあいつまでエレースちゃんはお屋敷に閉じこもっていればいいの?一生出れないじゃない!と思うわけです。こういう時、親友だったらいい解決方法を出してくれるんだろうけど、生憎と私はおバカなので悩みまくりです……
あー!エレースちゃんを自慢して歩きたいのに!って、本音がだだ漏れ!
「ったぁ!」
おあっ!
「す、すいません!」
「いえ、大丈夫ですわ……。上の空ですと、このようにお相手の足を踏んでしまう可能性がありますから、集中して下さいませ」
えぇ、実は絶賛、社交ダンスの練習中でした。
「ほ、本当にすいません」
優雅に私の相手をしてくれているのは、エレースちゃんの行儀見習いから私の奥様修行までをしてくれている、レビーさんです。どうやら熊さんよりも年上なようですが、しゃきりとした賢そうな人です。貴族ではないのですが、それに近しい身分らしく、ばっちり淑女としての教育を受けて育ち、結婚を控えていたのに、仕事がしたいと家を飛び出したというかっこいい女性でもあります。街で靴屋をなさっている旦那さんと可愛い二人のお子様に囲まれ暮らしていたのを、エレースちゃんの教師として推挙されたとか。
「本日はこれまでに致しましょう」
あう、上の空過ぎて呆れられてしまったでしょうか……
「……ミーレリリー様?お気になさっているようですが、お時間を見てくださいませ」
言われて時計を見ると、授業時間終了間近でした。
「この後はエレース様の語学勉強の時間ですから、少し休憩させて頂きますわ」
「はい、ありがとうございました」
そして、ほんとすいませんでした。と、私が踏んだせいでうっすら赤い足に謝っておきます。
「おや、終わられましたか」
と、センティエさんが登場です。ほんと、いつのまに現れた……
「グラフ様がヒゲを当てられるそうなので、奥様をお呼びするようにと仰せつかりました」
センティエさんの言葉にレビーさんはきょとんとしてます。そりゃそうですよね、ヒゲ剃るのになんで奥さん呼ぶんだって思うよね普通。熊さんが物凄い律儀なんです。はい。
「わかりました」
私はセンティエさんに連れられて熊さんの元に行きます。
しかし、なんかヒゲ剃るだけなのに一大イベントと化している気がするのは私だけ?
熊さんがリクライニングチェアに座って、理容師さんとなにやら話しています。どうやら、既に剃り終わったようなのですが、後ろ姿なのでよく判りません。床には綺麗に纏められた大量の毛。ふわっふわの茶色い毛。
って、量多すぎないか?って、長すぎないか?これ……髪の毛?
そう気付いた瞬間、私の頭が閃きました。そうですよ!
「その毛下さい!!」
「指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます」
「指切り」とは遊女が、愛する男に自分の小指を切って送ったと言う怖い心中立てですよね。しかし指を切って多分相手に渡し、約束が破られたら万回殴った挙句に針千本呑ませるって怖いよ?
もちろんリリーは元の意味とかわかってないけど(笑)




