029 犬と猿の攻防。
「……コホン」
それは、熊さんの精一杯の勧告だったのだと思います。ですが、鳥さんもレーテミーナ様も自分達の世界です。ほんと、がらっと変わりすぎてついていけません。
「リリママー」
「ん?なあに?」
コホンコホン咳をし続ける熊さんをよそに、おっぱいに埋もれさせていた顔を上げてエレースちゃんが窓越しに庭を指差します。
「つまんない。おそといこう?」
「そうだねぇ、お天気もいいしお外で遊ぼっか」
「フィオパパも?」
コホコホし続けていた熊さんが止まります。
「え?えぇ、今日は二人が来るので仕事は休みにしましたし、大丈夫なのですが……」
視線の先にバカップルですね。うん、本来この二人の為に集まってるんだから、二人をほっといて三人で遊ぶわけにはいかないですよね。
「レーテミーナいらない」
エレースちゃん辛辣ですよ!
「そんなこと言っちゃ駄目だよ?エレースちゃんだって、パパに要らないって言われたら悲しいでしょ?」
「パパはいわないもん。エレース、レーテミーナにいらないっていわれてもかなしいないもん」
この四歳児、頭良いです。伯父さまも敏腕社長だったとか聞いたので、もしかして熊さんの家系は知能指数高いご家庭ですか?
「でも、レーテ様はフィオパパともリリママともお友達なんだよ?エレースちゃんがレーテ様をいらないなんて言ったら、フィオパパもリリママも悲しいなぁ」
「むぅ……」
くっ!可愛い!好かれている実感が物凄い沸く!可愛い!むぎゅぅ~ってしたい!
「でもおたのしみだもん」
それ、どうやったら使わないようにさせられるんですかね。アーノンさんの馬鹿野郎。
「そうだなぁ…、二人が気付いたら一緒に遊んでくれる?」
「……いいよ」
「よし、それじゃあ……」
エレースちゃんを降ろして、椅子から立ち上がります。
「レーテ様?庭に出ませんか?」
ちょっと大きな声で話しかけると……
「勿論ですわ!!」
即反応ですね。私に対してお祈りポーズになるのは、デフォルト化しているようです。
そして、鳥さんの視線が痛いです。
庭に出ようなんて言うんじゃなかった。
「キ、アァアアアアアア!!!」
「エレース!なにすんのさ!」
「だってちょうちょすきよね?」
うん、確かにレーテ様は蝶が好きだってさっき言ったけど、その子はまだちょうちょになってない子供だから、レーテ様にはきついんじゃないかと思うよ?
「あ、へび」
「イヤァア、アアアアアア!!!」
「じゃなくて、ひもだった~」
うん、どこから持ってきたのかな、そのロープ?
「わた…わたくし……」
「まぁ、ね、ちょっと歩きましょう」
エレースちゃんのいたずらに本気で憤慨する鳥さんを止める為に、熊さんは魔法組み手的なことを始めてしまったので、私たちは二人から離れています。
「じゃあエレースさきいくね~」
ととと、と走っていってしまう。まぁ、敷地内なら問題はないから好きなようにさせてあげよう。
「危ないことしちゃ駄目よー!」
「あーい!」
うん、元気でよろしい。
「なんか、エレースがごめんね?」
「いえ、わたくし……」
ぽつりと洩らした声が止まります。
「エレースちゃんがヴァルナトなのが気になります?」
昔は、使用人さんの中に、エレースちゃんが恐ろしいと言ってあからさまに避けたり、気持ち悪いと思っているのか、嫌悪感を向ける人もいたらしいです。まぁ、そういう人はセンティエさんとアルシラさんにバッサバッサ首にされたそうですが。
「いえ…どちらかと言えば、好意を持っていましたわ。わたくしよりずっと辛い境遇に置かれるのだから、守ってあげたいとも思ったのです。それに……もしもエレースに気に入られればグラフィーオ様と結婚出来るかもと…欲目もありました……。あ!今はそんなこと思ってませんわ!」
「はい、わかってますから大丈夫ですよ」
「ありがとうございます……。グラフィーオ様は年々お忙しくなっていらっしゃって、私も訪ねることは控えていたのですが、たまにウォークと訪ねるとあの騒ぎでしょう?」
「あー」
「エレースと二人で遊ぶようになったのですが、いつからか、エレースに避けられるようになってしまって……」
あー…ほら、子供って敏感ですからねぇ。欲目があったって言ってるし、そういうの感じ取っちゃったんかねぇ……
「わたくし、躍起になってしまって……。色々したのに、全て駄目で、子供相手なのに苛立ちをぶつけて、泣かせてしまったのですわ……。ある時、エレースから贈り物あるのと言われたのです。あんなことをしたのに、仲直りしてくれるんだと思って……目を瞑ってねと言われたので言われた通りにしたら……」
レーテ様がなんかフルフルと震えます。エレースちゃんが何やらかしたか、なんとなーくわかる気がします。
「急に、服を引っ張られて…背中に……背中にピチャって……」
ピチャかぁ……両生類辺りだろうなぁ……
「背中に…かえ……カエルが……」
子供のいたずらってヒートアップするばかりで歯止めが効かないんだよねぇ……私も歳の離れた従弟に顔の目の前でおならされたり、カエルといえば、私のお気に入りのハンカチにカエル挟んで思いっきり叩き……うぅ、思い出すのは止めよう。
「わたくし、半狂乱で服を脱いで……その時にわたくしの悲鳴を聞きつけたウォークとグラフィーオ様が……」
あ、うわぁ……
「ウォークがわたくしに上掛けを掛けてくれて……」
うん、鳥さんに泣きつくレーテ様と、激昂する鳥さん、オロオロ止めようとする熊さんの図が頭に浮かびます。
「グラフィーオ様が、エレースの頬を叩いて……」
「え?」
マジですか?
「エレースはグラフィーオ様に抱きついてごめんなさいを繰り返していましたわ。わたくしは…わたくしのせいでエレースがあんなことをしたのはわかっていても…許せなくて……。それに、わたくしにはごめんなさいって言ってくれなかったのですわ!」
あー……なんて言えばいいのか……
「わかります。わたくしはムキになりやすいですし、きっとエレースもそうなんだと思います。それに、きっとエレースにはグラフィーオ様がエレースではなくわたくしを取った、と映ったのでしょうね。それからは敵愾心剥き出しで……。私は馬鹿ですから、この間までは、そんなエレースに反抗していたのですわ……」
それはつまり、四歳児レベルのいたずらを互いにしていたってことですかね?
「でも、わたくし思い出しましたの!初めの頃にエレースに感じた気持ち…守ってあげたいと、本当にわたくしそう思いましたのよ!だから……」
私は、ちょっと泣きの入ったレーテ様の肩を優しく支えます。
「ミーレさ……」
互いに顔を合わせたその瞬間!
ガサガサ!
頭上から大きな枝葉の揺れる音と共に、ポトポトと何かが落ちてきました。あー、良かった。毛虫かと思ったけど、木の実だね。
でも私ほどレーテ様は冷静にはなれなかったようで……
「イ、イ、イキアァアアアアアアア!!!!」
うん、悲鳴が響き渡りました。
もちろん犯人はエレースちゃん。どうやら、私がレーテ様を庇うのが面白くなかったようです。熊さん平手事件しかり、自分を一番にして欲しいというのは、子供特有と言えるでしょう。親愛や家族愛が同じベクトルで測れるものではないことは追々学んでいけばいい。でも、ちゃんと叱らせて頂きました。
ついにとうとう燃え尽きたレーテ様は暫く放心し、夕方になる前に鳥さんと帰ってきました。
チャンチャン。
って行かないんだよねぇ。毎回毎回。
レーテ様と鳥さんは結局お泊りです。しかし、何がどういうわけか、レーテ様とエレースちゃんが一緒に寝ると言うわけのわからない事態になりました。
また、一騒動起こらないといいけど……




