011 ――サイド・熊さん―― 3
2013/04/30 超改稿。
パパンとママンを出すと収拾がつかなくなるからワザと出さなかったんですが、本当に収拾がつかなくて困った……(笑)
翌朝、私は決意を胸に着替えていた。
「貴方の中でなにがどうなってイルランにいくことにしたんです?」
アムイが服選びを手伝いながら、問い掛けてくる。その場にはファーリンも居た。
「結婚を申し込む」
「おぉ!素晴らしい!是非とも私もご一緒させて欲しいので――」
「と、いう可能性もあるが、イルラン男爵にヴァーラント卿との間でどんな話があったか聞きたい。何の契約もなく土地を譲るはずもない。そもそも、そこの情報が欠けていたのだ。釣り合った条件でならばそれでいい。しかし何かしら不利な条件を押し付けられていたのなら手助けをするつもりだし、昨日アムイが拾ってきたのが事実でそれをミーレリリー嬢が本心で受け入れていないのならば私の力を以て捻り潰せばいいだけだと気付いた。前もってイルラン男爵に話を通せば……どうせ私は変人侯爵、どうとでもなろう」
それが、一晩かけて考え抜いた答えだった。
「グラフ様……?ちょっとなんか変に高揚し過ぎてませんか?」
いぶかしんだ目で、アムイが私の顔を覗き込んだ。
後から思えば、この時の私は少々可笑しな……そう、副長が良くなっていた『可笑しなテンション』だったのだ――
『どうですか、この素晴らしいデザイン!素晴らしい!素晴らしいのに、なぜか今の社交界での主流はフロックやテイルコートばかり……。正装として洗練され、その上で遊び心に溢れているとは思いませんか!このスラッシュの入ったダブレットにレース織りのラフを――』
と、召喚詠唱よりも難しい単語を羅列するファーリンが勧めてきた服に身を包み、私は森を抜けてイルラン男爵の屋敷へと向かった。
(しかし、このラフと言うのは悪いとは思いませんが、今の私には合わないのでは……?)
とひっそり思っていたが、ファーリンが絶賛しつつデザインがミーレリリーだと言うので素直に着たのだ。
のちに、「あれはない」とリリーに言われるのだが……
イルラン男爵に招き入れられ、私はここに至る経緯を話した。
「あー、やっぱりなんかそんな感じだったんだねぇ」
間延びした喋り口でイルラン男爵が答える。
「その、男爵は――」
「うちはねー、正直もう爵位とかどうでもいいんだよねぇ。リリーもねぇ、ちょっと厄介だよねぇ。神の知識を伝える者なんてさ、お陰で僕たちリリーの可愛い三歳から四歳の間を一緒に暮らせなかったんだよ?まぁ、一年で帰って来てくれたからいいけどねぇ。ほら、あの子たちって役に立つと思われたらずっと王立研究所か法王殿に盗られちゃうじゃない?可哀相だよねぇ」
のんびりとした声とは裏腹に、口を挟ませない強さが潜んでいた。
「リリーはねぇ、そりゃちょっと変わった子だけど、すっごいいい子――なのは君も知ってるね」
イルラン男爵の目がすぅと細められた。心臓が一度強く脈打つ。
「あ、あの、それは……」
「いいのいいの。僕も奥さんも知ってたし、君はほらーリリーと命卵の数が一緒なんでしょ?もちろん僕たちだってリリーが授かるはずの子はリリーに定められた人数を神から手渡されるべきだって思ってるから、四個持ちの男の子を探したりもしてたんだよねぇ。まぁー随分長いこと見つからなかったけど、君のほうから出てきてくれたし、調べてみたけど君はいい子みたいだし、僕たちはいつ結婚のお話くるかなーって待ってたんだよねぇ。でもねぇ、今日のお話はそういうお話じゃないみたいだねぇ。君はうちの子と結婚する気ないのかなぁ。さっきから彼女が望む相手ーとか、幸せでいて欲しいーとか、男だったら僕が幸せにするので娘さんを下さいっ!ってすぱっと言って僕に一発頬を殴られるべきなんじゃないかなぁ。あ、別に殴るつもりはないんだけどね?前にリリーがなんかそういうのが憧れだって言ってたからやっぱり父親としては期待に答えるべきかなぁなんて思ったりもするんだよねぇ……」
そのまま男爵は私を見詰めて黙り込んだ。
一気に与えられた言葉に、僅かに混乱するが総合すると男爵は私にリリーを娶れと言っていた。私が出した結論の中に、ミーレリリー嬢との結婚は入っていない。まさか、イルラン男爵から話を持ち掛けられるなど、欠片も考えていなかった。
澄んだ青色の瞳から、イルラン男爵の思惑が読み取れない。のんびりと農地を耕す農夫と見せかけて、表面だけを受け取ることを許されない気がした。そう思うと、イルラン男爵は貴族らしい貴族なのかもしれない。
腹芸の苦手な私には、どう答えればいいのかわからなかった。
それでも、己の中の気持ちを言葉にしなければと口を開いた。
「その、しかし、私はへん――」
「うっじうじとだっらだらが五月蝿いわ!」
声を遮って出てきたのは、茶器を手にしたイルラン夫人だった。桃色の髪を妙齢の婦人らしく結い上げているが、どこか幼い印象の方だ。水色の髪に青色の瞳を持った怜悧な顔立ちのイルラン男爵と並ぶと対極の存在のようで、不思議と調和が取れている。しかし夫人の薔薇色の瞳は釣り上がって燃えており、背中をぞくりと悪寒が走った。
「あなた、あなたはいっつもいっつもダラダラとした喋り方をして!はっきりすっぱりなさったらどうなの!あと、リヒ……リヒ…侯爵様!何を怯えてるのかわかりませんけど、この人は別に狸でも狐でもございません!そのまんまの意味に取っていいの!もう、何年よ!あなた何年うちの子追っかけまわしてたと思うの!?さっさと貰ってくれればいいのに、うじうじうじうじうじうじうじうじイライラするわ!仕舞いには自分では来なくなってあの緑なんだか青なんだか微妙な色の髪の子ばっかうちを覗いてるんですもの!十五で婚約して十六になったら即結婚ねーなんて話してたのに、十七で生んでくれたら私だって若いおばあちゃんになれるっていうのに!ちゃんとリリーも大人になったのよってお見せしようとヘソクリはたいて絹を買ったのよ!?パーティーにあなたが来てくれなかったら首しめてるところだわ!まぁ、来てくれたからそれはいいとして……。でもねぇ、今日あなたが我が家に来た時についに結婚の申し込みに来たわ!って思った私の気持ちをどうしてくださるの!?」
「あ、え……あ…の……」
夫人の剣幕に声がどもる。狸やら狐やら、ヘソクリにパーティーと、わからない言葉も多かった。
「そうだねぇ、ウーラの夢は三十四歳までにおばあちゃんになることだったからねぇ」
「そうよ!しかも、リリーの子供と同い年の弟妹計画まであるのよ!その為に命卵を残しているんですからね!」
勢いに押されて声を出せずにいると、二人の会話がどんどんとずれてゆく。
どうすることも出来ずに、暫く二人の掛け合いを聞いていた、が――
「で、うちの子好きなの!?」
「好きだよねぇ?」
と詰め寄られ、私は自分の気持ちを吐露することとなった。話したら話したで、結婚を迫られる。何故、こんな事態になっているのか混乱の極地だった。
二人の怒涛の言葉の間に、自分などではミーレリリー嬢には釣り合わないこと、当家の問題について、その他色々なことを話したと思う。こんな私では、ミーレリリーを幸せに出来ない、と。
しかし、二人から返ってきた言葉は衝撃だった。
『うちの子は幸せにしてもらう子ではなく、自分で幸せを見つける子だ』
その言葉が、胸に沁みた。
『と、いうわけでうちの子もらってね』
と続けられた言葉に、私はしっかりと頷いたのだった。
そして屋敷を出る時、お二人は笑顔で私に言ったのだ『リリーと結婚したかったら、そのだっさい服はニ度と着てこないでね』と……
私はこっそりファーリンの『ふぁっしょんせんす』を疑った……。
それからの一月は目まぐるしく、何度もアステリグライとイルランを往復する日々だった。センティエが式の総指揮を、アルシラが細々としたことから、イルラン家への小さな配慮までし、ゴージは式の料理、アムイが連絡役……いや、半分はファーリンがやっていた。
彼は、自らイルランに赴くとミーレリリーにデザインについてとにかく聞いていたらしい。あの時に見たドレスよりも素晴らしいものを作ると意気込んでいたが、結局ドレスはミーレリリーがデザインしたものになった。そうなってくれて良かったと思う。披露宴で着たマーメイドライン(と言うらしい)ドレスとは別に、ミーレリリーが上げてきた、式用のロングトレーンと言う名称の地面を引き摺る長い裾のドレスデザインを見て、感嘆のため息を漏らしていた。リリーが私の妻となることを一番喜んでいたのはファーリンだろう。もちろん、リリーにドレスのデザインを強要しないように釘は刺しておいたが。
そして、一番反対したのがエレースだった。我が娘同然と思っていたのだが、エレースは将来私の妻となるつもりだったらしい。アルシラが言うには、娘というのは小さな頃は父親と結婚すると言い張るもので、そう言われているうちが花だそうだ。
忙しさを言い訳に、私は妻となる人との接触を避けていた。どう思っているのか、聞かされるのが怖かった。顔を見ると無性に怖ろしくなり、俯いてしまう。そうして一月があっという間に過ぎ、私はミーレリリーと結婚した。
結婚式には、流石にヒゲを剃るつもりだったが、エレースが今までに無い癇癪を起こしたので断念した。指輪を嵌める時の妻の顔を思い出すと、申し訳ないことをしたという心境になる。
昨日の夜は、今まで避けていた感情と向き合うことになった夜だった。
会場は当家の屋敷では無く、アステリグライに近い場所を選んだ為、披露宴が終わると馬車で屋敷に移動した。ミーレリリーの両親を招待したのだが、初夜にお邪魔は出来ないと言われて、やっと昨日と言う日がどんな日なのか思い至った。
そんな状態で、センティエに促されるまま彼女の部屋へ向かった。扉の前に立ち、ドアをノックしようとしたが、出来なかった。
部屋に入ると言うことは、その…………とにかく入るのが、躊躇われ、本当に彼女は私なんかで良かったのか、私に彼女を幸せにする力があるのか、延々考えていた。
暫くすると、中から「きゃー」「恥ずかしいー」「いやーん」などの声が漏れ聞こえ、彼女がこれから起こることを考えているのだと思うと、余計に体が固まった。うっかり、その行為を思い浮かべ、恥ずかしさに死んでしまうのではないかと思った。
その後、彼女が扉を開けるその時までの記憶は無い。扉を開けた彼女を見た瞬間に、全て忘却された。焼き付いているのは……いや、やめよう。
とにかく、私は混乱の果てに逃げ出した。予想外だったのは、彼女が追いかけてきたことだ。ある程度体を鍛えはしていたが、広大な大地を駆け回り、畑仕事で培った彼女の持久力には負けていた。どこまでも追いかけられ、本当に、本当にどうすればいいのか分からないまま、私は叫んだ。
私の叫びに彼女が止まってくれたのにはほっとした。
彼女の部屋で話しをしている間も、私の混乱は収まっていなかった。口を滑らせ、言わずに済ませられただろうことまで喋ってしまった。握ってくれていた手が離れていくのに焦り、やはり奇行に走った。
そういえば『まっちょまっちょ』とはどう言う意味なのだろうか。いずれ機会があれば、聞いてみたい。
大体の経緯と、私の思いを、整理できないまま彼女に話した。だが、考え抜かずに発した言葉から、逆に気付かされることも多かった。私はとにかく、彼女に焦がれていたのだと言うこと、彼女を求める気持ちが心を占めているのだということ。
恋に落ちた。恋とは一方的に求めるものなのだということを悟った。同時に、愛とはなんだろうか、私は彼女を愛せるのだろうかと、不安が膨らんだ。
そんな私の不安を彼女の言葉が優しく包んでくれた。
『恋は落ちるもの、愛は育むもの』
今は求めるだけのこの気持ちを、愛に変えていくことが出来るのだと、彼女は言ったのだ。
自然と、彼女に口付けようとしていた。彼女も拒む様子は無かった。
しかし、そんな状況をエレースの声が遮った。
苦笑した。私に引っ付くエレースは愛らしく、やはり愛おしい存在で、しかしリリーが彼女を受け入れてくれるだろうか心配だった。そんな、考えは杞憂だったが。
それまでは、イルランで見せるような朗らかさを隠していたリリーが、本来の姿を見せた。慈しむように、しかしどこか興奮した様子で、エレースを受け入れてくれた。
私は、この出会いを神に感謝した。
しかし、突然求婚し、今日まで交流が無かったのはやはり、良くなかったようだ。彼女は私の年齢すら知らなかった。あの驚きようでは、相当年上だと思われていたらしい。まぁ、十二の開きがあるので、二十八と言っても、リリーからすればオジサンになるのだろうけれども。
きっと彼女は、心の中で私のことを『熊さん』と呼んでいたのだろう。呆けた顔で洩らしたのだから、グラフィーオと私を呼ぶよりも心の内で長く使っていたことは明白だった。
変人侯爵が熊さん。中々良いと思った。現では熊のぬいぐるみが人気らしい。こちらでもそれは同じで、彼女の中でそんなぬいぐるみと同列の扱いになっていたことが、純粋に嬉しかった。彼女は私のことを決して奇異の目で見ないのだ。可愛いと思ってくれていたなら、熊さんと呼ばれたいとまで思わせた。何故か彼女は慌てていた。猫のような瞳がくるくると動いて、愛らしく、私が熊さんならば、リリーを猫さんと呼ぶのはどうだろうかと思ったのだが、彼女は気に入ってくれるだろうか?流石に人前ではそんな風に呼べないが、二人きりのときはそう呼んでみようと思う。
センティエが元々手配していた別荘での休暇を、早めることにした。アーノンがエレースの癇癪に困り果て、アルシラに相談したところ、私達がさっさと夫婦らしくなれば、エレースも落ち着くだろうし、少し離れてみるのも効果的だ。とのことらしく、私も頷けたので使用人たちには苦労を掛けるが、別荘行きを決めた。
しかし、互いに徹夜だったからだろう、妻は馬車に乗り込んで暫くすると、こくりこくりと眠りだした。強く馬車が揺れた拍子に頭を打ち付けそうになり、慌てて抑える。対面する形で座っており、どうしたものかと思ったが、リリーは唐突に起きると私の手で頭を支えられていることに気付いたのか、一言謝ってから、私の隣に座った。むにゃむにゃと口を動かしていたので、耳を寄せると、「この方が互いに楽だから」と言って、また眠りに落ちた。
背の高さの違いから、私の腕に凭れかかる形になり安定しないのだろう、彼女の首がグラグラ揺れるので、胸元に引き寄せた。甘い香りにクラクラする。どうやら私は眠れそうも無い。
暫くそのまま馬車に揺られていると、またリリーが起きた。
「エレースちゃんの夢みた……」
夢見心地なのだろう、とろんとした声音のまま続ける。
「エレースちゃんのご両親はー……?」
「……いません」
その返答に、首を傾げた後一人納得するように頷く。
「そっかぁ……、じゃあ熊さんがおとーさんなんだねぇ……」
私がエレースの父親。確かに、父親のつもりで接しようと思っていた。実際に父親らしく振舞えているかどうかは分からなかったが。
「そうですね、そのようなものだと思います」
曖昧に私が答えると、にっこりと笑う。
「じゃあ、私はおねーちゃんじゃなくて、おかーさんになれるようにがんばろーっと……」
そう言って、彼女は私の胸元に擦り寄ると、また夢の中に戻っていった。
私は、自然と熱くなる目頭を押さえて、やはり、この出会いを神に感謝した。
小さな配慮=恐怖のマダム・サリ○ン召集。
センティエ:好々爺執事。六十七歳。
アルシラ:肝っ玉メイド長。五十四歳。
ファーリン:細め小さめちょび髭紳士。四十二歳
ゴージ:デブではないぽっちゃりオジサン。三十六歳
アムイ:雰囲気イケメン、飄々キャラ。三十一歳
アーノン:イケメン教育係、苦労性。二十二歳
この作品は多量のおじ様成分で出来ております。




