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転生チートの意味がない。  作者: おうさとじん
1章:奥様になりました。
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009 ――サイド・熊さん―― 1

2013/04/28 微修正。

 つい昨日、妻となった人が、私の胸元に凭れて心健やかに眠っている。少し吊り上った好奇心旺盛そうな、まるで猫のような瞳は今は閉じられ、その美しいすみれ色の瞳を伺うことは出来ない。

 私の背が高いから、顔を合わせると彼女は上を向かねばならない。しかし、そうして私の姿を映す瞳は光瞬いて、まるで紫水晶アメシストのようだ。

 その石が示す言葉は誠実、高貴、愛情。そして、菫の花が示す言葉もやはり似たようなもの。貞淑、謙虚、小さな幸せ、そして愛。

 なぜ、紫が示す力が「毒」であるのに対し、こんなにも紫を帯びたモノ達の性質は美しいのか。

 そっと、妻の髪に触れる。美しい藤色の髪は、日々、太月光たいげっこうを浴びているからか、艶やかな光を帯びている。

 うつつの世界には『太陽』という強い光星ひかぼしがあると聞く。

 今この空に輝く『太月たいげつ』よりもはるかに強いというその光を浴びて生きてきたからか、妻の心は、この神の夢である世界の住民よりも明るく、その笑顔は時に強烈に心を射す。


 強く焼きついて、消すことの出来ない残像を胸に刻む。

 あの日もそうだった。



 伯父のバルグディラッドは血筋で言えば貴族であるが、爵位を継いだのは弟である我が父だった。全てはリヒティエリュート家悲願の為である。

 王家から爵位を賜った貴族は爵位と共に土地も賜る。しかし、その代償として一切の商売を禁止されている。王家は高貴なる血で、平民は高潔なる汗で出来ており、貴族階級は金で出来ている。男爵位貴族は子爵位貴族に取り入り、婚姻という強い絆を手にする為に金を使い、子爵位貴族は伯爵位貴族に、そして伯爵位貴族は侯爵位貴族に。侯爵の上は公爵、つまりは王家との血姻を求めるのだ。

 王家は神の血筋。創世の歴史に、神の子として生まれたと言われている。「ヴァルナト」と忌み嫌われる黒き人とは対極にある白き存在、「ノイフェロメノン」

 「リヒティエリュート」とは「白き波」と言う意味を持つ古語であり、古く、確かに王家の血筋であった。

 白き髪は神の近くに在る証。しかし、我がリヒティエリュート家の人間は、代々の婚姻によりその髪の色を大地の色に変えていった。公爵から侯爵へと爵位が下がった理由は残されていないが、その頃から我がリヒティエリュート家は神の血筋という妄執に囚われ始めた。白い髪を求め、とにかく淡い色の者と子を生し、濃く刻まれた大地の力を弱めていった。

 父もまた、その呪いを強く受け継ぎ、法王殿に勤める象牙色の髪の娘を半ば攫うように娶った。無理矢理に命卵を飲ませ、吐き出すことも許されず毎夜父にその身を蹂躙され、彼女は私を身篭った。

 父の髪は、淡い亜麻色で、妄執に囚われた親族達は、生まれてくる私に大きな期待をかけていた。しかし、私の髪は見事な空五倍子うつぶし色だった。魔力も人族にしては強かった。

 父はリヒティエリュート家の当主であり、侯爵の位を持つものも父一人。命卵も一つしか持たなかった。自身の直系から王族となりうる者を出すことに執着していた父の憤りは、妻であるはずの人に、そして私に向けられた。

 私を生んだ人は、当時リヒティエリュート家の料理人見習いをしていた男と逃げた。裏で伯父上が手引きをしたと、後から聞かされた。

 私はずっと、父の恨みの声を聞いて育った。虐待などの憂き目にあわずに済んだのは、私が命卵を四つも持って生まれてきたからだろう。

 「お前の髪さえ白ければ。いや、お前は私に尊き子を残すために生まれたのだ。お前は必ず白い髪の子を生さねばならぬ。四つも命卵を持って生まれたことは僥倖ぎょうこうだ。必ず王家に相応しい子を生せ、私に王座を見せろ」

 思い返すと、私が心を病んだとして、誰もが仕方がないと言う状況だったのではないだろうか。

 しかし、強い色を持って生まれたお陰か、私はさほど父の言葉に苛まれることはなかった。心優しい人達にも囲まれていた。

 ずっと当家に仕えてきた家令センティエ、乳母代わりを勤めてくれた侍女頭アルシラ、私のように濃い髪色で生まれついた故に、弟に全てを奪われたディラッド伯父上。いや、伯父上はもとより奔放な方だったから、当主の座など望まなかっただろう。

 ともかく、彼ら三人のお陰で、私は真っ当に育つことが出来たのだと思う。

 父は、私が十七の時に亡くなった。呪詛を撒き散らすように、「白の子を、神の子を」と繰り返したまま逝った。

 成人ではあるが、若輩者である私が爵位を継ぐことを反対する親族は多かった。しかし、伯父上が全て押さえ込んだ。当家を支えていたのは伯父上であり、彼以上に商才を持つ者はいなかったからだ。


 私はやはり、父に呪われていた。愛すると言うことが、どういうことなのか理解出来なかったのだ。親族から進められるままにお付き合いした令嬢、社交界で私を見つめる貴婦人、町の娘、私を本気で愛してくれた人もいた。けれど、私にはその気持ちが恐ろしかった。

 二十歳を過ぎると、鷹揚にしていた伯父上も私の結婚を催促してくるようになった。私は、親族の中から養子でも迎えればいいではないかと考えていたが、伯父上は当家の呪いを断たねばならぬと説いた。

 尊き色など求めなくていい、身分など気にしなくていい。お前が幸せになることで、呪いを解くのだと。

 伯父上の言いたいことは分かった。しかし、きっと私が焦がれるように女性ひとを愛する日は来ないだろうと思った。だから、煙に巻くために命卵の数が同じ女性ひとなら、と言った。

 まさか、いると思わなかった。年齢を理由に避けようとしたが、伯父上に押し切られた。


 そうして、光を見つけた。



 彼女が駆けて行く姿を見て、目を奪われると同時に、皮肉なものだと思った。

 白を忌避していたはずなのに、彼女の髪は驚くほどに白かった。

 萌黄もえぎ色の草原に泣き伏し、風に広がる髪はきらきらと煌いていた。

 そのまま去ろうと思ったが、泣いているらしいことが気になった。いくら長閑のどかな田舎と言えども、いや、田舎だからこそ、魔物と遭遇する可能性は高く、少し近づいて様子を見守った。

 風に乗って、途切れ途切れに切なげな旋律が耳に届く。

 なんと言っているのか気になって、さらに近づいた。すると、歌のようだった音は、「トリー、トリー」と誰かの名を切実に呼ぶ声だった。

 少女にそんなにも想われる誰かが、とても羨ましいと思った。なぜか足が動いていた。

 「なぜ泣いているんですか?」

 声をかけると、少女はゆっくりと面を上げた。近づいて気付く。限りなく白に近いと思っていた髪は、美しくもくっきりとした藤色だった。しなやかな髪が太月光たいげっこうを弾いて、白くみせていたのだ。

 瞳は、髪よりも深い菫色をしていた。花の色を身にまとった少女は、草原の萌黄色もあいまって、丘に咲く一輪の花に見えた。

 十一と聞いていたが、年よりも幼く見えた。そんな少女に見蕩れてしまったことが恥ずかしくて、姿が見えないように、隣に腰掛けた。

 すると少女は、初めて会った人間だというのに、警戒心のかけらも見せず、しゃくりあげながら大切な友達を食べてしまったのだと泣いた。あぁ、泣いて想った相手は人ではなかったのかと、なぜか安堵のため息が漏れた。

 少女は話すことで余計に悲しみが膨らんでしまったのか、収まりかけていた嗚咽の声がだんだん大きくなる。小さな子供の扱い方など知らなかった私は、暫く逡巡すると、恐る恐る少女の頭に手を置いた。その瞬間、そばにいた少女が胸に飛び込んできた。

 小さな体が、精一杯震えながら、感情を爆発させている様に、なぜか私は胸の内が暖かくなっていくのを感じていた。泣き止むまで、ずっと背中をさすってやった。暫くすると嗚咽がやみ、赤くなった目元に優しさを乗せて、「ありがとう」と、笑顔をくれた。

 強く抱きしめたいという欲求を堪えるのが大変だった。きっと、この気持ちは恋ではなく、愛でもなく、自分には手の入らない強い光を見たときの焦燥感。そして、相反するように弱い者を護りたいと思う庇護欲。

 少女を放しがたく、少女も私の腕の中から動く素振りが無かったので、そのまま他愛の無い話をした。そうやって長い時間を過ごしていると、少女が急に言葉を噤んだ。何事かと思って覗き込むと、少女は私の腕の中で眠りに落ちていた。

 こんなに警戒心が無くて大丈夫なのだろうかと思いつつも少女を抱き上げ、彼女の家へと運んだ。


 侯爵と言っても、何かをしているわけではない。事業は伯父上が仕切り、王城に勤めているわけでもない。私は、ただ土地の所有者でその土地で暮らす人々から法に従って税を徴収しているだけだった。

 しかし、少女と出会い、その様子を見るたびに、ただ怠惰に生きていたことを恥じた。何か出来ることはないかと探した。静かで大人しいだけの存在でいることをやめた。親族に任せていた土地の管理形態に関わり、民がリヒティエリュート家を怨んでいることを知った。街々の管理を任せていた多くの親族が、民から法以上の税を徴収している事実に心が痛んだ。

 『坊ちゃまは優しい子ですよ』そう、頭を撫でられた甘い記憶を封印し、心を奮い立たせて親族を断罪した。辛いと思えば、少女の様子を見に行った。

 少しずつ、自分が変わっていくのを感じた。醜くもなり、けれど、心に溜まっていた澱が消えていった。


 少女との出会いから一年が経ち、私は親族の多くを失っていた。それほどに、リヒティエリュート家は腐り、澱んでいた。私は親族の多くを失うことで、民の安寧と信頼を得た。それが良かったことなのか、未だに分かりはしないが……

 最終的に私のそばに残ったのは、伯父上と、その娘であるミーリアだけだった。

 伯父上は、私が少女に執着していることを知っていたが、結婚を勧めるでもなく、何故か何も言わなかった。ただ幸せな姿を見ていたい。私にとって少女は不可侵であり聖域と言える程の存在になっていた。

 太月の光の下、籠を持って朗らかに笑う少女、怪我をした子供の手当てをする少女、村人全てに愛される存在、そんな彼女を見ているだけで幸せな気持ちになれた。

 漠然と、私はミーリアと結婚するのだろうと思うようになっていた。命卵の数は合わないが、どちらかに合わせて、買うなり売るなりするのが貴族の間では一般的だったから、あまり気にはしなかった。しかし、ミーリアには相手のわからぬ幼子おさなごが居た。ヴァルナトだった。

 私は、その事実を一年もの間知らされずにいた。伯父上は沈黙していた。しかし、何も言わなかったことがミーリアを苦しめたらしい。相手の男は不明のまま、ミーリアは絶望に負け、自ら命を絶った。伯父上はヴァルナトの幼子を私に託し旅に出た。何かを探しているらしいのだが、たまの便りには当たり障りのないことしか書かれていない。

 伯父上が展開していた事業を家令のセンティエ名義にし、私が指揮を執った。一歳になる忌み子はアルシラが嫌がりもせず世話してくれた。無理に時間を作って少女の元へ通ったが、それも出来なくなった。部下からの報告を聞き、彼女が幸せであることを願った。

 事業が安定すると、信頼できる部下を頭に据えた。やはり、指揮を取るのは私であったが。

 その頃から、ヒゲを生やすようになった。特に意味があったわけではなかったが、うんざりするほど持ちかけられていた縁談がぱたりとやんだ。貴族の間で、家に篭り何をしているのかわからない、リヒティエリュート侯爵は変人だ、などと噂が立つようになった。

 風よりも口は早く、リヒティエリュート家にはヴァルナトがいると言う噂が広がった。全ての使用人が信用できるわけではない。いずればれてしまう事は分かりきっていた。どうすれば、この子を守れるのだろうか?血の絆を無条件に信じていた訳ではない。親族は自らの力で断罪し、ミーリアを亡くし、伯父上は去った。たとえ忌み子だろうと、私に残されていたのはエレースだけで、そう思うと愛しいと思えた。そう思わなければ愛しいと思えなかった自分は、とても歪んでいると自嘲した。

 自分に対する嫌悪感と、エレースに対する罪悪感。その二つだけで一年、二年経った。

 エレースは無条件に私を慕った。基本的な世話をするアルシラよりも、世話役に配属になったアーノンよりも私を頼った。苦しい気持ちが胸の奥を突いたが、それよりも充足感があった。

 貴族方の私に対する変人という評価が思わぬところで役に立った。リヒティエリュート侯爵は変人だ。だからヴァルナトと暮らしている。このヒゲから広まった評価のお陰なのかと思うと、今の顔を気に入るようになった。

 エレースは私のヒゲがお気に入りで、よく触られた。それからの一年間はゆったりとした、幸せに満ちた時間になった。

風よりも口は早い=人の口に戸は立てられぬ


的な白の世界のことわざ。


舞台経験がある人は知っていると思いますが、ライトを当てると真っ白は黄ばんで見えます。なので、薄い水色を使うわけです。と、白く見えます。

リリーの髪は藤色、青系の薄紫なので、太陽(作中では太月)の元ではかなり白めに見えるのです。と、言う豆知識。

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