吉川直樹 夏の教室
翌日の教室は、夏の光で白く満ちていた。
扇風機の羽根が唸りを上げ、窓際のカーテンがときおり大きく揺れた。
ざわめく声のなかで、吉川と久我だけが落ち着かなかった。昨夜のことが現実だったのか夢だったのか、朝になってもまだ判然としなかった。
久我の肩には湿布が貼られていた。理由を問われれば「転んだ」と答えるつもりだったが、言葉は喉の奥で硬く固まっていた。
吉川もまた、夜の炎と匂いが頭から離れなかった。鉄の匂い。甘ったるい匂い。風に流されても消えなかった。授業中も集中できず、教科書の文字が頭に入ってこなかった。
昼休み、伊織が机を寄せてきた。笑顔は柔らかく、けれど瞳はまっすぐだった。いつもの彼女と変わらない様子なのに、なぜか胸がざわついた。
「昨日、二人でどこに行ってたの?」
問いは軽い調子だったが、返事を探す口がすぐには動かなかった。嘘をつくのは気が進まなかったが、真実を話すわけにもいかなかった。
「……ちょっと、自転車で」
「キャンプだ」
二人の答えは重ならなかった。吉川は曖昧に濁そうとしたのに、久我は正直に答えてしまった。
伊織は唇を緩めて、小さく笑った。
「……焦げた匂いがしたよ」
指先で自分の髪を撫でながら、何気ないふうに言葉を置いた。吉川の心臓が跳ね上がった。
「甘ったるい匂いも」
胸が跳ねた。
何をどこまで気づいているのか。伊織の鋭さを、吉川は改めて思い知った。普段おとなしそうに見えるのに、実は一番観察眼が鋭いのかもしれない。
久我も瞬きもせず黙り込んでいた。
「もう、ずるいなぁ」
冗談のように言ったが、その声には寂しさがにじんでいた。
笑顔は保たれていても、その影ははっきりと見えた。吉川の胸に妙な予感が広がった。三人の関係が、少しずつ変わっていくような。
三人の間に、目に見えないひびが入った。
それでも昨夜の秘密は、三人だけのものになった。その重みを、吉川は初めて感じていた。
「仲間外れにされたみたい」
伊織が軽く肩を叩いてくる。
風に乗って、ふわりと伊織の匂いが鼻孔をついた。
甘い匂い――甘ったるい匂いが鼻を刺し、吉川の意識は一気に現在へと引き戻された。
処置室の空気は、まだ焦げた匂いで満ちていた。




