再綴 桃太郎 ~日本一の団子に溶けたもの~
「日本一のきび団子」とは、いったい何なのか。
桃太郎が旅立つ前夜、おじいさんとおばあさんはその団子を用意する。物語の中では、ほんの数行で済まされる。
しかし、それを作った者の側から見れば、どんな時間があったのだろう。何を思い、何に苦しみ、何を捨て、何を決めたのだろう。
吉備の国の、さらにそのはずれ。
三方を山に抱かれ、一本の清流だけが外の世界と繋いでいるような、静かな村があった。
村人は三十余人。
鶏の声が一日の始まりを告げ、夕暮れには囲炉裏の煙が屋根から立ち昇り、それが夜空の星と溶け合うような、小さな小さな村だった。
その村の外れ、川沿いの少し傾いた小屋に、おじいさんとおばあさんが住んでいた。
おじいさんは、若い頃は村でも指折りの木こりだったが、今では腰がやや曲がり、それでも毎朝暗いうちに目を覚まし、弁当を風呂敷に包んで山へ向かう。
その背中はいつも大きな薪の束を負い、帰りには汗と土の匂いをまとって、「ただいま」と戸を開ける。
声は太く、笑い皺が目元に刻まれた、誠実という言葉をそのまま人にしたような男だった。
おばあさんは川で洗濯をし、畑できびを育て、台所で丁寧に食事を作る。
誰かが体を悪くすれば薬草を煎じ、子供が泣いていれば飴を持って駆けつける。
村の人々が「優しいおばあさん」と慕うその笑顔は、冬の陽だまりのように柔らかく、見る者の肩から力を抜かせた。
しかし——夜、おじいさんが高いびきをかいて眠ったあと、おばあさんは一人台所に坐り、暗い火のそばで何かを考える癖があった。
誰もその顔を見たことはなかった。
もし見た者がいたならば、それが普段のおばあさんとは別人のような、深く、静かな、まるで遠い時代の記憶を見つめるような目であることに気づいたはずだった。
心の奥底に、誰にも明かせない秘密があった。
子宝には恵まれなかった。
それでも二人は囲炉裏の前で毎晩笑い合い、他愛もない話をして、互いの白髪を数えながら、静かに年を重ねた。
それで十分だと、二人ともそう思っていた——あの春の朝までは。
ある年の春、梅が散り、川の水かさが増した頃のことだった。
おばあさんはいつものように川辺で洗濯をしていた。
冷たい水に指が赤くなっても、彼女は気にしなかった。
流れに手を浸すのが好きだった。
川の声を聞くのが好きだった。
この村に来て何十年も経つのに、この川の水だけは毎朝違う顔をしていると、おばあさんはいつも思った。
その朝、上流から奇妙な音が聞こえてきた。
「どんぶらこーっ、どんぶらこーっ」
最初は気のせいかと思った。しかし音は続き、やがて水面に丸く大きな影が現れた。
桃だった。
しかし、尋常な桃ではなかった。
おばあさんが両腕で抱えてようやく収まるほどの大きさで、表面は黄金色と朱色が混じり合い、まるで自ら光を放っているかのように輝いていた。
香りは甘く、しかしその奥に何か——鉱物のような、古い石のような、この世のものとは少し違う匂いが混じっていた。
おばあさんの体の奥で、長い間眠らせていた何かが、ぴくりと動いた。
これは普通の桃ではない。
彼女は錬金術師としての直感でそれを悟った。しかし今は考えるまいと思い、洗濯桶に桃を乗せ、ゆっくりと家へ持ち帰った。
おじいさんがちょうど山から戻ってきたところだった。泥だらけの手拭いで顔を拭きながら、桃を見て目を丸くした。
「これは……どこから?」
「川から。上流から流れてきたのよ」
「こんな大きな桃、見たことがないぞ」
おじいさんは桃の周りをぐるりと一周して、腕を組んだ。台所の板の間に置かれた桃は、部屋の中の光をすべて集めているかのように輝いていた。
「割ってみるか?」
「……ええ」
おばあさんは包丁を手に取った。
刃を当てた瞬間、その手がわずかに震えた。
しかし包丁は静かに沈み、桃はするりと二つに割れた。
「……!」
二人は同時に声を失った。
白い果肉の中から、小さな拳が飛び出してきた。続いて丸い頭。そして大きな泣き声と、元気よく蹴り上げる二本の足。
赤ん坊だった。
生まれたばかりとは思えないほど頰が赤く、力強く、全身で何かを主張するように泣き続けていた。
その目が一瞬開いた。黒く、澄んだ目だった。おばあさんは思わず手を伸ばし、その小さな体を抱き上げた。
軽くない。
普通の赤子よりずっと重かった。岩のような、密度の詰まった重さだった。
しかし抱いてみると、その温かさがおばあさんの胸の奥まで届き、何十年も凍りついていたものが溶け始めるような感覚があった。
「……天からの授かりものだ」
おじいさんが震える声で言った。目に光るものがあった。
おばあさんは何も言わなかった。ただ子を抱きしめ、額をそっとその小さな頭に当てた。
この子は普通ではない。この子は何か大きなものを背負って生まれてきた——そんな予感が、静かに、確かに、胸に宿った。
二人は子を「桃太郎」と名付けた。
桃太郎は、驚くほど早く育った。
三ヶ月で首が据わり、半年で立ち上がり、一歳になる前には小屋の中を歩き回るようになった。
二歳ではおじいさんの真似をして薪を持ち上げ、三歳では畑の草むしりを手伝った。
村の子供たちより常に一回り大きく、日焼けした肌に屈託のない笑顔の、明るい子供だった。
しかし、おばあさんが何より嬉しかったのは、その心根の真っ直ぐさだった。
山で老いた猟師が荷物を持て余していれば飛んでいって代わりに担ぎ、川で子供が足を滑らせれば衣を濡らして助けに入る。自分より弱いものを見れば放っておけない性分で、それはおじいさんにどこか似ていた。
おばあさんの作るきび団子が大好物で、出来立てを食べるたびに
「おばあさんの団子が、世界で一番好き!」
と言い、目を細めた。その言葉がおばあさんの胸を温め、次はもっと美味しくしようと思わせた。
十五歳になる頃には、村一番の若者になっていた。
しかしちょうどその頃から、村の空気が少しずつ変わり始めた。
最初は旅の商人の口から零れた、酒の席の噂話に過ぎなかった。
「海の向こうの鬼ヶ島から、鬼が上陸してくるらしい」
村人たちは笑った。鬼など昔話の中のものだ、と。
しかし、月が経つにつれ、笑いは薄れていった。
隣の国の村が夜半に焼かれた。食物を根こそぎ奪われ、若い男女が何人も姿を消した——そんな話が、一つ、また一つと届くようになった。
行商人の顔から血の気が引いていた。旅の僧が「見てきた」と言った。煙の上がる廃村と、転がった鍬と、泣き崩れた老婆の姿を。
ある秋の夕暮れ、村の広場に人々が集まった。
長老が重い顔で言った。
「吉備の国にも、鬼の足音が近づいてきている」
静寂が落ちた。虫の声だけが続いた。
その中で一人、立ち上がったのが桃太郎だった。
「僕が行きます。鬼ヶ島へ行って、鬼の頭領を討ち取ってきます」
「お前はまだ若い」「命がいくつあっても足りぬ」「向こうの鬼は人間ではないと聞く」——四方から声が飛んだ。
しかし、桃太郎は表情一つ変えなかった。
「待っているだけでは、何も守れません。鬼がこの村に来る前に、こちらから向かうしかない。誰かが行かなければならないなら、それは僕です」
声に迷いがなかった。恐れがないのではなく、恐れを引き受けた上で言っている声だった。
長老は長く沈黙し、やがて深くうなずいた。
「冬の海は危険じゃ。半年後、春の凪の時分に出立せよ」
その夜、桃太郎は家に帰ると、二人の前に正座した。
「おじいさん、おばあさん。半年後、鬼ヶ島へ行きます」
おじいさんは黙ってうなずいた。おばあさんは動かなかった。
「だから——おばあさん、日本一のきび団子を作ってほしいんです。それがあれば、道中で強い仲間が集まる。きび団子の力があれば、きっと鬼に勝てます」
おばあさんはゆっくりと桃太郎を見つめた。この子が生まれた日のことを思い出した。あの重さ、あの温かさ、あの澄んだ目を。
「……わかったよ」
とおばあさんは言った。
「半年、かけて作る。精一杯のものを」
おじいさんが膝を叩いた。
「わしも全力で手伝う。畑も、薪割りも、何でもやる。二人で日本一の団子を作ろう、おばあさん」
桃太郎は深く頭を下げた。
おばあさんは微笑んだ。
しかしその夜、おじいさんが眠ったあと、一人台所に坐り、消えかけた火を見つめながら、長い間動かなかった。
半年で日本一——普通の団子では、鬼には勝てない。
心の奥で、封印した力が静かに目覚めようとしていた。
翌朝から、二人の戦いが始まった。
「おばあさん、今日から全力でやるぞ」
おじいさんは夜明けとともに鍬を担ぎ、畑へ向かった。
おばあさんは種籠と堆肥桶を抱えて後に続いた。
言葉は少なかったが、息はぴったり合っていた。
長年連れ添った夫婦とはそういうもので、互いの考えが声にならなくても伝わる。
まず土から変えた。
おじいさんが何度も何度も鍬を振るい、固くなった土をほぐした。
日が傾いても止まらなかった。腰が軋んでも止まらなかった。
おばあさんは村中から最良の堆肥を集め、一鍬ごとに丁寧に混ぜ込んだ。
「この土が良くなければ、きびも良くならない」
とおばあさんは言い、おじいさんはうなずいた。
種まきの日、二人は一粒一粒を土に埋めた。
祈るように。
呪うように。
しかし自然は情けを知らない。
種まきから二週間後、黒雲が山から溢れ、豪雨が村を叩きつけた。
おじいさんは雨の中を走り回り、崩れかけた土手に土を盛り続けた。
おばあさんは濡れた着物のまま、流されそうな種床に覆いをかけた。夜中の二刻まで作業が続き、二人は泥だらけで倒れ込むように眠った。
それでも種の三分の一は流れた。
芽が出てからも苦難は続いた。
鳥の群れが毎朝やってきて、芽を食い散らかした。
おじいさんは大声を張り上げて追い、おばあさんは手製の網を張り巡らせた。
害虫が大量発生した夜は、おじいさんが松明を持ち、おばあさんが虫を一匹ずつ手で取り除いた。
夜明けまで続けた。指先が腫れ、目が霞んだ。
最初の収穫の日がきた。
しかし実ったきびは粒が小さく、色が薄く、おばあさんが想像した黄金色とはほど遠かった。
おじいさんは「次があるさ」と言ったが、その声に悔しさが滲んでいた。
おばあさんは台所に立った。
試作が始まった。
最初は蜂蜜をたっぷり入れて甘く作った。
桃太郎が一口食べて首を傾げた。
「美味しいけど……なんだか体が重くなるだけだ」
おばあさんはその夜、台所の隅で声を殺して泣いた。
二回目の栽培が始まった。畑の場所を変え、肥料の配合を変えた。
おじいさんは川から何十往復も水を運んだ。
腰の痛みを顔に出さなかった。
おばあさんはきびの一本一本に言葉をかけながら水を注いだ。
「大きくなれ」「強くなれ」「桃太郎が帰ってくるまで、頑張れ」と。
それでも収穫は前回より少し増えただけで、肝心の粒の力強さが足りなかった。
台所での失敗は増えていった。
蒸し時間を長くしたら石のように固くなり、短くしたら崩れた。
薬草を入れたら苦すぎ、干し柿を入れたら甘すぎた。
山椒で辛さを加えたら誰も食べられず、酒を入れたら香りが立ちすぎて逆に体が弛んだ。
五十回を超えた試作の終わりに、おばあさんは台所の床に坐り込んだ。
指は火傷と水ぶくれで赤く腫れ、目の下に深い隈ができ、着物の帯がひと結び余るほど痩せていた。
「半年なんて……到底足りない」
声に出したのは、初めてのことだった。
おじいさんがその背後に立っていた。
いつから聞いていたのかわからなかった。
彼は何も言わず、おばあさんの肩をそっと両手で掴み、引き寄せた。
「まだ半分以上残っている。わしがいる。諦めるんじゃない、おばあさん」
おばあさんはしばらく夫の手の温かさの中にいた。
それから静かに立ち上がり、また台所に向かった。
三度目の栽培には、二人はすべてを賭けた。
畑の土を完全に入れ替えた。
おじいさんが山から腐葉土を何荷も運び、おばあさんが配合を計算して混ぜ込んだ。
種は村中で最も充実した粒だけを選り分け、植える前に一晩水に浸した。
「今度こそ」と二人は言わなかった。
言葉にすると壊れそうで、ただ黙って手を動かした。
それでも天候は容赦しなかった。夏の干ばつが続き、おじいさんは毎日川から水を運んだ。
その数、一日五十往復を超えた日もあった。
腰の痛みが足にまで降りてきたが、彼はおばあさんに言わなかった。
おばあさんもまた、手の皮がむけて血が滲んでいたが、おじいさんに言わなかった。
秋の長雨が来た時、二人は一夜中畑に張り付いた。
夜明けが近い刻、おじいさんがおばあさんの隣に坐り込んで言った。
「お前は本当に強いな」
おばあさんは濡れた前髪をかき上げて、夫を見た。
「そう見える?」
「見える。いや——知ってる」
雨の音の中に、二人の間に沈黙が落ちた。悪い種類の沈黙ではなかった。
長年を共に生きた者だけが持てる、言葉のいらない温かさだった。
やがて収穫の日が来た。
畑に立ったおばあさんは、言葉を失った。
黄金色のきびの穂が、朝の光の中でさわさわと揺れていた。
粒は大きく、色は深く、持ち上げると重かった。
今まで育てたどのきびとも違う、特別な充実があった。
おじいさんがおばあさんの隣に立ち、その穂の一本を掌に受けた。
「……やった、おばあさん」
おばあさんの目に涙が浮かんだ。こぼれる前に腕で拭って、穂を刈り始めた。
最高のきびが手に入ったにもかかわらず、台所での試作はなお続いた。
今度こそという団子が、桃太郎に食べさせると
「美味しいけど……なんだか普通の団子と変わらないな」
おばあさんは笑顔のまま台所に引っ込み、しばらく動かなかった。
八十回目の試作が終わった夜、おばあさんは数えるのをやめた。
百回は超えていると思った。
手は傷だらけで、夜中に疼いた。一番得意だった塩梅の感覚が狂い始め、甘いのか辛いのか、柔らかいのか固いのか、自分でわからなくなる日があった。
出発まで、あと十日となった夜。
おばあさんは失敗した団子の山の前で、ついに崩れ落ちた。
声は出なかった。ただ肩が震え、台所の板の間に両手をついて、夫にも桃太郎にも見せたことのない顔をした。
桃太郎が鬼ヶ島で死んでしまうかもしれない。それなのに私は何もできていない。何十年も封印してきた力があるくせに、日本一の団子一つ作れない——。
「おばあさん」
おじいさんが台所の入口に立っていた。
いつから起きていたのか、手に温かい茶を持っていた。
「お前が今考えていることはわかる」
おばあさんは顔を上げた。
夫はその目を静かに見つめ、茶を差し出した。
「お前の力のことだろう。使うかどうか、迷っているんだろう」
おばあさんは黙っていた。
「わしは——どちらでもいいと思っている。お前が決めることじゃ。ただ」
おじいさんは坐り込み、おばあさんの傷だらけの手をそっと包んだ。
「これだけ頑張ったお前が、どんな団子を作っても、わしはお前を誇りに思う。そのことだけは、知っておいてほしかった」
おばあさんは長い間、夫の手の中にいた。
それから、静かに顔を上げた。
出発の前夜。
おじいさんが寝入ったのを確かめてから、おばあさんは台所に一人坐った。
灯火が一本、揺れていた。窓の外では虫が鳴き、遠くで川が流れていた。
おばあさんは立ち上がり、押し入れの奥から古い布に包んだものを取り出した。
錬金釜だった。
異国の師匠から受け取ったその釜は、一見すると小さな土鍋のようにしか見えなかった。
しかし持ち上げると異様に重く、縁の模様は人の手では刻めないほど細かく、光を当てると七色に輝いた。
最後に使ったのは、何十年前のことだろう。
おばあさんはそれを台所の真ん中に置き、じっと見た。
これを使えば、日本一の団子を作れる。
桃太郎が戦えるだけの、本物の力を宿した団子を。
しかし、そのためには——自分の中の錬金師としての本質を、再び解き放たなければならない。
二度と使わないと誓ったはずだった。
しかし桃太郎の顔が浮かんだ。
一歳になる前に歩いた、あの小さな足。
三歳で薪を運んだ、真剣な顔。
「おばあさんの団子が、世界で一番好き」と言ったときの、細めた目。
そして広場で「僕が行きます」と言ったときの、あの迷いのない声——。
おばあさんは息を吸い、ゆっくりと吐いた。
長い間、深いところで眠っていた力が、静かに目覚め始めた。
彼女は三度の栽培で得た最高のきびを釜の前に並べ、半年分の労苦を思い返しながら、一粒ずつ手に取った。
豪雨の夜に腰を折って土手を補修したおじいさんの背中。
害虫を夜通し潰し続けた指。収穫の朝に二人で見た、黄金色の穂の揺れ。
台所で泣いた夜。
おじいさんの「諦めるんじゃない」という声。
百回を超えた失敗のすべて。
それらすべてを、おばあさんは心の中でゆっくりと溶かした。
人の想いとは物質である、と師匠は言った。
強く真剣な想いは、物質の性質を変える力を持つ、と。
おばあさんの指先が、かすかに光った。
錬金釜が呼応するように、底から柔らかく温かい光を放ち始めた。
台所が黄金色に包まれた。半年分の労苦が、愛が、祈りが、きびの一粒一粒に静かに染み込んでいくのが、おばあさんには見えた。
自分の左の指先を、おばあさんは小さく傷つけた。
一滴の血が釜の縁に落ちた。
「桃太郎——生きて、帰っておいで」
それだけを言った。呪文ではなかった。
術語でもなかった。ただの、母の言葉だった。
甘く、力強く、深い香りが台所に満ちた。
村の夜空に漂い、川面を渡り、山の稜線まで届いたかもしれなかった。おばあさんにはそんな気がした。
しばらくして、釜の中に完成した団子があった。
黄金色に輝く、美しい団子だった。
おばあさんは震える手で一つ取り、口に入れた。
一口目で、体の芯から熱が湧いた。疲れが、痛みが、長年の孤独が、溶けるように和らいでいった。
そして代わりに、勇気が——ただの気力ではなく、山を越えられる、海を渡れる、何かに向かっていける種類の勇気が、胸の底から満ちてきた。
おばあさんは目を閉じた。
「……できた」
声は誰にも届かなかった。台所の暗がりに落ちた。しかしそれで十分だった。
しばらくして、入口の布がそっと動いた。
おじいさんが立っていた。眠れなかったのか、それとも目が覚めたのか、しかし、おばあさんはどちらでも良かった。
「……見てたの?」
「少しな」
とおじいさんは言った。
彼はおばあさんの隣に坐り、錬金釜を見た。それからゆっくりと、おばあさんの肩を引き寄せた。
「お前、よく頑張ったのう」
おばあさんはその言葉の重さを、すべて受け取った。頑張ったのはおばあさんだけではなかった。
しかし、今夜だけは、受け取ることにした。
二人は並んで、揺れる灯火を見ていた。窓の外で、夜が少しずつ薄くなり始めていた。
夜明けとともに、村が動き始めた。
桃太郎の旅立ちを見送るために、村人たちが広場に集まってきた。
老いた者も、幼い者も、誰もが早起きをして、出てきた。
誰も言葉を交わさなかった。
しかし、誰もが来ていた。
桃太郎は家の前に立ち、旅支度を整えていた。
おばあさんは布袋をそっと差し出した。
中には団子がぎっしりと詰まっていた。
一つ一つ、昨夜の手で包んだ団子が。
「……一口食べてみて」
とおばあさんは言った。
桃太郎は不思議そうな顔で一つ取り出し、口に入れた。
次の瞬間、彼の顔色が変わった。
目が見開かれ、頬が赤くなり、体が内側から温まるような、そんな驚きが全身に広がった。
「おばあさん……これ」
「日本一よ」
とおばあさんは静かに言った。
桃太郎は布袋を胸に抱いた。
それからおじいさんに向き直り、深く頭を下げた。
「おじいさん。ありがとうございます」
おじいさんは「行ってこい」とだけ言い、背を向けた。肩が震えていた。
桃太郎は最後におばあさんを見た。
おばあさんは笑顔でいた。
半年間の苦しみも、涙も、錬金釜のことも、すべて胸の奥にしまったまま、ただ温かく笑っていた。
「気をつけてね。絶対に——無事に帰ってきて」
桃太郎は力強くうなずき、村の道を歩き始めた。
おばあさんはおじいさんの隣に立ち、その背中が見えなくなるまで見送った。
桃太郎が山道を歩いていると、やがて大きな犬が前に立ちはだかった。
毛は艶やかで、体は熊ほどもある。人里で飼われた犬ではなく、山で一人生き抜いてきた野性の目をしていた。
「その袋の中のもの——日本一のきび団子とはそれのことか? 一つくれれば、鬼ヶ島まで一緒に行ってやるぞ」
桃太郎は迷わず一つ差し出した。
犬は一口食べた。
しばらく止まった。目を大きく見開いた。
「……なんだこれは。体が燃える。山の頂上でも、海の底でも行けそうだ。よし、一緒に行く。お前と一緒に鬼を倒す」
それからは猿が来た。
木の上から見ていたのか、するりと降りてきて団子を食べ、「キキッ、すごい力だ! 俺も行く!」と元気よく跳ね上がった。
雉が飛んできたのはその後だった。
頭上から急降下して団子を受け取り、一口で飲み込んで翼を広げた。
「これが日本一か! 聞きしに勝る! 私も仲間だ!」
四人は連れ立って南の海へ向かった。
犬は鼻が利き、罠を見つけ、道を選んだ。
猿は器用な手で崖を登り、高い場所から道を確かめた。
雉は上空から遠くを見渡し、鬼の斥候を見つけ次第知らせた。
そして桃太郎は中心で皆の声を聞き、判断し、前を歩いた。
団子を食べるたびに、四人の体に新しい力が宿った。
ただの物理的な力ではなく、仲間を信じる力、前に進む力、恐れを飲み込む力だった。
それはきびの中に染み込んだ、一人の老いた錬金師の半年分の想いが、旅をするたびに少しずつ解き放たれているようだった。
鬼ヶ島は海の果てに浮かんでいた。
近づくにつれ、波は荒くなった。
空の色が変わった。
磯の香りの中に、火と金属の匂いが混じり始めた。
島の輪郭が見えてきた時、四人は無言で互いの顔を見た。
「行くぞ」と桃太郎は言った。
上陸した瞬間、鬼たちが湧いて出た。
大きかった。人の倍の背丈で、鉄の棍棒を軽々と振り回し、岩を砕いた。
その数、最初の一団だけで二十を超えていた。
しかし四人は怯まなかった。
犬は素早く動いて鬼の足首を狙い、地に膝をつかせた。猿は背後に回り込んで鬼の目を塞ぎ、方向感覚を奪った。雉は頭上から急降下し、目を突き、耳元で鳴き続けた。
そして桃太郎は前に出て、一人ずつ確実に打ち倒した。
それでも鬼の城は深く、奥には大きな鬼の頭領がいた。
頭領は他の鬼とは格が違った。体は小屋ほどの大きさがあり、振り下ろす棍棒は地面を割った。
火を吐き、岩を投げ、夜のように黒い目で四人を見下ろした。
一度は吹き飛ばされた。
桃太郎は岩に叩きつけられ、しばらく立ち上がれなかった。
そのとき、手の中の布袋が温かかった。
おばあさんの団子が残っていた。
桃太郎はそれを取り出し、一口食べた。
体の奥から、あの温かさが広がった。
おばあさんの台所の匂いがした気がした。
そして——おばあさんの声ではないが、何かが胸の中で言った。
「生きて、帰っておいで」
桃太郎は立ち上がった。
犬と猿と雉がそれぞれ残った力を振り絞り、頭領の動きを封じた。
三方から同時に攻め、頭領の棍棒を持つ腕を、足を、狙い続けた。
桃太郎は正面に立った。
恐れを飲み込んで、前に出た。
刀を振り上げ——。
頭領が膝をついた。
長い沈黙のあと、鬼たちは武器を置いた。
頭領は唸り声で、しかし確かに降伏を告げた。
奪った宝を返し、二度と村を荒らさないと誓った。
村に凱旋した日、空は晴れていた。
報せは先に届いていたのか、村人たちが道の両側に並んでいた。
子供たちが走り寄り、老人たちが手を合わせた。誰かが泣いていた。誰かが笑っていた。
その中の一番後ろに、おじいさんとおばあさんが立っていた。
桃太郎は仲間たちと宝物の荷を引きながら歩いてきた。
そして二人の姿を見た瞬間、荷を下ろして駆け出した。
「おじいさん! おばあさん!」
おじいさんが腕を広げた。
おばあさんは一歩も動かなかった。動けなかった。
桃太郎が腕の中に飛び込んできて、それでもしばらく動けなかった。
ただ、この子の背中に手を回して、温かさを確かめた。
「……無事で良かった」
それだけしか言えなかった。
しかしそれだけで十分だった。
桃太郎は顔を上げ、おばあさんを見た。
「おばあさんの団子が、鬼ヶ島で助けてくれた。本当に日本一だった。最後の一個を食べた時——おばあさんのことを思ったら、立ち上がれたんだ」
おばあさんは何も言わなかった。
ただ笑った。錬金術師としての過去も、封印した力も、半年間の苦しみも、すべてを含んだ上で、ただの村のおばあさんとして笑った。
それから村は、再び平和になった。
鬼の脅威は去り、奪われた宝は持ち主のもとへ戻り、連れ去られた若者たちも一人、また一人と帰ってきた。
村の笑い声が戻った。
桃太郎は犬と猿と雉と共に村に残り、長老たちと村の守りを担うようになった。
川で泳ぎ、山で薪を割り、村の子供たちと走り回る。
その姿は少し大きくなったが、「おばあさんの団子が世界一好き」と言うのは変わらなかった。
おじいさんは腰の痛みをおばあさんに打ち明け、おばあさんは薬草を煎じて「半年間、黙っていたのね」と言い、おじいさんは「言ったら止められるから」と笑った。
いつもの二人だった。
おばあさんはまた台所に立つようになった。
朝はきび粥を作り、昼は畑の野菜を煮て、夕暮れにはきび団子を焼いた。
錬金釜は押し入れの奥にしまい直し、そこには戻らなかった。
しかし時折、誰かが熱を出したとき、傷が膿んで困ったとき、おばあさんの指先がわずかに光ることがあった。
本人は知らないふりをしていたが、おじいさんだけは気づいていた。そして何も言わなかった。
それが二人のやり方だった。
ある静かな夜、囲炉裏の前で二人が坐っていた。
おじいさんが言った。
「なに?」
「お前のきび団子——わしは本当に世界一だと思っているぞ」
おばあさんは少し笑った。
「そんなこと言う人、あなただけよ」
「桃太郎も言っておったじゃないか」
「あの子は欲しいものがある時だけ言うの」
「わしは欲しいものは何もないのに言っている。それが本物じゃろう」
おばあさんは答えなかった。
ただ火箸で炭をつつき、揺れる火を見た。
その目の奥に、遠い国の師匠と、錬金釜と、豪雨の夜の畑と、台所で泣いた記憶と、桃太郎の背中が、一つになって揺れていた。
「……そうね」
とおばあさんは言った。
「本物かもしれないわね」
囲炉裏の火が、柔らかく燃えていた。
村の夜は静かで、川の音が遠くに続いていた。
めでたし。めでたし。
書き終えて真っ先に浮かんだのは、ごく普通だった祖母の背中です。
錬金術とは比喩であり、誰かのために費やした時間は、料理や言葉といった形あるものに宿ります。桃太郎を立ち上がらせたのは、刀ではなく、老夫婦の年月が詰まった最後の一口の団子でした。
この物語が、あなたの身近にいる大切な人を思い出すきっかけになれば幸いです。




