永遠の一歩
僕は今、病室のベッドであの時のことを思い出していた。
その踏み出した右足が地面に着地するまで・・・
たしかに僕は永遠とも言える程の瞬間を感じたんだ・・・
あれは昨日の日曜日、はじめてできた彼女とのデートの待ち合わせ場所に向かう為、僕は駅に向かって歩いていた。
浮かれてふわふわとした僕の足もとを固めるのは、この日の為に買った2万円もした新しいスニーカー。
電車の時刻には十分間に合うのに、僕は気ばかりあせって視界がせまくなっていたと思う。
そのせいでギリギリまで“奴”に気がつかなかったんだ。
僕の右足左足は半ば惰性とも言える早めのリズムに乗って息の合った規則正しい動きで僕を駅まで運んでいた。
そこに油断があったのだ。
僕の右足が僕の前方70センチに着地しようとした時、着地点に“奴”がいることに僕は気がついた。
あの禍々しく歪な細長い茶色い円柱・・・
犬の糞だ!!
僕の右足は、僕の意思に反して“奴”をロックオンしてしまっていた。
新しいスニーカー・・・
2万円・・・
小学生の時の犬の糞を踏んだ思い出・・・
彼女とのデートが台無し・・・
彼女の幻滅・・・
リターン トゥ ザ ロンリー・・・
哀しみ・・・
無想転生・・・
このゼロコンマ1秒にも満たない一瞬に脳内にあふれる様々な情報、思い出、連想ゲーム・・・
通常なら脳がパンクする程の膨大な情報量を、この危機的状況において脳は潜在能力を100%発揮し、すべてをさばいて見せた。
だが、右足はスローモーションを描きつつ確実に“奴”に近づいていた。
10センチ・・・
ほんの10センチでいい、右足を右にずらすんだ。
動け・・・
動けえぇっ!
そして時が止まる・・・
極限状態の中、究極にまで高められた集中力によるものか、たしかに時が止まったように僕には感じられた。
そして驚くべきことに、僕の目の前には天使がいたんだ。
天使は僕に微笑んだ。
そして、僕の熱い想いをのせて、右足が10センチ右にスライドしたんだ。
だが、無理にスライドした右足は小指から着地し、鈍い音を立てながら足首があり得ない方向に曲がった。
「ああああっ!!」
僕は断末魔をあげながら、DNAのらせん構造をたどるようにきりもみしながらゆっくりと前のめりに倒れていった。
ゆっくりと倒れ込むコンマ数秒、僕は天使のいた方向を見た。
そこにはルパンよろしく天使の覆面を脱いだ悪魔が高笑いしていた。
激痛に耐えながらなんとか立ち上がろうと、地面に手をついた僕の左手には臭くて汚くて茶色いデビルプレゼントが握られていた・・・
折れたのは僕の心と足首の骨、お土産は臭くなった左手・・・
これが僕の今日の結果だった。
デートどころではなく救急車で病院に直行しての緊急手術が行われた。
手術は無事に終わり、僕は病室であの時のことを思い出していた。
ああ、デートを台無しにしてしまった・・・
僕の恋は風のヒューイのようにあっけなく終わりを迎えるのか・・・
その時、病室のドアがノックされ、見覚えのある女の子が入ってきた。
彼女だ!!
僕を心配してわざわざ来てくれたんだ。
僕はあの時のことを笑い話にして彼女に話した。
もちろん、犬の糞を握りしめたことは内緒にして。
彼女は笑ってくれた後、僕の不注意を心配して怒ってくれた。
ああ、なんて幸せな時間なんだ・・・
今こそ時が止まってくれればいいのにと僕は思った。




