表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第三話 ずるい答え

 春と飲んだ次の日から、あたしは気合を入れた。過去の栄光にすがれという春の言葉を信じて、とにかく見た目だけは誰にも負けないようにばっちりメイク。といっても濃すぎず、オフィス仕様にナチュラルに。あたしはかわいい、あたしはキレイ、そう言い聞かせてビクつかない。しばらくはお菓子も我慢、出社には車じゃなくて自転車。車で五分の道のりを自転車で走って少しでも運動、身体を絞る。そしてどうにか自信をつけて、真面目に坂名と話をしなければ。ちょっと、話があるんだけどって。どこかお洒落なお店に呼び出して、あんたが好きって言わなくちゃ。もちろんお店は、魚料理がおいしいところにしなければ。


 とある日の日曜、夜。坂名は市場のセリにんなので朝がとんでも早い。朝の三時に出社なんてのは当たり前。だから夜はあんまり時間が取れない。早く寝なきゃならないし、身体がすでに早寝の身体になっているから。だから夜と言っても夕方に近かった。お魚料理がおいしいからという理由を押しまくって、一緒に夕食をとる約束をとりつけ、始まったばかりのディナータイムに呼び出した。とりあえず、お魚料理でやつのご機嫌はとれたみたいで、眠いとか、かしこまってどうしたとか、文句も、妙なツッコミもされずに済んだ。

 よし、行ける。あたしはかわいい、あたしはキレイ、大丈夫、土俵にだって上がれるわ。目の前に居る男が、目鼻立ちのはっきりした爽やか好青年で、あたしより肌がキレイとか、そういうことは考えない。がんばれ、あたし。やつの方が美人なんて、思うな。


「あの、さ」

「んー?」


 デザートに出てきたゼリーはなんとアジのゼリーだった。けれど生臭さもなくて、どうしてこんなに普通においしいのかわからないくらいだった。料理人の腕は確かなようで、このお店を紹介してくれた春にはあとで素直にありがとうと電話をしようと思った。坂名はゼリーを食べながら気の抜けた返事を返した。アジのゼリーが気に入ったのか、テイクアウトできないかな、なんてことをぼやいていた。きっと今の坂名の頭の中は、お魚料理のことでいっぱいに違いない。


「あたしね、好きな人ができたの」

「へぇ。よかったじゃん」


 何がいいのか、わからない。わからないけど、やっぱりこいつにとって、あたしは恋愛対象じゃないってことだけはわかった。好きな人がまさか自分だなんて思ってもいないだろうし、全く他人事にしか過ぎないんだろう。あたしに好きな人が居たって、別にどうとも思ってなさそうな感じ。むかつく。

 軽い感じで「へぇ。よかったじゃん」なんて言うから、ちょっと戦意喪失した。ヘコんだ。この先、あんたが好きなのって言っても「ふーん。そう」とか返されそうで怖い。だから言葉が続かなくて、とにかく坂名の、二重瞼の大きな目を見つめ続けた。俗に言う恋愛ビーム的な、視線で何か感じ取って欲しいって心の現われだったのかも知れない。そんなことで気付いたなら、誰も告白に悩みはしなさそうだけど。


「…なに?」


 じっと見つめるあたしにはさすがに何かあると思ったらしくて、坂名はゼリーを食べる手を止めてあたしを見つめ返した。こいつは眼光が鋭い。真正面から見つめられるとドキっとする。


「……………だから、…好き、なんだよ」


 何が、とは言わなかった。始めはキョトンとしてた坂名だったけど、ちょっと上に目線をさまよわせて、それから顎に手をやって、次に眉間に皺を寄せ、最後にはこう言った。


「それは俺が、ってこと?」

「……………」


 坂名は困ったような顔をしてた。いくら暗示をかけても、明らかに困った顔をされるとすごーくヘコむ。あたしはただでさえヘコみやすいのに、坂名の態度があたしをどん底に叩き落した。ああ、春。応援してくれたのに土俵にさえ上がれなさそうだよ、あたし………。

 ダメそうとわかったけど、あたしはコクリと頷いた。もっとかっこよく告白するつもりだったのに、促されて頷くだけなんて、あたしはなんてダメなやつなんだろう。


「岬なら俺の趣向をわかってくれるとは思うけど」

「…お魚大好きってこと?」

「まあ、単純に言えばそうだけど」

「………、だから?」


 坂名の困り顔は変わらない。というか困り果てて苦笑いみたいな顔になった。


「魚とお前を天秤にかけたとき、どっちを取るかってことなんだけど」

「……わかってるよ。お魚が上なんでしょ」

「まぁそういうこと、だけど……」

「だけど?」


 かなり甘ったれな考え方だけど、はっきり「魚しか見えない」と言わない坂名に、ちょっとだけ、あたしにも光明はあるのかなと思った。期待に胸が膨らみ、動悸が激しくなる。坂名は頬杖をついてため息を吐く。あたしを見たり、アジのゼリーを見つめたりする。今まさに、坂名の中であたしとお魚が天秤にかけられている心地だ。そうして迷った挙句、坂名は卑怯な答えを出した。


「魚が上だってわかった上で、俺を受け止めてくれるなら、俺は岬と付き合いたい」

「………」


 なにそれとか、信じらんないとか、いい加減にしろとか、自惚れるなボケッ!!とか思うことはあったけど、付き合いたいって一言が、あたしを動かした。

 もう魚が上でもいい。人間であたしが一番ならそれでいい。今は土俵に上がれただけで十分じゃない?


「今の時点で魚より大事なものってないから、俺は一生、魚が一番の人間なんだと思うんだ」


 そうだね。きっとあんたはそうなんだろう。25年も一途に魚、魚だったんだから、この先もずっとそうだと思う。


「それでもいい?」


 卑怯。どっちも選べないんじゃん。魚には負けたけど、でも、今まで断られた女たちには勝ったはず。心のどこかで悔しがってるけど、どうやって魚に勝ったらいいのかわからない。とりあえず今はそれでいいや、なんて思ってる自分に腹が立つ。けど嬉しい。どうしよう。付き合いたいって、なにそれ、恋愛に興味なしって感じだったのに。ていうか、あたしでいいの?


 フリーズ。


「…………岬?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ