第二話 お魚に勝つ
「俺イコール魚なんて、どうかしちゃったの、そいつ」
夜の町。仕事終わりに中学からの友人、村田春となじみのダイニングバーで飲みながら、坂名の話をした。カウンター席にあたしと春、あとはカップルらしい二人組と、一人酒を楽しんでいる中年のおじさんが一人、それぞれ店内に点々と置いてあるテーブルについているだけだった。店内にはゆったりとしたサウンドが流れていて、話すのには丁度いい空間だった。
「そうじゃないのよ…」
「そうじゃないって?」
一緒にサーフィンをしていたくだりでは、興味津々で話を聞いてくれたくせに、しつこい女が付きまとってと話始めたら、春は途端に興味をなくし始めた。残り少ないグレープフルーツサワーのグラスを片手に持って、くるくると回している。
「あいつは元々、サーフィン一本じゃなかったの。お魚大好き人間だったのよ。そうだと判明したのはサーフィンを一緒にするようになってからずいぶん経った後で、あたしがあいつに波乗りで勝ったことも、あいつにとっては取るに足らないことだったわけ。だってあいつ、お魚で一番になれれば、他はどうだっていいんだもの」
「…ふーん」
「ふーんって、あんたね。あたし結構真面目なんだけど」
「真面目って、どうせあんたにはしつこい女みたく告白する勇気もないんでしょ?あんたの話聞いてると、もどかしくてたまんないわ。職場の同僚としてしか見られてないのに、自分が坂名とかいう男に近い存在みたいな話し方してるよ」
「そんなことない」
「ある」
春にそう言われて、結局あたしは何を話したかったのかわからなくなった。春に坂名の話をしたのは初めてで、坂名と知り合ってからもう三年にもなるのに、仲の良い友人に、どうして今まで黙っていたのか、自分でも疑問だった。意を決して話したのに、興味なさそうにされると軽くヘコむ。
「春ってそうやってあたしのことすぐ悟っちゃうよね。先取りされて、しかも図星指すから、あたしは何を言いたかったのかわかんなくなる…」
「あら、ごめんね。あたしはてっきりあんたが坂名に惚れてて、彼のことが気になるのに、意中の彼はお魚に熱心だから、魚に嫉妬してんのかと思ったわ」
「………………」
魚に嫉妬はしている。あたしの職場は地方卸売市場の産地市場だった。海に面した場所に位置して、内地の市場に魚を卸したりするところだ。毎日生魚が大量に水揚げされて、それを捌くのが仕事だ。もっとも、あたしは事務方だから、セリとかそういうことには疎いのだけど。職場が職場なだけに魚にはよく触れる。同僚の坂名には天国のような場所だ。やつが毎日イキイキしながら魚トークをするのは日常すぎて、それにむかつきを覚えるのもいつものことだ。
「そうかも。あたしはあいつが魚に夢中で、嫉妬してんのかも」
「かもじゃないわ。そうなのよ。でも魚に対抗する勇気もないのよ、岬は」
春は今さっき坂名とあたしの話を聞いたくせに、そう断定した。けれどあたしはその通りだったのでなにも言えなかった。
「中学からあんたを見てるのよ?あんたが負けず嫌いで、短気で、面食いで、ヘコみやすくて、超がつくくらいオクテなのは承知済みよ」
「…いいところナシじゃないの、あたし」
「まぁ、物怖じしないし、気さくだし、気が利くし、姉御肌なところは素敵じゃないの」
「……あたし、どうしたらいいのかな」
春はズバズバと言うけれど、それらは全部本当のことだし、あたしをしっかり見てくれているからこそ言えることばかりだ。ありがたい友人で、とても周りに目を配る人間だと思う。言い方はそっけないし、むかつくところもあるので、素直にありがとうなんて言えやしないけど。
春ならどうしたらいいか答えてくれると思った。あたしは坂名が好きで、でも坂名はお魚に夢中で、あたしのことなんて同僚としか思ってない。そんなとき、あたしは一体どうしたらいいんだろう。
「決まってんでしょ、告白しなさいよ」
「告白って、坂名に好きって言えばいいの?掃いて捨てるほど、そんなこと言う女は居るのに?」
「掃いて捨てるも何も関係ないわ。相手に意識してもらいたいなら、まず自分が、相手に好意を持ってるってことを主張しなきゃ。告白を坂名がどう受け止めるかはわからないけど、彼ってば、あんたに全く無関心なわけじゃないでしょ?だったら、同僚で、よく話す女が自分を好きって思ったら、何か反応あるんじゃない。両想い如何に関わらず、まず恋愛の土俵にあんたが立たないと」
「確かに見ず知らずの女ってわけじゃないけど…知り合い程度の女に告白されても、なんとも思われないかも…」
「言う前からネガティブになってどうするの。まず土俵に上がること。上がれないかもしれないとか、そういうことは考えない」
「あんた、他人事だと思って」
「馬鹿」と春が言った。あたしはむっとしてウーロンハイを飲み干した。ジョッキをダンッと叩きつけると、春があたしを睨んだ。
「他人事だなんて、失礼ね。あたしは冷静に、あんたなら土俵に上がれるって信じてるわよ。あんたってそこそこかわいいし、色気はないけど、それなりの格好したら、寄ってくる男だって居たじゃない」
「それは高校時代でしょ。もう25だよ、あたし」
「あたしはもう26よ。歳を重ねるのは人間にとって必然でしょ。今後の人生で、今以上に若いことなんて無いんだから、過去の栄光にすがって、気持ちを強く持ちながら、今を一生懸命生きるしかないでしょ」
言い方はぶっきらぼうだけど、春はあたしを応援してくれる。だけどあたしはどうしてかネガティブになってしまう。だって、それくらい、坂名は恋愛とか興味ない。お魚一筋25年。そういう男。
「もし土俵に上がれても…ライバルはお魚だもんなぁ……」
「…まぁ、確かに、あたしも魚相手に恋愛で勝負したことは無いから、アドバイスもできないけど」
「そうなんだよねぇ……」
魚に勝つ方法なんてあるんだろうか。負けず嫌いのあたしだけど、魚はさすがにライバル視できない。どう考えても恋愛対象に見えない、けどあいつにとって、お魚は何よりも愛しいものなんだ。
春と話して、坂名と恋愛するためのステップが見えてきた。まず告白とアピール。掃いて捨てるほど居る、坂名を好きな女たちを蹴散らして、恋愛の土俵に上がること。次に対お魚。土俵でお魚と勝負して、どうにかあたしは勝たなきゃいけない。その辺の方法論は完全に未知の世界。
とにかく、女たちを蹴散らす努力はしよう。けれどその先は、どうしたらいいのかわからない。




