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柴犬後輩のおねだり

「そろそろこれ、やめないか」

「やだ」

 帰路につく電車の中、繋がれたままの手をほどこうと試みるも、純平は応じない。

 いくら一年ぶりだからって、甘え過ぎでは。

「そんなに寂しい思いをしたのか? もしかしてホストファミリーと合わなかったとか?」

「あー、まあ。家に入ってみたら放任っていうか世話放棄って感じで。そういうの慣れてるんでなんとかやってたんですけど、食事代で一ヶ月の小遣いが足りなくなっちゃって。それでコーディネーターの先生が気づいてホストを変えてくれたんで、その後はずっと楽しかったですよ」

「えっ。なんで言わなかったんだよ」

 そんなことになっていたとは思わなかった。メッセージで知らせてくれていたら、おれも学校に居る先生に相談してやれていたのに。

「大丈夫なのか? 今は腹は減ってないか? 体が辛いところとかは?」

「いや、だから最初の一ヶ月だけですってば」

 俺が前のめりになると、純平はくすくす笑う。

 そうなんだけど、気づいてやれなかったことが申し訳なくて……ん? 待てよ。『そういうの慣れてる』って、どういうことだ?

 問おうとすると、純平が先に口を開いた。

「でも寂しいのはずっとありました。早く日本に帰りてぇぇって、出発の飛行機の中から思ってましたもん」 

 純平がおれの目を覗き、握る手に力を込めて訴えてくる。握っていない方の手は、腰のないおれの髪をひと束つまんだ。

 近っ! めちゃくちゃ甘えてくる。髪まで触ってくるのは初めてだ。

 捨てられた子犬みたいな顔をして……そうか、それほど寂しかったということか。

「純平は甘えんぼだもんな。ご両親と離れるのが不安だったんだな」 

 純平ももう高一なんだししっかりしろよ、とは言わない。純平はお金持ちの家の一人息子だそうだから、やっぱり溺愛されて育ってきたんだろう。ステイ先での世話放棄が辛かったのはもちろん、出発前からホームシックになるのも仕方がない。

 おれは空いている方の手でおれの手を握る純平の手をぽんぽんとして、理解と労りを示した。

「全然違いますけど」

 だけど純平は秒で否定してくる。それも不満げに眉根を寄せて。

「違う? じゃあ何? 日本自体が恋しいとか、そういうこと? 食べ物とかそういう意味で」

 おれが首を傾げれば、純平は肩をすくめて苦笑いをした。

「わかんないよね。ま、これからわかってもらうんで、よろしくね、先輩」

 苦笑いをニッコリ笑顔に変えたかと思うと、純平は手を繋ぎ替えて指を絡めてくる。

「わ、さすがにやめろ」

 これは高校生の男同士ではアウトだろ。恋愛中の男女じゃないんだから。

 急いで手を引く。それでもやっぱり純平は手をほどこうとしない。

「久しぶりだから、お願い先輩。下に隠しておけば見えないから」

 う……すがるように見られると、弱い。

「……駅につくまでな」

 結局おねだりに負けて、手を二人の太ももの間に無理やり差し込む。

「ありがと。先輩……大好き」

 純平はそう言うと、おれの肩に頭を預けて瞼を閉じた。

 寝るんかーい。もしかして眠くて甘えてた? 

 今までの「大好き」や甘え方と、やっぱりどこか違う気がするけど気のせいだよな……。

 絡まった指には落ち着かないものの、純平のつむじが見えたことに何かホッとした俺は、具体的に考えることをやめた。


 「ねえ先輩、お願いがあるんですけど」

 純平がそう言ってきたのは、乗り換えのために次の電車を待つ時間だった。

「なんだ?」

「インター生ってさ、この春休みに特別課題が出されるでしょ。飛行機の中でめくってみたけどかなり難しそうでさ。解けそうにないから教えてほしくて」

 インター生とはインターグローバルコースの生徒の略だ。

 インター生だって偏差値は充分高いのだけど、留学しているとどうしても理数系の勉強量が不足する。だから春休み明けの実力テストや全国模試の対策として、帰国したインター生には分厚い課題テキストが配布されるのが恒例だ。

「あ~、同級生のインター生も去年言ってたな」

「っもしかして教えてあげたんですか!」

 なんだ? 急に機嫌を悪くして。 あ、そうか、柴距離?? 

「そうだけど……ちゃんと純平も見てやるから。日にち合わせて図書」

「じゃあ明日! 俺の家で!」

 うわ。言葉を被せてきた。やる気満々だな、純平。

「親御さんの許可が出たらな」

「そこは大丈夫です。なので、三日くらい泊まり込みでお願いしたいです。予定はどうですか」

「……えっ?」

 泊まり込み? 三日間も? 予定は空いているけど、おれの家はおれがいなくて大丈夫だろうか。春休みだから大丈夫か……いや、それよりもやっぱり。

「それこそ親御さんにちゃんと了承を取れ。初めてお伺いするのに三日も泊まりとか、常識的じゃない」

「先輩、相変わらず『おかん』だね」

「それ言うな。なんなら『おとん』でも言うと思うぞ」

「どっちにしろ保護者っぽい。ね、本当に大丈夫だからお願い。俺の家にきてください」

 背を屈め、目を覗いてくる。

 ぅう。またすがるように見て……おれはこの目に弱い。

 仕方なし。やっぱり可愛いんだよな、純平は。

「わかった、いいよ」

「やった! 先輩、大好き!」

 耳と尻尾が見えそうな純平に笑ってしまう。

 めちゃくちゃ喜んでるなぁ。ただしここで抱きつくのは禁止。

 純平の腕が伸びてきそうなことを察し、右手で制して左手でスマホを操作する。純平の家の位置情報を確認するためだ。

 中高一貫校に通っているおれたちは住む地域が同じではない。大まかな居住地は知っていても住所までは知らないのだ。

「住所、教えて」

 ところが純平は首を振る。

「いえ、三日間も先輩の身柄を預かるんですから、ご家族に挨拶がてら俺が迎えに行きます」

 ……言い方よ。逮捕とか拘束じゃないんだからさ。純平、留学の間に日本語が下手になったか? 課題の時に現国も見てやらないと。と思っていると電車がホームに入ってきた。

 乗り込んでから、挨拶すべきはやっぱりおれだろうと思い、こっちから出向く旨を伝える。だけどやっぱり純平は首を振った。

「俺も挨拶したいですもん。だから、ね?」

 また目を覗かれる。

「わかったよ……」

 おれの方は到着してから挨拶をするんだし、いいか、と結局また純平のおねだりに負けて住所を伝え、明日の約束をまとめたのだった。

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