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第8話 光の記憶と、玉座への道

 石畳を軋ませながら、馬車はゆっくりと王都の門をくぐった。


 高くそびえる白亜の城壁。その上では鎧の擦れる音を響かせ、衛兵たちがきびきびと巡回している。焼き立てのパンの香りと人々の喧騒が、これまでの旅路とはまるで別世界の景色を彩っていた。


 王都の中心部に向かうにつれ、雑踏は遠ざかり、馬車はやがて貴族街へと差しかかる。石造りの立派な屋敷が整然と並び、門扉の上にはそれぞれ由緒ある家紋が掲げられていた。通りを歩く人々は、絹や金糸の刺繍をあしらった衣装をまとい、その所作一つにまで気品が漂っている。


 その中でもひときわ重厚な造りの館――王家ディアルシアが管理する邸宅。通称〈王都館〉と呼ばれるその屋敷の前で、馬車は静かに止まった。


「おお……すごい……」


 リオは思わず息を呑む。かつて訪れたローゼン侯の館にも勝るとも劣らぬ威厳と格式。その扉の向こうに、新たな世界が広がっているような気がした。


 玄関先でエルノが一礼すると、応対に現れたのは三十代半ばほどの、見目麗しい女性だった。洗練された身のこなしと落ち着いた声――王都館のメイド長、クラリスである。


 ヴァルトの装備の損傷を一目見て、彼女は思わず小さくため息をつく。しかし、目元に浮かぶのは安堵の色だった。


「お帰りなさい。……無事で、本当に、よかった」


 そう短く言葉を交わすと、クラリスは手にした書簡を携えてそのまま王城へ向かった。


「これより、面会の申請に参ります。皆さまは、どうかこちらでおくつろぎくださいませ」


 案内された客間は、静かに整えられていた。窓の向こうに王城の塔が小さく見え、レースのカーテンが淡く揺れている。その空間に満ちる空気には、旅の疲れを忘れさせる優しさがあった。


 ほどなくして、ヴァルトとクラリスが連れ立って現れ、ソファの前に腰を下ろす。オルドは荷物の整理を引き受け、場には一時の穏やかさが漂っていた。


「こいつは……俺の妻だ」


 照れくさそうに紹介するヴァルトに、クラリスが柔らかく微笑む。


「また無茶をして帰ってきて……でも今回は、王城に同行するだけなのよね? それなら少し安心できるわ」


「ああ、王都の中でも、安全な任務だからな」


 そう笑うヴァルトの言葉を受け、クラリスはリオへと視線を向ける。


「先日の森での戦い……リオ様がいなければ、今こうして彼がここに座っていることもなかったでしょう。本当に……ありがとうございました」


 その声音には、妻としての想いと、王都館の人間としての誠意が宿っていた。


「このご恩は、必ずお返しします。どんなことでも、遠慮なく仰ってくださいね」


「え、あ、そんな……」


 リオは思わず手を振った。


「僕、あのときは……無我夢中だったし、気がついたら寝てましたし……」


 どこか気恥ずかしさを紛らわすように、リオは目の前の茶をすする。その香りと温かさが、ようやく心を落ち着かせてくれた。


 クラリスとヴァルトに見送られ、母子も並んでソファに腰を下ろす。王都の屋敷という非日常の中、ようやく得られた一時の休息だった。


 その静けさの中、サビアがふと遠くを見るように呟いた。


「あのとき……森で、あなたの魔法が光ったとき、まるで――」


 言いかけて、一拍置き、そっと続ける。


「リオが生まれた日の夜……。一瞬だけだったけれど、不思議な光が、部屋中に満ちたの。誰も見えてなかったみたいだけど、私は確かに、見たのよ」


 リオは思わず母を見た。


 光の魔法。加護の覚醒。そして、誕生の夜にあったという“光”。それらが一本の糸で結ばれているような、そんな予感が胸をよぎった。


 やがて執事エルノが戻り、王城への面会許可が下りたと告げた。


「王城なんて、俺も入ったことねぇぞ」とヴァルトが苦笑し、


「まったく……緊張するのはリオ様のほうだろうに」とオルドが肩をすくめた。


「私はただの付き添いですので……ですが、光栄な務めでございます」


 エルノの言葉に、場の空気が少し引き締まる。


 日も高いうちに再び馬車へと乗り込み、一行は王城へと向かった。


 壮麗な城郭が視界に入り、馬車が減速する。門前では厳めしい鎧に身を包んだ門番たちが近づき、書簡を確認すると、すぐに道を開けた。先ほどまでの王都の喧騒とは打って変わって、ここには一種の“重さ”が漂っていた。


 リオは自然と背筋を正す。高鳴る鼓動が、胸の奥で静かに響く。


(……王城に呼び出されたなんて、何を話せばいいんだろう)


 そんな不安が胸をかすめたが、奇妙なことに、逃げ出したいとは思わなかった。


 目を逸らすことは、もうできない。



2025/07/17 微修正

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。第8話では、ついにリオたちが王都の地に足を踏み入れ、王城への面会という大きな転機を迎える前段階を描きました。


戦いを経て一息ついたリオと母サビア、そして護衛たちのささやかな休息や、王都の空気、そしてクラリスという新たな人物との交流を通して、物語の幅が少しずつ広がっていくのを感じていただけたら嬉しいです。


次回はいよいよ、王との対面。そして王国がリオに託そうとする運命が、少しずつ明らかになっていきます。どうぞお楽しみに。

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