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第7話 門を越えて、未知の都へ

 リオが目を覚ましたのは、薄明かりの差し込む馬車の中だった。


 静かだ。車輪の音がかすかに響き、揺れる車体に合わせてカーテンが揺れている。自分の体に掛けられた毛布の温もりと、母の手がそっと額に触れるその優しさが、まるで夢の続きのように心地よかった。


「リオ……起きたのね……」


 泣き笑いの声が聞こえた。サビアの顔がすぐそばにあり、その目元には涙の痕が残っていた。


 リオは状況を理解しきれないまま、ぼんやりと頷いた。喉が渇いている。けれどそれ以上に、体の奥から疲労が抜けきっていないような重さを感じていた。


「一日中、眠っておられました」


 落ち着いた声が馬車の隅から響いた。執事エルノ・バレスタだった。彼の声に続くように、ヴァルトとオルドも顔を覗かせる。


「無事でよかった……まさか、あんな魔法を使えるなんて」


「まさに命の恩人だぜ。あんたがいなきゃ、俺たちゃ今ここにいない」


 二人の顔には、深い感謝と安堵がにじんでいた。リオは照れたように目をそらし、曖昧に笑う。


「……よく、覚えてないんだ。ただ……怒りが込み上げてきて、気づいたら……光が」


 言葉を選びながら、リオは昨日のことを思い出そうとした。けれど記憶は断片的で、あの強烈な光の後はすぐに意識を手放したようだった。


「それで十分ですよ。貴方の魔法……あれは尋常ではありませんでした」


 エルノが真剣な眼差しで言う。その隣で、ヴァルトとオルドは着替えこそしていたが、装備の随所に刻まれた傷や焼け跡が昨日の戦いの激しさを物語っていた。「リカバリー」と呼ばれたその魔法は、通常の回復魔法「ヒール」とはまるで違っていた。


「ヒールで治せるのは、せいぜい浅い傷や止血程度。しかし、貴方の光は……断裂した筋肉や砕けた骨までも、一瞬で元通りにした。精霊の加護があるとしか思えません」


 静かに語られるその言葉は、リオ自身にも実感がなかった。ただ、確かにその力は目の前の人たちを救った。それだけは、事実だった。


 馬車の外では風が変わり始めていた。空気がどこか乾いていて、遠くに人の営みの匂いがする。王都が近いのだろう。


「それにしても、昨日の“王”と呼ばれる魔物……あれは尋常じゃなかったな」


 ヴァルトが唸るように言った。フォレストウルフの群れを従え、理性を持つかのようなあの異形。その姿は、一行にとって忘れがたい恐怖だった。


「おそらく、瘴気の濃度が原因でしょう。通常の魔物ならありえません。あの“王”だけは、何かに導かれていたようにも見えました」


 エルノの分析に、皆が黙り込む。何かがこの国で、確実に変わり始めている。


 リオはそっと、母の手を握り返した。サビアは微笑み返す。


 やがて、馬車の窓から淡い光が差し込んだ。遠く、霞んだ視界の中に、石造りの高い城壁とその門がうっすらと見えてきた。まだ道のりは残されているが、王都が確かに近づいているのを一行は感じ取っていた。


 その光景をじっと見つめながら、リオはぽつりと呟いた。


「……あの光は、本当に、俺の力だったんだろうか」


 誰に問いかけたわけでもない。ただ、確かなのは――もう後戻りできないということだった。


 やがて夕方、王都の門がまだ遠くに見える地点で馬車は止まり、再び野営の準備が始まった。一行は昨日の記憶を胸に、慎重に周囲を警戒しながら焚き火を囲む。


 しかし、夜の森は静かだった。あれほどの脅威を前にした翌日とは思えないほど、風も音も穏やかで、空には満天の星が瞬いていた。


 ヴァルトが火を見つめながら呟く。「……何事もなくて、よかったぜ。王都の近くで、あんな魔物が出るなんて、聞いたこともねぇ。ましてや、あんな化け物じみた“王”なんてよ……」


 誰もが無言で頷く。肩に乗った緊張が少しずつ解け、火の明かりが彼らの表情を優しく照らしていた。


 そして夜が更け、静寂のまま朝を迎える。一行は再び馬車に乗り、王都への最後の道のりを進み始めた。


 やがて、王都の門がはっきりと視界に捉えられる距離まで近づいた。門の前には、多くの旅人や商人たちが列を成して入城の手続きを待っていた。


 一行の馬車がその列の後方に差しかかったところで、エルノが静かに馬車を降り、走るように門番の元へ向かった。懐から取り出した書類を手際よく見せると、門番は驚いたように頷き、手続きを迅速に済ませる。


 周囲の人々が驚きと好奇の目を向ける中、門はゆっくりと開かれた。馬車が進み始めると、門の内側に並ぶ兵士たちが一斉に敬礼の姿勢を取る。その異様な光景に、列に並んでいた人々がざわめいた。「一体誰だ?」「あれは貴族か?」「子どもが乗っていたぞ……?」と、ひそひそと声が飛び交う。


 こうして、王命を受けた者として、一行は列を抜けて優先的に王都の中へと足を踏み入れた。


 門の周囲には、ガシャガシャと音を立てる重厚な鎧に身を包んだ多くの門番たちが配置され、厳しい視線を行き交う者たちに注いでいる。石畳で造られた重厚な城壁は高くそびえ、上では兵士たちが巡回し、交代で監視を続けていた。その厳重な警備ぶりは、王都という国の中枢の威厳を物語っていた。


 門をくぐった瞬間、空気が一変した。人々の活気ある喧騒が耳を打ち、どこからともなく焼きたてのパンや香草、街路の石に染みついた生活の匂いが風に乗って運ばれてくる。


 リオは目を丸くした。見渡す限りの通りには屋台や商店が立ち並び、馬車や人が行き交っている。これまで見たこともないほど多くの人々が、忙しそうに、あるいは楽しげに通りを行き来していた。


「……すごい……これが、王都……」


 思わず漏れたリオの声に、サビアもそっと頷いた。「あなたのお父さんと、昔何度か来たことがあるの。市の広場で果物を買って……教会の前で迷子になりかけたこともあったわ」


 リオは驚いたように母を見た。「父さんと……?」


 サビアは柔らかく微笑む。「ええ。懐かしいわね。まさか、こんな形でまた来ることになるなんて……」


 旅の終わり、そして新たな始まりを予感させる光景だった。


 安堵とともに胸に広がる温かさ。しかしその奥で、リオの心にはふとした不安がよぎっていた。


 ――これから、いったい自分はどうなるのだろう。


 王都の喧騒に包まれながらも、リオの中には、期待と不安が、胸の奥で静かに渦を巻いていた。

2025/07/17 言い回しを微修正

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第7話では、リオの初めての大きな戦いの後――その「余韻」と「世界の広がり」をテーマに描いてみました。

精霊魔法「リカバリー」の力が人々に希望を与え、また一方で「王都」という未知の舞台が目の前に現れることで、リオの旅が一段階進んだことを感じていただけたなら嬉しいです。


戦いが終わったあとも、傷跡は残り、不安も拭いきれません。

けれど、その中に小さな安心や家族のぬくもりがあること――それがこの章のもうひとつの軸でした。


次回からは、いよいよ王都での新たな出会いと試練が始まります。

リオがどんな人々と出会い、どんな運命に向かって歩き出すのか……どうぞ楽しみにお待ちください!

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