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第6話 少年は叫び、光が応えた

闇の帳を割くように、黒い角を持つ獣の王が、地を鳴らしてゆっくりと歩み寄ってくる。


リオは声も出せず、ただ震えて見つめていた。


(……こんな魔物と、父さんは戦い続けていたんだ)


恐怖と畏怖が胸を締めつける。足が動かず、呼吸も浅くなる。


だけど――何かが、自分の内側で目を覚まそうとしていた。


(僕も……逃げてばかりじゃいけない)


次の瞬間、角付きのフォレストウルフ――群れのボスが地を蹴り、信じられない速さで間合いを詰めた。


ヴァルトとオルドが構える間もなく、鋭い爪が地を裂き、風を切る一撃が放たれる。


「っ、速い……!」


ヴァルトは剣で受け止めるが、勢いに体ごと吹き飛ばされる。


数メートル先で転がり、体勢を立て直すも腕が痺れていた。


「ヴァルト!?」


オルドが大剣を振るい斬りかかるも、角付きのウルフは軽くかわし、肩口に牙を突き立てる。


「ぐっ……!」


獣の王は格が違った。


圧倒的な速度と力。まるで別種の存在――群れを統べる王だった。


倒れた手下たちの無惨な姿が辺りを覆い、呻きのような嗚咽が響く。


屍の間から漏れるそれは、夜の静寂を切り裂く悲痛な音だった。


彼らの血に染まった大地が王の怒りを映し出す。


「よくも……我が手下どもを、これほどまでに……」


王の怒りと悲しみの声が闇に重く響き渡った。


「ま、まさか……喋った? こいつ、本当に……知性があるのか?」


リオは息を呑み、かすれた声でつぶやく。


魔物が、言葉を話す。


ただの魔獣ではない――何かが違う。


「……臭うな。嫌な、匂いだ」


王がリオを見据える。


「貴様か。あの、薄気味悪い光の加護を纏っているのは」


リオは息を止めた。敵意を強く感じた。


ヴァルトの声が耳に届く。


「魔物にとっては鼻につく匂いらしい。だから群れの王が出てきた」


異常な襲撃はリオの存在が引き起こしたのかもしれない。


背筋が凍る思いだった。


戦いが再び始まる。


ヴァルトとオルドは挑むが、圧倒的な力の前に劣勢へ。


ヴァルトは角の突進で地面に叩きつけられ、剣を落とす。


オルドも重傷を負い倒れ伏す。


執事も短剣で応戦するが巨体に吹き飛ばされる。


三人とも息はあるが、戦える状態ではなかった。


残されたのはリオと母の二人。


王が嘲るように笑いながら歩み寄る。


その瞳は赤く輝き、牙を剥き出しにし、涎を垂らしていた。


「終わったら……貴様らは、我らの晩飯となるのだ」


王の前肢が振り下ろされる。


リオはとっさに母を庇い身をよじるが、速く避けきれない。


爪が空気を裂き、すぐ目の前まで迫っていた。


母の叫び声が響き、リオの体を突き飛ばす。


「リオ、逃げなさいっ!」


その勢いでリオの体は地面に転がる。


代わりにその場所へ、母が身を挺して飛び込んだ。


鈍い衝撃音。


母は自らを犠牲にした。


リオが目を見開くと、母の背に鮮血が滲んでいた。


衣服を濡らす赤い血が地面へ滴り落ちていく。


信じたくない光景。


母の瞳には決意が宿り、かすかに震えていたが、その眼差しは揺るがなかった。


「リオ……逃げて……お願い……」


その声はかすれていたが、強い愛情が込められていた。


リオの中で何かが切れた。


恐怖も戸惑いも吹き飛び、残ったのはただひとつ――怒り。


大切な家族を傷つけられた事実が、心に炎を灯す。


頭は熱くなり、目は血走り、喉は渇く。


心臓が激しく鼓動し、全身に血が駆け巡る。


抑えきれない衝動が湧き上がる。


その瞬間、胸の奥からまばゆい光が溢れ出す。


手のひらが熱くうねり、指先から電流が走るような感覚に襲われた。


心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動し、頭の中の思考は真っ白になった。


それは熱でも怒りの炎でもない、確かな“なにか”。


光は胸元を突き破り、夜闇に放たれた。


「な、なんだ……この光は……!?」


王が目を細め、顔をしかめる。


風が変わり、木々がざわめき、空気が震える。


それは――精霊の加護。


静かに眠っていた力が、ついにリオの内に応えた。


胸元に淡く輝く文様が浮かび上がる。


大精霊の印――神聖な紋様は服の上からも光を放つ。


光が全身を包み、薄青いオーラがまとわりつく。


リオは震える手でショートソードを握りしめる。


旅立ちの朝に託された剣――その意味が繋がった。


目に炎を宿し、迷わず王へ突撃。


剣と獣の唸りが響く。


脇腹を狙い斬りつけるが皮膚は硬い。


爪の攻撃をかわし、距離を取る。身体は勝手に動く。


距離を詰めて斬りかかる。角で受け止められ反撃を受けるが、踏みとどまる。


何度も交錯し、動きは冴え、光の加護が力と速さを与える。


力を込めるとオーラは剣にも伝わり、剣身が淡く輝きだす。


鉄の塊が生きているように馴染む。


渾身の力で突撃し、光が闇を裂く一太刀が王の前足を断つ。


王の右前脚から鮮血が滴り落ち、顔を歪めながら激しい恨みを込めて呟いた。


「貴様……よくも我が前足を斬り裂いたな……!」


その怒りが体を揺らし、王はよろよろと後ずさる。


血飛沫が宙に舞い、地面を真っ赤に染めていった。


怒りを残し、跳躍して闇に姿を消す。


勝利ではないが守りきった。


震える手で剣を握りしめたまま立ち尽くす。


森の奥から深い遠吠えが響き、赤い目が動きを止め去っていく。


静寂が戻り、戦いは終わった。


リオは我に返り母の元へ駆け寄る。


背の傷口から血が滲み、意識は薄いが呼吸はしている。


「生きてる……大丈夫、生きてる……っ」


安堵の涙を流し、母の名を呼び続ける。


傷は深く、顔は青ざめていた。


(お願いだ……助けて……!)


強く祈り、願う。


空気が揺れ、星の欠片のような光の粒が現れる。


優しく瞬きながら母とリオを包み込む。


祈りに応えた精霊たちが目を覚ました。


かすかな声がリオの耳に届く。


『……リカバリー……』


『あなたの言葉で、想いで……唱えて』


震える声でリオは唱える。


光がふわりと舞い上がり、まるで柔らかな絹のベールのように母の傷を包み込む。


その光は淡い青白さを帯び、微細な粒子となって空間に漂いながら、静かに流れ込んでいく。


光の一粒一粒が優しく震え、温かさがじんわりと伝わり、傷口から痛みがゆっくりと溶けていくのを感じた。


まるで、夜空の星の煌めきが手のひらに宿ったかのような不思議な感触。


息を呑む静寂の中、かすかな風が頬を撫で、遠くから精霊たちのささやきが優しく響いてきた。


「……っ、治ってる……!」


母が目を開き、安堵と驚きの涙が頬を伝う。


光の粒はリオの背後へ舞い、倒れた護衛たちへ向かう。


再び唱え、傷が癒え苦悶が安らぎに変わる。


それは奇跡だった。


やがてヴァルト、オルド、クラウスが意識を取り戻す。


安堵が溢れ、リオはその場に崩れ落ちた。


意識は、夜の湖に沈む小石のように、静かに沈んでいった。

2025/07/12 表現とセリフを加筆修正しました。

第6話までお読みいただき、ありがとうございます。

今回はリオの内に眠る精霊の加護が初めて顕現し、危機の中で覚醒の兆しを見せる重要な場面となりました。

家族を守るための母の犠牲と、リオの心に宿る怒り、そしてその怒りを超えた新たな力の目覚めは、物語の大きな転機でもあります。


まだまだ未熟な少年リオが、どのように成長し、力を制御していくのか。

そして、この世界に広がる闇とどう向き合っていくのか。

今後の展開もどうぞお楽しみに。


読者の皆さまの応援が、作品の大きな力となっています。

これからも共にリオの旅路を見守っていただければ幸いです。


引き続きよろしくお願いいたします。

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