第50話 影と道化師
――王都防衛戦の轟きは、玉座の間の石床まで震わせていた。
城下から伝わる咆哮と衝撃音。高窓の硝子がびりびりと鳴る。
「……ついに始まったか」
「はい、陛下。今は兵たちを信じるしかありますまい」
王の横で、宰相が低く答えた――その瞬間。
「チェックメイト~♪」
軽やかな歌声。月光のような刃閃が走り、曲刀が王の喉笛へ滑り込む。
甲高い金属音が弾けた。黒装束の影が、王の前へ踏み込み小太刀で受け止めたのだ。
「あらら~失敗かぁ。やっぱり君か、たまらないねぇ」
「……ゼイン」
「やっぱりクロキリちゃんが護衛か。嬉しいなぁ、最高の舞台だ!」
クロキリは王にちらと視線を寄越す。
「陛下、今のうちにお逃げください」
「クロキリ、すまぬ」
「陛下、こちらへ!」宰相が王を伴って退きの通路へ走る。
残されたのは、影と道化師。
「――《闇遁・影縛り》」
クロキリの足元から影が伸び、床や柱の影が刃と化してゼインの四肢を絡め取る。
「道化師にとって罠抜けなんて、ちょちょいのちょいだよ?」
ゼインは肩をすくめ、二本目の曲刀を愉快げに指先でくるりと回し、するりと影から抜け出した。
沈黙を守るクロキリ。小太刀を両手に抜き、低く構える。
ゼインもまた曲刀を二本、ゆらりと構えた。
火花。火花。火花。
斬撃が幾度も交錯し、鋼が悲鳴を上げる。
壁を駆け、柱を蹴り、天井近くから反転しては再び激突する。
刹那、二人は床の対角に着地し、呼気だけが白く揺れた。
「じゃ、次の芸だぁ。――《マーダー・ボム》!」
ゼインの掌から、色とりどりの風船がふわりと生まれる。
表面に、歪んだ怪物の顔が浮かび上がった瞬間、風船は獣のような軌道でクロキリへ殺到した。
クロキリは身を翻し、影を踏んで滑るようにかわす。
轟音。
壁へ触れた風船が破裂し、爆炎が玉座の間を抉った。
石壁に穴が穿たれ、衝撃がクロキリの身体を弾き飛ばす。
「今だぁ!」
ゼインが飛びかかり、曲刀を振り下ろす――。
だが足裏で、じゃり、と金属が鳴った。
「……撒き菱?」
踏み抜く寸前で体勢を殺したゼインの頬を、冷たい風がかすめる。
背後からの殺気。振り返りざま、交差する刃。
「くぅ、分身か!? やるなぁ!」
影から現れた“もうひとり”のクロキリの小太刀を、ゼインは紙一重で受け流す。
実体と分身が入れ替わるように位置を変え、また火花が散った。
「そろそろ、室内用のおもちゃにしよっか。――ショータイム!」
ゼインは懐から小さな玉を三つ、ころりと取り出す。指先で弾ませながら笑う。
「《キリング・ボール》!」
玉は床に落ちるや否や、スーパーボールの狂気を得たかのように跳ね回った。
壁、柱、天井――反射のたびに加速し、赤黒い光を帯びて軌道を変える。
まるで意志を持つ狩人。一直線に、クロキリを追尾してくる。
クロキリは低く身を伏せ、弾丸の間を縫って走る。腰の袋から巻物を抜き、片手で素早く印を結ぶ。
「――風遁:烈風刃」
巻物が開いた瞬間、刃と化した烈風が奔る。
切子硝子のような風の刃が《キリング・ボール》を次々に切り裂いた。
――が、次の瞬間、世界が白く灼けた。
爆ぜる連鎖。
裂かれた玉の内側に仕込まれた爆薬が一斉に点火し、爆圧が玉座の間を蹂躙する。
衝撃波にゼインもクロキリも弾き飛ばされ、柱が粉砕、天井に亀裂が走った。
「っ……!」(クロキリ)
「ははっ、いいねぇ、最高だ!」(ゼイン)
亀裂が繋がり、天井が爆音と共に抜け落ちる。夜気が流れ込み、星空が覗いた。
ゼインは瓦礫を蹴って軽やかに跳び、空いた穴から屋上へ舞い出る。
「第二幕は――屋上ショーだぁ♪」
クロキリも影を踏み、黒燕のように後を追った。
屋上。
夜風が衣をはためかせる。遠くでは戦鼓が鳴り、炎の光が城下を朱に染めていた。
瓦の上で対峙する二人。ゼインは曲刀を舐めるように撫で、仮面の奥で笑う。
クロキリは言葉を捨て、二刀を静かに下段へ――。
息が止まるほどの沈黙。
殺気と狂気が、夜空の狭間で擦れ合う。
睨み合いは、まだ終わらない。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ついに玉座の間でも戦いが始まりました。
クロキリとゼインの一騎打ちは、まだ序幕にすぎません。
もしよろしければ、ブックマークや下の「☆☆☆☆☆」で応援していただけると嬉しいです。
スタンプをいただけると本当にやる気が出ますので、よろしくお願いします!




