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第49話 王都防衛戦・開幕


 夜が更け、松明の炎に照らされた王都の城壁。冷たい風に乗って、濃い瘴気が漂っていた。

 遠方では村や畑が炎に包まれ、黒煙が夜空を覆っている。その赤は、王都の兵たちに残酷な現実を突きつけていた。


「大精霊様……どうか我らに御力を……!」

 城壁の上で、クレリックたちが必死に祈りを捧げる。胸元で印を結び、白い光を掲げる姿は震えていた。


「俺の村が……!」「畑まで焼きやがって……!」

 怒りと悲しみの声が兵たちから漏れる。だが、その憤りをかき消すように――大地が揺れ始めた。


 どすん、どすん、と重い衝撃が地面を伝う。

 太鼓を叩くような行進のリズムが夜を震わせ、兵たちの心臓の鼓動と重なっていく。


「な、なんだ今の音……」「……でかぶつが来る……!」


 恐怖が兵たちを包む中、リオは固く拳を握りしめた。

「ここで止めなければ……王都が陥落する。絶対に負けられない!」


 ミラは険しい顔で頷き、赤い宝玉の杖を握り直す。

「そうよ……あの炎の先には子供たちがいるんだから。絶対に通さない」


 グラヴィスは紫の宝玉の杖を掲げた。宝玉は鼓動のように脈打ち、周囲の魔力を吸い上げているかのようだった。

「……今夜は死闘になるぞ。だが、生き残る。必ずな」


 その頃、敵軍。


 炎に照らされた闇の中で、仮面の男ゼインがくつくつと笑った。

「ひひっ……火事のおかげで松明なんか要らなくて済むなぁ。最高だ……! このあと内臓ぶちまけてやるからなぁ……待ってろよぉ!」


 隣に立つ巨漢バルクが鼻で笑い、大剣を肩に担ぐ。

「……騒ぐなゼイン。城攻めなんざ久しぶりだ、じっくり楽しませてもらうさ」


 二人の笑い声は炎に混じり、戦場を狂気に染めていった。


 やがて地響きと鬨の声が重なり、魔物の軍勢がついに門前に迫る。


「おいおい……なんだあの影……で、でかすぎる……!」

「まさか……サイクロプスか!?」


 兵士たちが震える声を上げた。巨大な棍棒を握った一つ目の巨人が、軍勢の中央から姿を現す。

 赤い光を宿した眼がぎょろりと動き、城壁を睨み据えた。


 恐怖に喉を鳴らす兵たちを前に、レオンが剣を掲げて叫ぶ。

「全軍――構え! 放てぇっ!」


 一方、敵軍後方。

 銀髪の少年ディアスが冷ややかに腕を下ろし、短く吐き捨てた。

「……いけ」


 すかさず、彼の隣を漂う黒い羽の精霊エクリプスがはしゃぐように声を張り上げる。

「とつげきだー! いっけーーっ!」


 その瞬間、両陣営の攻撃が同時に解き放たれ、夜空を裂いた。

 人間たちは必死に矢と魔法を放ち、城を守ろうと叫ぶ。

 対する魔物たちは――怒号ではなく、歓喜の咆哮を上げていた。


「ギャハハハッ!」「もっと殺せぇ!」「人間の血だぁ!」


 矢を浴びながらも笑い、炎に包まれながらも走り、

 その赤い眼は狂気の輝きを放っていた。

 王都を蹂躙すること自体が、彼らにとっては祭りのようだった。


 城壁上ではクラヴィスが両腕を広げる。

「いくぞい!」


 彼の掌に炎と土の魔力が集まり、二重詠唱で放たれる。《ファイアランス》と《ストーンランス》。

 ミラも《ファイアランス》を紡ぎ、リオは《ウォータランス》を続ける。

 轟音と共に、無数の槍が闇を貫いた。


 弓兵たちも一斉に矢を放ち、空を埋め尽くす《アローレイン》が敵軍を襲う。


 だが――。


「ははっ! そんな矢ではかすりもしねぇ!」

 豪快に笑いながら、バルグが剣を振るい、空中に斬撃を飛ばして矢を片端から弾き落とす。


 ゼインはにやりと笑い、「じゃあ、またあとでー!」と呟き、影の中へと消えた。


 さらに、敵のメイジたちが一斉にシールドを展開し、迫る魔法の雨を防ぎ切る。

 爆発の衝撃に何人かは倒れるが、陣形は崩れない。


 逆に魔物側からは火矢が飛び交い、闇の弾丸が城壁を撃ち抜く。

 負傷者が続出し、セフィーナら支援兵団が必死に治療と防御を続けた。

 それでも魔物たちは痛みも意に介さず、ただ前進を続ける。


 城門前では騎士団が布陣していた。

 カイルが低く命じる。

「突入の合図があるまで持ちこたえろ!」


 城壁上からは大岩や熱湯が投げ落とされる。

 だが数は減らず、こう着状態が続く。

 兵士たちの士気はじわじわと削られていった。


 後方から戦場を見下ろすディアスが、ちらと隣の少女に視線を送る。

 リレーナはため息混じりに肩をすくめた。

「はぁ……しょうがないわね。――グラシアール、やるわよ」


 次の瞬間、白銀の幻影が現れる。

 長い氷色の髪を揺らし、蒼氷の瞳を輝かせる氷の精霊――グラシアール。

 その存在だけで、戦場の空気が凍りついた。


 リレーナとグラシアールの身体から、濃密な魔力が溢れ出す。

 紫紺の魔力と蒼氷の光が絡み合い、螺旋を描きながら夜空へと昇る。

 空気が凍りつき、兵士たちの吐く息は白く変わり、地面には瞬く間に氷の紋様が広がっていった。


「な、なんだ……息が白く……!」

「ち、力が抜ける……!」


 ただ魔力が高まっていくだけで、世界そのものが支配されていく――。


「北辰の星よ、氷刃をまとい──」

「陰陽の理よ、静寂に帰せ──」

「凍てつく果てに、命を閉ざせ──」


 その詠唱を聞いた瞬間、クラヴィスの顔色が変わった。

「な、なんと……あれは上位精霊魔法じゃと!? 全員、防御を構えい!!」


 レオンが剣を構え、銀のオーラを迸らせる。《シールドオーラ》が兵たちを覆い、凍てつく嵐をわずかに和らげた。

 リオも咄嗟に手をかざし、光を凝縮させる。

「《ライトシールド》!」

 純白の盾が眼前に展開し、彼と仲間たちを冷気から守る。

 さらに後方からセフィーナが両腕を広げ、全身の魔力を解放する。

「《ディバインシールド》、最大出力!」

 眩い光の防壁が広がり、倒れかけていた兵士たちを包み込んだ。


 次の瞬間――。

 掲げられたリレーナとグラシアールの両腕から、凍てつく奔流が解き放たれる。


 ――《ダイヤモンドダスト》!


 戦場は一瞬にして、真っ白な世界に閉ざされた。

 凍りつく風が肉を裂き、地を覆う氷が兵も魔物も等しく飲み込む。


 抵抗できなかった者たちは、一瞬で凍り付いていった。

 立っていた兵も、構えていた弓も、唱えかけた魔法も――すべてが氷像へと変わる。


 その直後、耳を衝くような轟音が王都全体を揺るがした。

 天空に展開されていた防御結界が粉々に砕け散り、紫の閃光が破片のように弾け飛ぶ。


「そ、そんな馬鹿な……!」

 大神官セレオスが蒼白な顔で声を震わせる。

 周囲の神官たちも胸を押さえ、結界が砕けた反動に耐えきれず血を吐き、膝をついた。


「結界が……なくなった……」

 近くの兵士が絶望に声を失い、剣を取り落とした。


 同時に、王都の家々の窓が一斉に破裂した。

 硝子の破片が雨のように降り注ぎ、街から悲鳴と泣き声が響き渡る。

 街そのものが崩れていくような音が、兵士たちの心をさらに凍らせた。


 城壁に立ち並んでいた氷像の兵士たちも、ひび割れ、次々と砕け散っていく。

 砕けた鎧と氷片が崩れ落ち、粉雪のように散った。


 白銀の世界を突き破るように、咆哮が轟く。


「グオォォォォォォォ!!」


 サイクロプスが巨大な棍棒を振りかざし、凍り付いた地面を砕きながら突撃してきたのだ。

 轟音と共に――城門が粉砕された。


 棍棒が叩きつけられた衝撃で石畳が陥没し、破片が四方へ飛び散る。

 近くにいた兵士は吹き飛ばされ、城壁に叩きつけられて呻き声もなく崩れ落ちた。

 その光景に、生き残った兵たちの顔から血の気が引いていく。


 同時に衝撃が城壁を揺らし、上にいた兵士たちの体が宙に浮く。

 すでに凍り付いていた者は落下の衝撃で無残に砕け散り、生き残っていた者たちも地面へと叩きつけられた。


 リオたちも衝撃波に吹き飛ばされ、体が城壁の外へと投げ出された。


「くっ――!」


 しかし、グラヴィスが紫の宝玉の杖をかざし、低く呪文を唱える。

 宝玉が脈打つように輝き、淡い光が彼らの身体を包み込む。


「《レヴィテーション》!」


 重力がふっと軽くなり、リオたちは宙を漂うように落下を和らげられた。

 半ば驚きながらも、仲間と共にふわりと地面に着地する。


 背後では、地獄の咆哮を上げる魔物たちが、城門の裂け目から雪崩れ込んでくる――。


 リオたちは着地と同時に駆け出した。混乱の中を抜け、土煙の向こうに仲間たちの姿が見える。


「リオ! 無事か!」

 盾を構えたファルトが叫ぶ。


「うん……なんとか!」


 グラヴィスは紫の宝玉の杖を掲げ、ミラは赤い宝玉の杖を構える。

 その背後にセフィーナが駆け寄った。

「後ろから援護します!」


 仲間が再び一列に並び、夜を切り裂く魔物の群れに向き直る。


 その瞬間、城門前に降り立ったレオンが剣を掲げ、全軍に響く声で叫んだ。

「――行くぞ!!」


 雄叫びと共に、王都防衛戦の真の戦いが始まった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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(夏バテ気味でちょっとスローペースですが、のんびり読んでいただければ嬉しいです)

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