第48話 警鐘
東の空に、黒々とした瘴気が立ちのぼった。
「……瘴気……!?」
リオの顔が強張る。
その直後――王都全域に、重く低い警鐘が鳴り響いた。
誰も聞いたことのない、不吉な音。祭り前日の浮き立った空気は、一瞬で凍りついた。
「な、何事だ……火事か?」「いや、違う……」
ざわめく市民。
一人の老人が蒼白になり、震える声で呟いた。
「あれは……“大警鐘”じゃ……国難の時にしか鳴らぬ鐘……」
王都の警備兵が駆け回り、声を張り上げる。
「全員、家に戻れ! 外出を禁ずる! これは戒厳令に等しい、従え!」
祭りの準備で賑わっていた通りは一転し、人々は顔を引きつらせながら家へと走り去っていった。
そのとき、城壁上から兵士の叫びが響いた。
「東方に大軍勢! 魔物の群れだ、数えきれん!」
見張り台の若い兵が腰を抜かす。
「ま、魔物のスタンピードか!? あんな数……!」
すぐ傍らの年配兵が険しい顔で首を振る。
「いや、スタンピードならただ突っ込んでくるだけだ……。だが、あれを見ろ。整然と列を組み、武装して行進しておる……。あれは――行軍だ。侵略の行進だ!」
ドン……ドン……と、遠くから太鼓の音が響く。
規律ある軍靴の足音が地を震わせ、瘴気をまとった影が地平線を覆い尽くしていた。
その列の通り道では、村や林に炎が立ち上っていた。
進軍する魔物たちが、片端から建物や畑に火を放っているのだ。
若い兵「お、おいおい……畑も、何もかも燃えちまってる……!」
赤い火の粉と黒い瘴気が夜空に舞い上がり、地平線そのものが燃え盛る壁のように見えた。
「伝令! すぐに王城へ!」
「はっ!」
兵士が駆け出すのと同時に、黒衣の影が音もなく現れた。
「……クロキリ!」
兵が息を呑む。
影の男は不敵に口元を歪める。
「いくら探しても見つからなかったが……まさかこんな形で現れるとはな。――我らも王都防衛に回る。状況は王へ伝えておけ」
そう言い残し、クロキリは仲間の影と共に闇へと消えていった。
場面は王城・玉座の間。
報告を受け、王フェルメリア一世と宰相セオドール、そして四人の団長たちが集っていた。
膝をついた伝令が叫ぶ。
「魔物の群れ、東方より進軍! 確認できたのは――ゴブリン、オーク、オーガの混成部隊! 数はすでに数百を超えております!」
兵士は息を荒げながら続けた。
「さらに……軍団を率いる魔族を視認! その背後には……他と比べものにならぬ巨大な個体が一匹!」
玉座の間にざわめきが走る。
カイル「……災害級か」
クラヴィス「ふぉっふぉ……やはり来おったか。あれはただの群れではない、災害級の脅威よ」
セオドール宰相「この規模……即刻、防衛に備えねば王都は滅びます!」
王は立ち上がり、厳しい声を放った。
「兵数はこちらが少ない。ならば籠城戦を取るほかあるまい。各団長、速やかに兵を配置せよ!」
レオン「はっ!」
カイル「すぐに取り掛かります!」
クラヴィス「承知した」
セレオス「結界もすぐに展開いたします」
団長たちは一斉に頭を垂れ、そのまま玉座の間を退出し、訓練場へと向かった。
訓練場では、すでに招集された兵や団員たちがざわめきながら集まっていた。
団長たちが姿を現すと、空気が一変し、全員の視線が集まる。
レオン「聞け! 王命により、王都は籠城戦に入る! 今から各兵科に任務を伝える!」
カイル「騎士団は東門を死守せよ! 一歩も引くな!」
クラヴィス「魔法兵団は城壁に上がれ! 火力支援はわしが直々に見る!」
セレオス「支援兵団は結界展開、治療班は城内に配置だ!」
兵たちは一斉に「はっ!」と声を合わせ、各持ち場へ散っていく。
新兵のリオたちにも命が下った。
カイル「ファルト、東門の防衛に就け!」
ファルト「了解っ!」
クラヴィス「リオ、ミラ――魔法兵団と共に城壁に上がれ!」
「……はい!」
「わかったわ!」
セレオス「セフィーナ、お前は支援兵団に回れ。治療と補助が必要になる」
セフィーナ「わ、わかりました……!」
仲間たちはそれぞれの役割を背負い、戦いの最前線へ向けてばらばらに配属されていった。
ファルト「……みんな、必ず生き延びようぜ!」
「うん……必ず」
「絶対よ」
「必ず生き残りましょうね」
短い言葉を交わし、彼らはそれぞれの持ち場へ駆け出した。
もはや訓練ではない。――本物の戦いが、始まろうとしていた。
その頃、東の地平線。
太鼓と行軍の足音が夜を震わせ、瘴気が空を覆っていた。
転移門の残滓がまだ地に漂う戦場の中央に、銀髪の少年――ディアスが立っていた。
背後にはバルグ、リレーナ、ゼインの姿。
その隣を浮遊するのは、黒い蝶のような羽を持つ闇の精霊――エクリプス。
「……さすがに、これだけの数を転移させては門も保たんな」
ディアスが肩をすくめ、冷ややかに笑う。
リレーナ「でも十分ね。王都を飲み込むには足りる」
バルグ「討ち滅ぼすのみだ」
ゼイン「くくっ、楽しみだなぁ……!」
エクリプスが羽を揺らし、いじわるそうに笑った。
「フフ……やっとか。待ちくたびれたぞ、ディアス」
ディアスも口元を歪め、王都を見据える。
「あぁ……楽しみだな、エクリプス」
「クク……泣き叫ぶ人間どもの声が、もう聞こえてきそうだ」
二人の笑みが重なり、ディアスは右手を掲げる。
「――さぁ、戦争を始めようか」
お読みいただきありがとうございます!
いよいよ物語は「王都攻防戦」へ突入です。
今回は警鐘から始まり、王都が一気に戦時体制へ切り替わる様子を書きました。
畑も燃やされ、日常が侵略で壊されていく場面は、書いていて胸が痛かったです。
次回はいよいよ、リオたちがそれぞれの持ち場で本物の戦いに挑みます。
どうぞ楽しみにお待ちください!




