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第43話 安堵と、静かなる決意

「おー、見えてきたぞ! 王都フェルメリアだ!」


ダリウスが馬車の上から声を上げる。その隣ではティナがひょこっと顔をのぞかせ、ぱちぱちと目を瞬かせていた。


「うわぁ……本当に、戻ってきたんだ……」


「懐かしいなぁ、王都の空気。騒がしいけど、悪くない」


エルヴィスも少し身を乗り出し、風を浴びながら微笑んでいる。


石畳の道の向こうにそびえる城壁。煙が立たず、炎もなく、そこには確かに――平穏があった。


「……戻ってきたな」ファルトが静かに呟いた。


「うん」リオはうなずき、胸に湧き上がる安堵を噛みしめる。


「……今回は、きつかったわね」 ミラが列の脇を歩きながら、髪をかきあげ、ため息をついた。


「ええ。まさに“試練”でしたね」

隣にいたセフィーナが静かに応じる。


互いに目を合わせ、小さくうなずき合う二人の表情には、確かな疲労と、わずかな誇りが浮かんでいた。


王都フェルメリア。多くの戦士たちの想いを背負い、少年たちはようやく帰還した。


* * *


門をくぐったその瞬間、街の広場から歓声が湧き上がった。


「おおっ、あれは……兵たちが戻ってきたぞ!」


「みんな、無事なのか!?」


「帰ってきた、あの子たちが……!」人々が押し寄せる。しかし、すぐに誰かが口を噤んだ。


「……あれ? 隊の人数……少なくないか?」


ざわつきが広がる。最前列の一人の婦人が、震える声で叫んだ。


「うちの子は!? 私の息子は無事なの!?」


カイル副団長が前に出て、わずかに口を開きかけたが……言葉は出なかった。ただ、静かに首を横に振った。


婦人はその場に崩れ落ち、泣き崩れる。


「お兄ちゃん……どうしたの?」


幼い男の子が、婦人の服の裾を掴んで小さく問いかけた。だが、母は何も言わずに首を横に振った。


その動きを見た瞬間、男の子の顔が歪み、わっと声を上げて泣き崩れた。


「いやぁあああああっ……!」


広場に広がる、喜びと悲しみ。生還を喜ぶ声と、喪失に打ちひしがれる声が交錯する。


そんな中、駆け寄ってきた一人の女性――クラリスが、ファルトを強く抱きしめた。


「……母さん」「よかった、よかった……!」


そしてもう一人、リオの前に現れたのは、見慣れた女性――リオの母だった。


「リオ……!」


「母さん……!」


互いに言葉を交わすより早く、二人は抱きしめ合った。


心からの安堵がそこにあった。だが、リオの胸には、戦場に倒れた仲間たちの顔が浮かんでいた。


「……みんなも、帰ってこられたらよかったのに」


母はその言葉に、小さくうなずいた。


「……そうね。でも、あなたが帰ってきてくれて、本当に……良かった。」


「……母さん、まだ任務中だから……また後でね」


リオは少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに目をそらして言った。


* * *


一行はそのまま王城へと通され、謁見の間へと案内される。


玉座に座す王は、深く息を吐いてから立ち上がった。


「よくぞ戻った、若き戦士たちよ。影より報告は受けていた。瘴気の発生、ゴブリンキングとの交戦と撃破、そして何より牙の王との戦闘……これら全てを聞いたのは、つい先ほどのことだ」


王の声には、深い感情が滲んでいた。


「その勇気、我が王国の誇りである。今回の多大なる貢献に対し、国として褒美を授ける手筈を整えている。そして亡くなった者たちには、相応の保証と深い敬意をもって弔いの儀を執り行う」


一同が頭を垂れる。


ファルトはにこにこと笑みを浮かべていた。緊張感の中にも、どこか晴れやかな顔つきだ。


その隣でダリウスは小声で「……褒美って、いくら分だろうな」と呟きながら、指を折って何やら計算を始めていた。


「それと、エルヴィン――よくぞ戻った。今回の件において、其方の発明品が現場で大いに役立ったと聞き及んでいる。王として、其方を正式に宮廷錬金術師とし、その筆頭に任ずる。今後は王国としても支援を惜しまぬ。存分に励むがよい」「おまかせください」エルヴィンは恭しく一礼しながら、にやりと笑った。


「大義である。これにて、下がってよい」


王の言葉とともに、謁見は終わった。


* * *


謁見の間を出ると、カイル副団長が皆を振り返る。


「……それでは本任務は以上だ。解散」


そして、リオの肩に軽く手を置き、静かに言葉をかけた。


「リオ、お前がいてくれて助かった。お前がいなければ、今の俺たちはなかったかもしれない」


「剣技はまだ拙いからな。明日からみっちり鍛えてやるぞ、覚悟しとけ」エルバがいつもの調子で笑いながら言う。


「はぁー……やっと終わったな」ファルトが両腕を伸ばしながら息を吐く。


「……まったく、たった数日だったのに、まるで数ヶ月分戦った気分よ」ミラが髪をかき上げてため息をつく。


「ええ……でも、それでも乗り越えましたね」セフィーナが静かに応じる。


「明日からまた顔合わせるけどよ。……まぁ、またよろしくな」ファルトが軽く肩をすくめて笑った。


リオも苦笑しながらうなずく。


「明日からまたしごいてやるからな、覚悟しとけよ?」「……お手柔らかに」


拳を軽くぶつけ合い、それぞれの道を歩き出していった。


* * *


家に帰ると、できたてのご飯の香りが漂い、母が台所に立っていた。


「……あっ」


リオの姿を見るなり、母は手を止め、表情をやわらげる。

その瞬間、リオの中にふっと実感が湧いた。


——ああ、本当に帰ってきたんだなって。


「おかえりなさい。」


「うん。ただいま、母さん」


母はほっと息をつき、リオのもとへ歩み寄る。そして、そっとその肩に手を置いた。


「さ、ご飯にしましょ。リオの好きなもの、いっぱい作ったの」


「ありがとう……」


そこへ、ひょこっと現れたのは――リオの肩から顔をのぞかせた光輝く小さな羽の生えた少年の姿。


「こんにちはー! リオのお母さん、僕、アストルっていいます! ご飯、僕の分もあると嬉しいな〜!」


母は、目をぱちくりと瞬かせながら、アストルの方を見つめた。


「リオ……見えるわよ?本当にいるの? …でも、なんだか……懐かしいような……」


「うん。アストルっていうんだ。僕の契約精霊だよ」


アストルが胸を張って、「よろしく!」と手を振る。


母は思わず一歩引き、リオを見返す。


「精霊って……本で読んだことはあるけど、こんなにはっきり……」


不安とも驚きともつかない表情で、しばし沈黙する。だが、ふとリオとアストルの無邪気なやりとりに目を細めた。


「……でも、不思議ね。不思議だけど……どこか懐かしい感じもするわ」


リオが笑い、アストルも得意げに胸を張る。


「わからないけど、契約したせいか、周りの人にも見えるようになったんだ」


「僕のおかげでリオは帰ってこれました! わっはっは!」


「そりゃあ、そうだけどさ……」


「まぁ……」母はふっと笑みを浮かべた。


「兄弟みたいね」


「僕が兄だよっ、えっへん!」アストルが胸を張る。


「いやいや、どう見ても僕の方が年上でしょ?」リオが笑いながら返す。


「精霊の年齢を見た目で判断するのはナンセンスだぜ!」アストルがすかさず反論した。


「それ言うなら、僕だって成長途中ってことになるけど……?」


「ふっふーん、僕はね、千年早くこの世に出てるんだからな!」


「今初めて聞いたんだけど!?」


じゃれ合うふたりの様子に、母はそっと笑みを浮かべる。


「ふふ……賑やかになるわね、これから」


温かな食卓に、穏やかな笑い声が広がっていった。こうして家族と囲む食卓は、それだけで胸がじんわりと温かくなる。


* * *


その夜。リオはベッドに入りながら、天井を見つめていた。


「ねぇアストル……“闇の加護の導き手”って、何なんだろう?」


「うーん、前回の大戦のときにはいなかったみたいだけど……おそらく魔族の中でも特殊な存在だね。闇の精霊の力を自在に操る、リオの真逆の存在……」


「牙の王越しに話しかけてきた、あの感じ……なんか、ぞっとした」


「うん、ただものじゃないね。油断しないでおこう」


「……もっと、強くならないと。みんなを守るために」


「その意気だ、弟よ!」


「誰が弟だよ!」


笑い合いながら、静かに眠りへと落ちていく――。


* * *


同時刻、王城では世界会議が開かれていた。


魔道具《遠話晶》を通じて映し出された各国の代表たちが、重々しい表情で討議を交わしていた。


「……瘴気を発する魔道具、それが敵の手に渡っているのか」「破壊できたのは一体だけ。今のところ、それを完全に破壊できたのは――」「……少年、リオだけか」


沈黙。


「各国は独自に警戒を強化すること。それが我々に残された、最低限の備えだ」


世界は静かに、崩れ始めていた。


* * *


朝の光が差し込む部屋。


リオは目を覚まし、いつものように素振りから一日を始めた。


王城での訓練、巡察任務、魔物退治――目まぐるしい日々は続いていく。


汗を拭いながら空を見上げると、夏の終わりを告げる風が頬を撫でた。


少年の日々は、止まらない。


――そして季節は、秋へと向かっていた。


《第二章 完》

ここまで物語を読んでいただき、本当にありがとうございます。


これにて「第二章 王国修行編」はひと区切りとなります。


正直なところ、ここまでたどり着くのに、想像していた以上の時間と労力を要しました。設定の精緻化、キャラクターの成長曲線、戦闘と日常の緩急、そして“精霊”という存在の意味。それらをどう物語に織り込んでいくか、自分自身でも手探りの連続でした。


ですが、リオという少年を通して描いてきたこの旅は、私にとっても大切な“物語の原点”です。


第1章では旅立ちと決意、第2章では仲間との出会いや初めての試練、そして喪失と責任……。小さかった少年が一歩ずつ世界と向き合い、歩いてきた記録。それを一緒に辿ってくれた皆さんの存在に、心から感謝しています。


さて、次なる「第三章」は、より物語の核心に迫る重要な章になります。


王都に蠢く陰謀、精霊の真実、そして“闇の導き手”ディアスとの対峙――。少年たちは、もはや子どもでいられない現実に向き合っていくことになります。


ただし、その前に。


一度、ここまでの全体を振り返り、物語の構造や伏線、人物の感情の流れをきちんと見直したいと考えています。


「物語として、もっとよくできるはずだ」という確信と、「今なら、見えるものがあるはずだ」という期待があるからです。


そのため、第3章の開始までに少しだけお時間をいただくことになりますが、ご理解いただけると幸いです。


物語は、まだまだ続きます。

少年たちの歩みも、世界の命運も、ここで終わりではありません。


どうか、これからも彼らの旅を見守っていただけたら嬉しいです。


それではまた、第三章でお会いしましょう。

いつか、“あの場所”で。

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