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第41話 闇の眷属

 月の光すら届かぬ夜の平原。濃い瘴気が地を這い、空気は淀みきっていた。


 視界は悪く、足場も不安定。そんな中、兵士たちは必死に剣を振るっていた。


「くそっ、動きが……! 速すぎる!」


「ばらけてたらだめだ! 密集陣形を維持しろ!」と、カイルが吠える。


 甲冑の隙間を狙うように、闇に紛れて現れたフォレストウルフが兵の肩を噛み砕く。悲鳴とともに、そのまま黒い影へと引きずられていきそうになるたび、魔法兵がファイアボールでけん制してなんとか引き離した。


 その最中、ミラが魔法兵に手信号を送り、静かに呟く。


「ストーンウォールで戦況を変えるわ。──行くわよ」


 地面が振動し、味方をコの字に囲うように岩の壁が次々と出現する。

 敵の侵入経路が狭まり、動きが制限された。


「いい判断だ、ミラ!」とエルバが叫ぶ。


「向かってくる敵から各個撃破しろ! 二人一組だ!焦るな、呼吸を合わせろ!」


 カイルの怒声が飛ぶ。リオとファルトも駆け寄り、刃を交差させてようやく一体を退ける。だが、倒した獣の体から立ち上る瘴気が、まるで新たな命を呼ぶかのように空気を歪めていく。


 戦線のあちこちで、兵士たちは徐々に傷を負い、息も荒くなっていった。すかさずクレリックたちが駆け寄り、ヒールの魔法で負傷者を回復していく。


 その様子を見ながら、セフィーナは前回のゴブリンとの戦いを思い出していた。


「瘴気を有している魔物には光属性の効果も高かった……」


 彼女は小さく呟くと、右手を掲げて光の精霊に祈る。


「──ライトエンチャント、第3部隊の弓兵に付与するわ」


 光の矢が次々と生まれ、闇の中で一筋の希望となる。

 ライトエンチャントを受けた弓兵たちの攻撃が、フォレストウルフの動きを次第にけん制しはじめた。


 そんな中、金属音が響いた。


 「おりゃあっ!」と掛け声と共に、エルヴィンが試作アイテムの『光るんです』を宙に放り投げた。


 それは宙をふわふわと漂いながら、まるで意志を持つかのように空中で静かに光を放つ。次の瞬間、シュルルル……ッ!と唸り声を上げて爆ぜ、まばゆい閃光が戦場を照らし出した。


 ──闇が裂かれる。


 戦場の輪郭が浮かび上がり、兵士たちが一斉に息を呑む。


「すげぇ……!」カイルが思わず声を上げた。


 そのすぐ隣で、ダリウスがぽつりと呟く。


「まじかよ……これ、売れるぞ……量産化して商会に──」


 一瞬、本気で未来を想像しかけた。


「……って戦場だっつの!! 我ながら何考えてんだ、俺はッ!」


 自分で自分にツッコミを入れるその声が、奇妙に戦場の空気を和らげた。


 照らされた戦場の片隅、馬車の陰で、ティナが怯えたように小さく身を縮めていた。


「大丈夫、大丈夫だから……」


 彼女の耳元で、小さな風の精霊アネリアがそっと囁いた。


 それでも、フォレストウルフたちの動きは止まらない。いや、むしろ光によって隠れる必要がなくなった彼らは、ますます狂暴さを増していた。


 剣を握る手に、汗がにじんだ。


「──ここで止めなきゃ、誰も前に進めない」


 リオの瞳に宿る光は、恐怖ではなく、覚悟だった。


 瘴気に染まりゆく戦場の中、誰もが限界に近づいていた。


 そのときだった。


 ドン……と地面が揺れる。


 すでに戦場の端に姿を見せていた巨体が、ついに一歩を踏み出す。


 血走った目、銀色の義足、全身を包む禍々しい闇のオーラ──かつてリオの父とヴァルトたちを切り裂いた“牙の王”が、低く唸るように声を漏らした。


「ぐるるる……成長しているな、小僧。わが眷属をまたこうもたやすく退けるとは……」


 その咆哮が、記憶を呼び起こした──だが、それはリオのものではない。


 フォレストウルフキング──牙の王の回想。


 あれは、右前脚を切り裂かれ、傷を癒していた頃のことだった。


 ディアスたちが魔族領を発ち、一月ほど経った時期。昼は人間に変装して徒歩で進み、夜は翼を広げて空を駆けながら、最南端フェルメリアの地を目指していた。


 彼らは特命を帯びていた。魔王が感知した“強き光”──その正体を探るため、痕跡を追い、光の柱の気配を頼りに町や村を巡っていたのである。


 ある夜、ゼインが報告を寄越した。「ほんとうに小さいけど、瘴気の痕跡と戦闘あとを見つけたよ。」


 遠くを指差し、その瞳はどこか嬉々としていた。


「それにね、あそこに、面白いのがいるよ」


 黒いマントを羽織ったディアスが一瞥し、静かに歩を進めた。その背に、禍々しい黒紫のオーラが淡く揺らめいている。


「なるほど……悪くないな。行ってくる」


「俺も行くぜ!」と、背後からバルグが重い足音を響かせてついて行く。


 それを見たリレーナが、「まったく、雑務は私が片付けておくから」と呆れ顔で後始末にまわると、ゼインがにやりと笑った。


「将来、いいお嫁さんになれるんじゃない?」


 その言葉にリレーナが指をぱちんと鳴らす。次の瞬間、ゼインの身体がみるみる凍り始めた。


「じょ、冗談だってば! 冗談だってばああ!」


 氷漬け寸前で、リレーナがようやく解除する。


「まったく……もう一度言ったら、氷像として展示してやるわ」


 そして──


「光を放つ小僧にやられた……あれは、古の時代の光の加護……間違いない……!」


 呪詛のように唸るフォレストキングを、ディアスは冷ややかな眼差しで見下ろす。


「無様だな」


「誰だ? 何用だ?」


「貴様を飼いに来た」


 その言葉に怒りをあらわにし、フォレストキングが飛びかかろうとした瞬間、


「このお方に無礼を働くことは許さん」


 バルグがその巨体で首を押さえつけ、低く唸るように告げた。


「オレに従えば、復讐の機会を与える」


「この傷の恨みを晴らさせてもらえるのならば……忠誠を誓います……!」


 その瞬間、銀色の金属義足が彼の右足に繋がれ、脈動を始める。


「感謝します、わが主よ」


 フォレストキングは深く頭を垂れ、声を震わせた。


「エクリプス、『闇の眷属』の紋章を」


 エクリプスが静かに両手を組み、儀式のように祈りを捧げる。黒き光が周囲に集まり始め──


「……そーれっ」


 軽やかな呟きとともに、浮かび上がった闇の紋章がフォレストキングの胸に焼き印のように刻まれた。


「復讐の時が来たら、連絡する」


「承知しました」


 ──そして現在。


 いま、牙の王は完全に魔物ならざる異形となって立ちはだかる。


 リオの手には、あの戦いで折れた剣の柄。


 ファルトの体からは、ほんの僅かに銀色のオーラが滲み出していた。それは「ここだけは絶対に負けられないんだ」という、揺るぎない意志の証だった。


 アストルが小さく震えながら、声を漏らす。


「むむむ……なんかすごそう……」


 夜も更ける中、牙の王との激戦は、今まさに最終局面を迎えようとしていた。



本文を書きながら、リオたちがいかに仲間の絆と不屈の意志で立ち向かうかを描きたくて、ひたむきな戦いの息遣いを意識しました。次回は彼らの決意がどこへ向かうのか、さらに深く描いていく予定です。お楽しみに!

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