第3話 光、召されし朝に
2025/07/07 一部修正追加し、改稿しました。
2025/07/24 王命を受けた使者の来訪から、リオの出立までを丁寧に描き直し、選ばれる瞬間の重みと旅立ちの決意を強調しました。
リオが目覚めた朝、村はまだ薄暗く、ひんやりとした空気に包まれていた。
遠くで、小鳥の声がかすかに響いている。
あの夢を見てから、すでに数日が経っていた。
まぶたの裏に、あの光の記憶がよみがえる。
胸の奥に残るぬくもり──それは、ただの夢にしてはあまりに鮮烈だった。
台所からは、火を起こす母・サビアの気配が伝わってくる。
リオは眠たげに目をこすりながら、湯気の立つスープと焼きたてのパンに手を伸ばした。
父のいない朝は、いつしか当たり前になっていた。
食事を終えると、リオは鍬を持って畑へ向かう。
陽はまだ低く、朝露と混ざった土の匂いが、どこか落ち着く。
しばらく作業に集中していると、村の入り口あたりが騒がしくなっているのに気づいた。
誰かが来たのだろう。遠くから聞こえる声は、誰かを探しているようだった。
──面倒には関わりたくない。
そう思い、リオは黙々と鍬を振り続けた。
陽が高くなり、腹が鳴った頃、リオは道具を片づけて家へ戻った。
だが玄関の戸を開けた瞬間、家の中に漂う空気が、いつもとは違っていた。
サビアの向かいには、見知らぬ男が立っていた。
威厳ある装いをまとったその男は、領主ローデン侯に仕える執事──
エルノ・バレスタと名乗る使者だった。
腰には王の印章で封じられた巻物、王命の証が帯びられている。
隣には、落ち着いた雰囲気の壮年の男──ルナリス村の村長が控えていた。
どうやらこの場で、村人たちのひとりひとりを確認している最中らしい。
リオが戸口に立つと、サビアが静かに振り返る。
「リオ。この方は王都から来たの。……精霊の加護を受けた者を探しているそうよ」
その言葉に、リオは自然と胸元を押さえた。
あの夜の光が、ふいに蘇る。
だが何が起きているのか、リオには分からなかった。
加護? 王様が?──
展開が急すぎて、思わず視線を泳がせる。
使者の手には、銀色の小さなタリスマンが握られていた。
それは古くから伝わる、精霊の加護を感知する希少な道具だという。
「私はエルノ・バレスタ。この地を治めるローデン侯の執事です」
「任務により、村の方々を順に確認しています。どうか、こちらに触れていただけますか」
その言葉に、威圧はなかった。だが丁寧な口調が逆に、重みを感じさせた。
リオはおそるおそる、タリスマンに指先を触れた。
その瞬間──
ふわりと青白い光が立ちのぼり、部屋をやさしく包み込んだ。
その光は、ひんやりとした中にも、心に染み込むような温もりを宿していた。
「……みつけたぞ」
使者が小さくつぶやく。
村長もサビアも驚いた表情を浮かべ、家の外からはどよめきが広がった。
「リオ様。これより、王命により王都フェルメリアへお連れいたします」
“様”という呼び方に、リオは戸惑い、母の顔を見る。
サビアは驚きを浮かべながらも、静かに頷いた。
「……王命よ。もう、行くしかないわね」
リオは棚に向かい、手を伸ばした。
そこにあったのは、父が残した一本の短剣。
「……父さんの短剣、持っていってもいいかな」
「ええ。きっとお父さんも、あなたに持たせたかったと思うわ」
リオはそれを腰に下げた。簡素な造りだったが、使い込まれた重みが心を落ち着かせてくれる。
村人たちの視線が集まる中、リオとサビアは馬車へと乗せられた。
そのとき──
一羽の小鳥が屋根の上から舞い降り、リオの肩にちょこんと乗った。
「……畑にもいたよな、お前」
鳥は小さく首をかしげると、リオの頬をつついた。
「ついてくるのか?」
まるで答えるように鳴いた鳥は、馬車の屋根へと飛び移った。
「……じゃあ、一緒に行こう」
リオは笑みを浮かべ、旅路へと踏み出した。
*
道中、サビアがそっと尋ねた。
「リオ、なにか心当たりはあるの? 最近、様子が変だったし」
「……うん。不思議な夢を見た。胸が、まだあたたかいんだ」
「夢の中で、光に包まれて……誰かに呼ばれた気がした」
サビアは驚いたように目を見開き、静かにリオの手を握った。
すると、前方で手綱を握っていたエルノがぴくりと反応する。
「光に……呼ばれた?」
振り返った彼の目は驚きに満ちていた。
「……やはり。あの啓示は、本物だった……!」
その言葉に、サビアの表情が引き締まる。
それきり、車内には再び静けさが戻った。
やがて馬車は、領主の館の前で止まった。
応接室に通された二人は、しばらくして現れたローデン侯に迎えられる。
厳しさと温和さを併せ持つ彼は、静かに事情を聞いた後、タリスマンの再確認を命じた。
リオが再び触れると、青白い光が空間を満たす。
「確かに……これは精霊の加護だな。王命に従い、対応を進めよう」
領主は書類に署名を済ませ、護衛の配置と王都行きの手配を命じた。
その夜、用意された夕餉の席には香草のスープ、彩り豊かな副菜──
見たこともない料理が並び、リオとサビアは緊張の面持ちで口を動かす。
翌朝、リオは館の前に立っていた。
肩には、いつもの小鳥がちょこんと乗っている。
「今日からは遠いところまで行くんだ。……見送りに来てくれたのか?」
そう語りかけると、鳥は首をかしげて鳴いた。
リオはそっと指に乗せ、空へ放つ。
小さな翼が風を切って舞い上がっていくのを、じっと見上げた。
「……母さんと一緒だけど、やっぱり寂しいな」
ぽつりとこぼした言葉は、風に溶けて空へと流れていった。
サビアがそっと見守るなか、エルノが支度を終え、馬車へと案内する。
そして、砂利を踏みしめる音とともに、リオの旅が始まった。
その瞳には、確かな決意の光が宿っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第3章では、主人公リオが静かな村での日常から一転、王都への旅立ちを決意するまでの過程を描きました。彼に訪れたのは“夢”とも“啓示”とも言える出来事。そして、それを裏付けるかのように現れた王命と使者たち──この先、彼が何に導かれていくのか、まだ本人すら知らないまま、運命の歯車は静かに回り始めます。
書いていて改めて感じたのは、「日常からの旅立ち」の瞬間に宿る特別な緊張と希望です。村の空気、母のまなざし、使者の礼節──ひとつひとつが、リオにとってはかけがえのない“前の世界”との別れの印なのだと思います。
次章では、いよいよ王都フェルメリアへ。リオに待ち受ける新たな出会いや試練を、ぜひ楽しみにしていただければ幸いです。
今後とも、応援よろしくお願いいたします。