第35話 怒りの咆哮、そして影より現れし者たち
2025/07/31 重複していいた個所を削除
2025/08/05 戦闘シーンのテンポと緊迫感を高め、魔法演出や敵の威圧感を鮮明にしました。
ミラの声が森に響き渡った。「いまよ、詠唱開始!」 一斉に、魔力が空気を震わせる。王国軍第5部隊、そして第4部隊の魔法兵団が、予め指示された呪文を唱え始める。森の中のため火魔法は禁止。代わりに放たれたのは、石と風と雷の魔法群だった。
ミラは前へと進み、杖を掲げて静かに詠唱を始める。
「震える大地、艮にて牙を成せ──穿て、《ストーンランス》!」
大地がうねり、長さ三メートルを超える巨大な石の槍が地面から飛び出すように現れ、空を裂いて突き進む。
リオは拳に雷を帯びさせ、体ごと力を込めるように詠唱する。
「乾の空より雷を呼べ──《ライトニングボール》!」
人の頭ほどもある青白い雷球が空中を旋回し、轟音と共にゴブリンの拠点へ突き刺さった。
セフィーナの髪が風に舞い、彼女は静かに一歩踏み出す。
「巽の風よ、乱れを招け──《ウィンドストーム》」
小さな竜巻となった風が地を這い、敵陣を飲み込みながら仮設集落を根こそぎ崩していく。
三者の魔法が次々と放たれ、異なる軌道を描きながら、ゴブリンたちの仮設集落──木造と岩壁で構成された簡易防衛の拠点を一斉に貫いた。
轟音とともに土煙が上がり、森の一角が崩れ落ちる。視界がかすむほどの衝撃と粉塵の中、元の集落は跡形もなく吹き飛んでいた。木々は根こそぎ倒れ、地形までもが歪んでいる。
第5部隊の面々は息を呑み、やがて安堵の色を浮かべた。ファルトが振り返り、仲間たちを見渡して言った。「すげえな……完全詠唱ってやつは」
リオが拳を振りながら興奮気味に叫ぶ。「やった……! 成功だ!」
ミラが肩をすくめて言う。「まぁまぁね」
セフィーナがにこやかに微笑みながら、「さすがです。タイミング、ばっちりでしたね」と頷く。
小さな笑みが生まれかけた、その刹那──
地下から怒号が轟いた。
不気味な角笛の音が響き渡る。洞窟の奥から姿を現したのは、ゴブリンより巨大な簡素な棍棒を持ったエリート3体、黒鉄の鎧に身を包んだゴブリンジェネラル1体。そしてその背後には、呪術的な装飾をまとったシャーマン1体、そして明らかに只者ではない気配を放つ、ゴブリンの王が1体立っていた。
ゴブリンジェネラルは人間の2倍はある巨体に、全身を黒鉄の甲冑で覆っていた。頭部には牙のようにねじれた兜の角が突き出し、その目は鈍く光る赤。一方、その背後に立つゴブリンキングは小柄ながら、赤黒く光る瞳と全身を包む黒紫のマント、骨と金属の混じった王冠が異様な威厳を放っていた。
小柄ながらも圧倒的な威圧感を持つその王は、深く目を細めてリオたちを見据える。狂気と知性が混じり合う、底知れぬ存在だった。
「……まさか、これほどの戦力が潜んでいたとは」カイル副団長の声が低く、震える。
キングは静かに一歩前へ出ると、口の端を歪めて笑った。
「……壊したな、我らの巣を。ならば、お前たちの命で償ってもらおうか」
ゴブリンキングが鋭く命じると、ジェネラルの一体が咆哮を上げ、第5部隊に向かって突撃してきた。巨体が木々をなぎ倒し、「ドスン、ドスン」と地響きを立てて迫ってくる。
ファルトが盾を構えながら前に出て、叫んだ。「おい、でかいのが来るぞ! 全員、攻撃に備えろ!」
仲間たちが一斉に「おう!」「了解!」「任せて!」と気勢を上げるが、その迫力に、誰もが内心の恐怖を拭いきれず、全身に緊張が走っていた。
ファルトは《タウント》で敵の注意を引きつけながら、心の中で叫ぶ。(……こいつらだけは、絶対に死なせたくねえ)
その背中を見た仲間たちも気合を入れ直し、リオが剣を強く握る。「絶対に……守るんだ!」
セフィーナが《プロテクト》をかけると同時に、ファルトが盾を構え前へ踏み出す。「おい、でかぶつ! こっちだ! 《タウント》ッ!」
挑発の技が発動し、ジェネラルの視線がファルトに向く。
次の瞬間、錆びた刃のようなうち捨てられた大剣が唸りを上げて振り下ろされる。
ファルトは咄嗟に盾を掲げ、全力で受け止めた。
ガガンッ!と金属がぶつかる轟音が響き、衝撃で地面がわずかに割れる。
ガードには成功したが、その一撃は重すぎた。
足元に力を込めなければ吹き飛ばされるほどの圧で、ファルトは歯を食いしばり、膝をつきそうになるのを必死に堪える。
(なんて重さだ……これが、ゴブリンジェネラル……!)
すぐさまその様子を見てリオが突撃する。「《スラッシュ》!」
ジェネラルは大剣でリオの攻撃を防ぎ、その勢いでリオは吹き飛ばされてしまう。
ミラが《ストーンボール》を連射してけん制するが、ジェネラルはわずかに身を傾けるだけで直撃を避け、その巨体にほとんど傷を負わない。その様子に、ミラの表情に焦りが浮かぶ。「……効いてない!?」
セフィーナはリオに駆け寄り、手をかざして《ヒール》を詠唱し、彼の傷を癒す。その直前、彼女は素早く光の玉を放っていた。
眩い閃光がジェネラルの肩に直撃し、黒鉄の鎧がじゅっ……と音を立てて焦げる。
ジェネラルが初めて声を上げてひるみ、顔をしかめた。
(光、効いてる……?)
セフィーナが目を見開き、小さく息を呑む。
たった一撃でジェネラルがひるんだ事実に、戸惑いすら感じていた。
(たった一撃で……)
リオも驚きつつ、セフィーナの素早い対応に内心で感謝していた。
(ありがとう、セフィーナ……本当に、助かった)
ファルトが《シールドタックル》で再び間合いを詰めて攻撃に出るが、ジェネラルの防御に阻まれ、有効打にはならない。
第5部隊は完全に守勢に回っていた。
リオの《ライトニングボール》が直撃し、顔の一部が焼けた敵の怒りを買うが、致命傷にはならなかった。
(……たいして効いてない。どうすれば、止められるんだ……?)
次の瞬間、反撃の大剣が襲いかかる。リオは咄嗟にガードするが、盾ごと吹き飛ばされる。
視界が揺らぎ、地面に叩きつけられ、意識が遠のく。
(くそっ……なんでだ……! もっと、強くなったはずなのに……!)
(こんなところで終わってたまるか……っ! 僕は……僕は、誰かを守れる騎士になるんだ!)
怒りと焦燥が渦巻く胸の奥で、まるでそれに呼応するように──
空気の中に、淡く、柔らかい光の粒が浮かび始めた。ひとつ、またひとつとリオの体へと吸い込まれ、周囲の空気が僅かに震えた。
(これは……?)
その違和感を、今のリオはまだ気づくことができなかった。
そのとき、伝令として現れた第4部隊のクレリックが駆け込んでくる。「本隊が……襲撃を受けています!」
次の瞬間、シャーマンが紫色の霧を発動。
第5部隊と本隊のあいだに濃密な霧の壁が立ち込め、視界は一瞬で閉ざされた。
──一方その頃、本隊では。
すでにゴブリンキングとシャーマン、さらに3体のエリートが出現し、第1・第2・第3部隊がなんとかエリートを押さえる中、後衛の第4部隊に炎の矢が降り注ぐ。
焦げた肉と燃える布の匂いが立ち込め、耳をつんざく悲鳴と爆裂音が交錯する。地面は焦土と化し、兵たちは泥と血にまみれて戦っていた。
シャーマンが放った《ファイアボール》の連続詠唱が後衛部隊を襲う。
《マジックシールド》で何とか防いでいたものの、手数が多く、徐々に追い詰められていた。
火の海と化した戦場に悲鳴がこだまする。
その混乱の中、カイル副団長と教官エルバが前に出る。
「キングは、俺が止める! エルバ、シャーマンをけん制しつつ援護を頼む!」
「承知しました」
その様子をキングは楽しそうに眺めていた。
陣形は乱れ、守りを固めるのが精一杯だった。
指示も届かず、各隊は自衛に追われていた。
リオは傷だらけの体を引きずりながら、剣を杖のようにして立ち上がる。
(僕が、守らなきゃ……)
心の奥で、微かな風が吹いた。
だが、勝算はどこにもない。
一瞬、すべてが静止した。
霧が広がり、視界は白に閉ざされる。誰の声も届かず、ただ静寂が満ちる。
その中で、微かに──足音が響いた。霧の向こうから、何者かの気配が近づいているように感じられた。
そして、ジェネラルが吼える。
「よくも我らの集落を……逃しはしないぞ!」
「魔物もしゃべるんだな……」と、額に汗をにじませながら呟くファルト。
戦いは、熾烈を極めていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は第5部隊の本格的な戦闘と、敵側の脅威を描いた回でした。
セフィーナの光魔法が鍵となりそうな気配や、霧の中の不穏な気配も含め、今後の展開にご注目ください。




