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第34話 暁の出陣、静寂なる森へ

2025/08/05 緊張感と情景描写を強化し、人物の感情や動作を滑らかに繋いで臨場感を高めました。

 夜がまだ完全には明けきらぬ頃、王国軍の野営地に、鋭く短い起床の合図が響いた。


 眠れぬまま夜を明かしたリオは、体の芯に残る重さを抱えながら立ち上がる。昨夜から張り詰めた緊張は、彼だけのものではなかった。周囲の兵たちも、口を閉ざしたまま無言で鎧を着け、武具を整えている。

 ファルトもまた、目の下に濃い隈を浮かべながら、鎧の紐をきつく締めつつ言った。


「しっかり準備しとけよ。今日ばかりは……冗談抜きでな」


 訓練ではない。本物の命のやり取りが、すぐそこまで迫っている。


 そこへ、不意に白衣の裾を翻して現れたのはエルヴィンだった。髪は手入れする暇もなく乱れ、目の下には薄い隈。徹夜明けなのは明らかだった。両腕には小さな荷を抱えている。


「回復ポーションセットだ。それと──これも持ってけ」


 差し出されたのは、見慣れぬ銀色の球体。魔術刻印が刻まれたそれは、《携帯型・魔物おかえりください 試作一号》と小さく彫られている。


「瘴気の濃い場所じゃ使えんが、魔力を流せば簡易結界になる。いざって時に使え」


 リオはそれを両手で受け取る。重みはほとんどない。だが心の奥には、ずしりとした重みが沈んだ。


「……死ぬなよ」


 短いその一言に、リオは静かに頷いた。


「ありがとう、エルヴィンさん」


 感謝の言葉には、胸の奥で疼く痛みも混ざっていた。死の影が、確かにすぐそこにある──そう突きつけられる感覚だった。


 やがて出陣の号令が下される。リオは第5部隊の仲間と合流した。整然と並ぶ兵列が、薄明の空の下、音もなく動き出す。


「よし、行くぞお前ら」


 教官エルバの低く力強い声が響き、部隊全体の空気が引き締まった。

 見送りに来たダリウスは、肩をすくめながらも片手を軽く上げる。


「……ちゃんと帰ってこいよ。素材の分け前、期待してるからな」


 照れ隠しの混ざった声。

 ティナも一歩前に出て、涙を堪えながら微笑み、深く頭を下げた。


「必ず帰ってきてください……待ってますから」


 その言葉は、温かさと同時に重みを持ってリオの胸へ沈んだ。


 進軍が始まる。北東の森へ向かうにつれ、空気が変わっていく。濃く、重く、肌にまとわりつくような瘴気が漂い始めた。


「瘴気が……濃くなってきていますね」


 セフィーナが目を細め、風を読むように呟く。

 隣を歩くミラも、眉をひそめて低く言った。


「……ほんと、厄介ね」


 その直後、後列から咳き込む声が響く。誰も振り返らない。全員、前だけを見て黙々と歩き続けた。


 やがて視界の先に、木の枝を組んだだけの簡素な柵と、ボロ布で覆われたテント群が見えてきた。


「……あれが目的の集落か」


 カイル副団長の低い声には、熟練者特有の警戒と観察の鋭さが滲む。

 柵の内側には、見張りと思しきゴブリンが数体。低く短い魔物語を交わし、目配せで連携を取っている。


 上位種がいる──組織的な指揮下にある証拠だ。

 さらに奥には、人間のものとは形状の異なる大型鎧や、朽ちかけた巨大な大剣が無造作に立てかけられている。それは、ここが単なる野営地ではなく、戦う意思を持った“軍”であることを物語っていた。


 カイル副団長が手を上げ、鋭い動きで配置命令を送る。


 第1部隊の剣兵が前衛に進み盾を構える。第2部隊の槍兵は茂みに潜み包囲の準備。第3部隊の弓兵は射線を確保して弓を引き、第4部隊の魔法兵は後方で待機──そして、第5部隊は小高い丘へと忍び登った。


 茂みと岩に身を隠せる、魔法の射程と視界を最大限に活かせる絶好の位置だ。

 ファルトがそっと拳を突き出し、リオがそれに拳を重ねる。ミラ、セフィーナも続き、無言のまま気持ちを一つにする。


「よし、準備はいいな?」


 ファルトの小声に、リオが頷く。


「いつでも行けるわ」


 ミラが魔導具の杖に手を添え、セフィーナは風を読むように微笑んだ。背後には、風の精霊アネリアの気配が静かに膨らんでいく。

 リオは一瞬、淡い青の光が舞い、妖精めいた姿が自分にウィンクするのを見た気がした。


 ──カイルの手鏡が朝日を受け、きらりと光る。


 それが、作戦開始の合図だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、静かに始まる出陣と、仲間たちの絆を描きました。

次回から、いよいよ激しい戦闘が始まります。お楽しみに!

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