第33話 爆ぜる発明と静寂の前夜
2025/08/04 エルヴィンの登場と作戦会議を通じて、リオたちは本格的な戦闘に向けて準備を整えました。
エルヴィンのテーマソングは「My Road Goes On」という曲になります。
騒然とする空気の中、リオは音のした方角を見つめて立ち上がった。
「僕、ちょっと見てきます!」
すかさず、副団長カイルの声が飛ぶ。
「待て、リオ。勝手に動くな……俺も行く」
二人は並んで音の方へ向かう。着いた先は、納屋の屋根から煙がくすぶる家だった。
「……ここか」
扉が軋み、煤まみれの男が現れる。
「あーあ、また失敗か……」
乱れた髪に無精髭、焦げた白衣、そして使い古したゴーグル。どう見ても爆発を起こした張本人だ。
「……エルヴィン?」
カイルが呆れたように名を呼ぶと、男は満面の笑みを浮かべて答えた。
「おー、カイルじゃないか、わが友よ!」
「相変わらずだな。いったい何の騒ぎだ?」
「配合変えたらちょっと過剰反応してね。まあ、いつものことだよ」
エルヴィンの視線がリオに移る。ゴーグルを下ろして、まじまじと顔を覗き込む。
「……おお、こりゃすげぇ。光の加護か。しかも光属性S、水もA。逸材だな」
リオは困ったように笑う。
「あ、あの……そんなに見ないでください……」
そのゴーグルには鑑定機能がついていた。
「こいつはエルヴィン。元・王国の高位錬金術師だったが、性に合わず村に隠れ住んでる」
カイルがリオに説明する。
「リオだ。俺たちと行動を共にしている。鑑定の通り、特別な加護持ちだ」
「リオです。よろしくお願いします」
「おー、よろしくな」
エルヴィンは気さくに手を振った。
空気が落ち着いたところで、カイルは真剣な表情に戻る。
「村の近くに瘴気が発生しているが、魔物の襲撃がないのが気になってる」
「それな。俺の発明《魔物あっちいって1号》が効いてるんじゃね? 嫌がる波長を出す装置さ」
「……またそんな変な名前を……。王都にいれば、もっと普及させられたものを」
「権力者の顔色伺うより、爆発してるほうが好きでね」
カイルが懐中時計を確認する。
「さて、そろそろ軍議だ」
「おっと、それなら俺も行く。素材も気になるしな」
「……好きにしろ。ただし荒らすなよ」
三人は再び空き地へ戻る。そこにはテントや資材が整然と並び、陣営が出来上がりつつあった。
エルヴィンは荷物置き場へ向かい、素材を仕分けしていたダリウスに出くわす。
「お、ウルフの爪。これはポイズンフロッグの毒袋? ふむ、悪くないな」
「……あんた、何者だ?」
「元・王国錬金術師、現・爆発系隠遁者。副団長の許可は取ってある。よろしく」
一方、中央テントでは軍議の準備が整い、カイルの声が響く。
「全員、中央テントに集合! これより軍議を開始する!」
地図が広げられ、注目が集まる。
「この村から北東、約4キロの地点。瘴気の発生源と見られる。斥候によれば、ゴブリンの上位種とジェネラル級を含む個体が、50体ほど確認されている」
その一言に、ざわめきが広がった。
「“影”が動いてるってことは……」
「ジェネラル級かよ……洒落にならんぞ……」
「まさかこんな規模とは……」
カイルは落ち着いた声で続けた。
「第1~第4部隊は、エルバ教官と共に陣形戦を展開する」
第1部隊(剣兵):前衛を維持し、敵を接近させない
第2部隊(槍兵):奇襲を狙って敵の横を突く
第3部隊(弓兵):後方からゲリラ戦
第4部隊(魔法兵):第5部隊と連携し広域魔法を使用
「クレリックは衛生および後方支援に徹しろ」
「第5部隊は遊撃。崖上からの先制攻撃と、逸れた敵の排除を担う。崖は敵から視認されにくい」
「質問は?」
──沈黙。
「支援部隊には、エルヴィンの“使えるかもしれない発明”を提供するかもしれん。信じるかは各自の判断に任せる」
「なお、崖上は朝の陽光で逆光になる。魔法発動のタイミングには注意しろ」
ここでエルバ教官が前へ出た。
「初陣の者もいるだろう。だが、隊は命をつなぐ絆だ。焦らず、声を聞き、流れを読め」
リオはその言葉を聞きながら、胸の奥でざわめくものを感じていた。
加護を持っていても、自分に何ができるのか。まだ、答えは出ていない。
「作戦開始は明朝、夜明けと同時だ。各自準備を怠るな。解散!」
夜。
リオはファルトとともに武器を点検する。ふざけた様子のないファルトの横顔に、静かな緊張が滲んでいた。
「よーし、これで大丈夫だな」
軽く笑って見せるファルトの声に、リオも頷いた。
その後、ミラとともに空き地で魔法の練習を始める。
「もっと集中して……そう、今のは──!」
リオの額には汗が滲んでいた。魔力の制御が不安定で、たびたび暴発しそうになる。それでも諦めず、詠唱を続けた。
ミラの助言が心に響いていた。
《精霊魔法に引きずられがちだけど、完全詠唱なら、十分通じるわ》
「……うまく、やれ……!」
声を押し殺し、リオは魔力を握りしめ続けた。
セフィーナの提案で、精霊への呼びかけも試みる。
「精霊に心を開いて。そこに“いる”と信じるの」
返答はなかったが、どこかで「この辺くさいなー」と、光が囁いたような気がした。
夕食はティナと村人による温かい手料理だった。
ティナは笑顔を見せていたが、その目は少しだけ不安げだった。
リオは緊張のせいか、味がよくわからなかった。
焚き火が揺れる中、それぞれが明日に向けて動いていた。
夜の空気は冷たく、虫の声が草むらの向こうから微かに響いていた。
初の本格的な戦い。
その先に、自分は何を見つけるのか。
そして夜は、静かに、確実に──明日へと進んでいった。
今回は錬金術師エルヴィンの初登場回でした。
爆発癖(?)のある発明家ですが、彼なりの信念と、役に立ちたいという想いを持った人物です。
一方、リオたちは初めての本格戦を前に、それぞれの想いを抱えながら夜を迎えます。
誰もが不安と緊張を抱え、それでも前に進もうとする姿が、少しでも読者の心に届けば嬉しいです。
次回、いよいよ戦闘開始。お楽しみに!




