表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/54

第27話 新しい家、新しい日々

2025/08/01 新居への引っ越しを通してリオの成長と人との絆を温かく描き、不穏な兆しを序盤にさりげなく忍ばせました。

第27話 新しい家、新しい日々

 王都での暮らしが始まって、ひと月。

 過酷な訓練を重ねるなかで、リオは仲間たちとの距離を縮め、自らの力にも少しずつ自信を持ち始めていた。


 だがその裏で、北東の丘陵地帯には、かつて存在しなかったはずのゴブリンの小規模集落が確認され──

 淡い瘴気の反応も観測されていた。

 王都の平穏は、静かに、しかし確実に蝕まれ始めていたのだ。



「今日は、いよいよ新居へのお引っ越しですね」


 ティナが、いつものように朝食を運びながら朗らかに言った。


 香ばしいパンと具だくさんのスープの湯気が、朝の空気にふわりと溶けていく。

 リオとサビアは、どこか緊張した面持ちでスプーンを手にしていたが、ティナの明るい声に、自然と笑みがこぼれた。


「このあと、宰相様の執務室に伺います。……お引っ越し前の最後のご挨拶を兼ねて」


 ティナの言葉にうなずきながら、二人は食事を終え、身支度を整える。



 宰相セオドールの執務室は、今日も見事に書類の山に埋もれていた。


「……このままでは紙に潰されて死ぬ未来しか見えん」


 ぼやきながらも、訪問を知らせる声に顔を上げると、彼は目元を細めて迎え入れた。


「ようこそ。リオ君、サビアさん。準備は整っているよ」


「ご無沙汰しております、セオドール様」


 サビアが深く一礼し、リオもそれに倣う。


 セオドールは机の上から銀色の鍵を二つ取り出した。


「これが新居の鍵だ。もちろん、二人分ある」


 そして、もう一つ。


「──王からの預かり物だ。必要経費として、金貨五枚を」


「ま、また……!?」


 サビアが驚きの声を漏らす。リオも目を丸くしていた。


「王も、お二人の誠意と努力をよくご存じだ。遠慮せずに使いたまえ」


 静かに笑うセオドールに、二人は深く感謝の礼を述べて執務室を後にした。



 王城を出たリオとサビアは、ティナに案内されながら王都の通りを進んだ。

 噴水広場を抜け、市場の喧騒を横目に、住宅街の奥へと歩いていく。


 やがて、白い漆喰の壁に包まれた二階建ての家が見えてきた。


「ここが……」


 リオが息を呑むように呟いた。


「ええ。王様のご厚意ですから、大切に使ってくださいね」


 ティナが穏やかに微笑む。


 鍵を差し込み、扉を開ける。

 木の香りと柔らかな光が、リオたちを迎え入れた。


 一階には台所と居間、そして食堂と風呂。

 二階には寝室が二つ。手前がリオ、奥がサビアの部屋。

 すでに家具や着替えも整えられており、まるでずっとここに住んでいたかのような整えられぶりだった。


「僕の部屋……」


 リオは胸を高鳴らせながら、その扉をそっと開けた。


 裏庭には素振りにちょうど良い中庭があり、地下には貯蔵庫まであった。


「ここで……暮らせるのね」


 サビアの声が、どこか感慨深く響いた。



 一通りの案内を終えた後、ティナは深く一礼する。


「私はこれで失礼します。城からの連絡があればまた参りますが……本当に、お世話になりました」


 その声はいつも通り明るく穏やかだったが、リオの胸には小さな寂しさが残った。


「ありがとうございました、ティナさん……!」


 リオはまっすぐに頭を下げた。


 毎日顔を合わせていた彼女がいないだけで、家の中が急に広く、静かに思えた。


(……こんなにも、大きな存在だったんだな)


 ぽっかりと空いた小さな空白が、リオの心に静かに広がっていた。


「さて、生活の準備をしないとね」


 サビアが優しく声をかける。


「私は家の中を整えておくから、リオ。買い出し、お願いできる?」


「うん、任せて!」



 市場は活気に満ちていた。

 香辛料の香り、果物の色、行き交う人の声──すべてが賑やかに響く。


 そんな中、リオは懐かしい顔を見つけた。


「……ダリエル?」


「ああ、リオじゃねぇか。引っ越したんだって?」


「うん。今日からあの白い二階建ての家に住むんだ」


「あー、あの立派なとこか。貴族街の次に上等だぜ。しかも近くに警備隊もあるから治安も良い」


「そ、そうなんだ……」


 自分がそんな場所に住むことに、少し戸惑いを覚えるリオ。

 けれど同時に、不思議と責任感のようなものも湧き上がっていた。


 ダリエルは手慣れた様子で買い出しリストに目を通し、すぐに指示を出し始める。


「肉はあの赤ひげの店、野菜はあの婆さんのとこ、日用品は……うちの店でもいくつか揃うぞ」


 そして自分の店から干し肉や保存食を袋に詰めてくれた。


「銅貨八十枚でいいさ。まけとくよ」


「ありがとう、ダリエル!」


 その後も、彼の交渉のおかげで買い物はスムーズに終わり、荷物まで一緒に運んでくれた。


「何か困ったら、また声かけてくれ」


「うん……ほんと、ありがとう!」


 頼もしさと温かさの混ざったダリエルの後ろ姿を見送りながら、リオは胸の奥にじんわりと熱いものを感じていた。



 家に戻ると、サビアはすでに台所の整備を終えていた。


「買い物、助かったわ。ありがとう」


 そう言って笑う母の顔に、リオもまた笑顔を返した。


「私も、明日から市場に行ってみようかしら。楽しみなの」


 それを聞いたリオは、どこかほっとした気持ちになる。



 その夜、テーブルにはサビアの手料理が並んだ。


 温かなスープ。香ばしく焼かれた肉。そして焼きたてのパン。


「おいしい……」


 言葉に出した瞬間、胸にこみ上げるのは、不思議な充足感。


 ──ああ、ここが僕たちの“家”なんだ。


 夕食後はいつものように軽く訓練をこなし、風呂で汗を流す。


 そして新品の寝具にくるまりながら、木の香りに包まれて、リオは静かに目を閉じた。


「ここが……僕たちの、新しい家か」


 その呟きは、誰にも届かぬほど小さく、けれど確かに心からこぼれたものだった。

すみません、1日ちょっと2日酔いで更新止まってました……!

ようやくリオたちの王都新生活スタートです。ここからまた物語が動き出します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ