第27話 新しい家、新しい日々
2025/08/01 新居への引っ越しを通してリオの成長と人との絆を温かく描き、不穏な兆しを序盤にさりげなく忍ばせました。
第27話 新しい家、新しい日々
王都での暮らしが始まって、ひと月。
過酷な訓練を重ねるなかで、リオは仲間たちとの距離を縮め、自らの力にも少しずつ自信を持ち始めていた。
だがその裏で、北東の丘陵地帯には、かつて存在しなかったはずのゴブリンの小規模集落が確認され──
淡い瘴気の反応も観測されていた。
王都の平穏は、静かに、しかし確実に蝕まれ始めていたのだ。
*
「今日は、いよいよ新居へのお引っ越しですね」
ティナが、いつものように朝食を運びながら朗らかに言った。
香ばしいパンと具だくさんのスープの湯気が、朝の空気にふわりと溶けていく。
リオとサビアは、どこか緊張した面持ちでスプーンを手にしていたが、ティナの明るい声に、自然と笑みがこぼれた。
「このあと、宰相様の執務室に伺います。……お引っ越し前の最後のご挨拶を兼ねて」
ティナの言葉にうなずきながら、二人は食事を終え、身支度を整える。
*
宰相セオドールの執務室は、今日も見事に書類の山に埋もれていた。
「……このままでは紙に潰されて死ぬ未来しか見えん」
ぼやきながらも、訪問を知らせる声に顔を上げると、彼は目元を細めて迎え入れた。
「ようこそ。リオ君、サビアさん。準備は整っているよ」
「ご無沙汰しております、セオドール様」
サビアが深く一礼し、リオもそれに倣う。
セオドールは机の上から銀色の鍵を二つ取り出した。
「これが新居の鍵だ。もちろん、二人分ある」
そして、もう一つ。
「──王からの預かり物だ。必要経費として、金貨五枚を」
「ま、また……!?」
サビアが驚きの声を漏らす。リオも目を丸くしていた。
「王も、お二人の誠意と努力をよくご存じだ。遠慮せずに使いたまえ」
静かに笑うセオドールに、二人は深く感謝の礼を述べて執務室を後にした。
*
王城を出たリオとサビアは、ティナに案内されながら王都の通りを進んだ。
噴水広場を抜け、市場の喧騒を横目に、住宅街の奥へと歩いていく。
やがて、白い漆喰の壁に包まれた二階建ての家が見えてきた。
「ここが……」
リオが息を呑むように呟いた。
「ええ。王様のご厚意ですから、大切に使ってくださいね」
ティナが穏やかに微笑む。
鍵を差し込み、扉を開ける。
木の香りと柔らかな光が、リオたちを迎え入れた。
一階には台所と居間、そして食堂と風呂。
二階には寝室が二つ。手前がリオ、奥がサビアの部屋。
すでに家具や着替えも整えられており、まるでずっとここに住んでいたかのような整えられぶりだった。
「僕の部屋……」
リオは胸を高鳴らせながら、その扉をそっと開けた。
裏庭には素振りにちょうど良い中庭があり、地下には貯蔵庫まであった。
「ここで……暮らせるのね」
サビアの声が、どこか感慨深く響いた。
*
一通りの案内を終えた後、ティナは深く一礼する。
「私はこれで失礼します。城からの連絡があればまた参りますが……本当に、お世話になりました」
その声はいつも通り明るく穏やかだったが、リオの胸には小さな寂しさが残った。
「ありがとうございました、ティナさん……!」
リオはまっすぐに頭を下げた。
毎日顔を合わせていた彼女がいないだけで、家の中が急に広く、静かに思えた。
(……こんなにも、大きな存在だったんだな)
ぽっかりと空いた小さな空白が、リオの心に静かに広がっていた。
「さて、生活の準備をしないとね」
サビアが優しく声をかける。
「私は家の中を整えておくから、リオ。買い出し、お願いできる?」
「うん、任せて!」
*
市場は活気に満ちていた。
香辛料の香り、果物の色、行き交う人の声──すべてが賑やかに響く。
そんな中、リオは懐かしい顔を見つけた。
「……ダリエル?」
「ああ、リオじゃねぇか。引っ越したんだって?」
「うん。今日からあの白い二階建ての家に住むんだ」
「あー、あの立派なとこか。貴族街の次に上等だぜ。しかも近くに警備隊もあるから治安も良い」
「そ、そうなんだ……」
自分がそんな場所に住むことに、少し戸惑いを覚えるリオ。
けれど同時に、不思議と責任感のようなものも湧き上がっていた。
ダリエルは手慣れた様子で買い出しリストに目を通し、すぐに指示を出し始める。
「肉はあの赤ひげの店、野菜はあの婆さんのとこ、日用品は……うちの店でもいくつか揃うぞ」
そして自分の店から干し肉や保存食を袋に詰めてくれた。
「銅貨八十枚でいいさ。まけとくよ」
「ありがとう、ダリエル!」
その後も、彼の交渉のおかげで買い物はスムーズに終わり、荷物まで一緒に運んでくれた。
「何か困ったら、また声かけてくれ」
「うん……ほんと、ありがとう!」
頼もしさと温かさの混ざったダリエルの後ろ姿を見送りながら、リオは胸の奥にじんわりと熱いものを感じていた。
*
家に戻ると、サビアはすでに台所の整備を終えていた。
「買い物、助かったわ。ありがとう」
そう言って笑う母の顔に、リオもまた笑顔を返した。
「私も、明日から市場に行ってみようかしら。楽しみなの」
それを聞いたリオは、どこかほっとした気持ちになる。
*
その夜、テーブルにはサビアの手料理が並んだ。
温かなスープ。香ばしく焼かれた肉。そして焼きたてのパン。
「おいしい……」
言葉に出した瞬間、胸にこみ上げるのは、不思議な充足感。
──ああ、ここが僕たちの“家”なんだ。
夕食後はいつものように軽く訓練をこなし、風呂で汗を流す。
そして新品の寝具にくるまりながら、木の香りに包まれて、リオは静かに目を閉じた。
「ここが……僕たちの、新しい家か」
その呟きは、誰にも届かぬほど小さく、けれど確かに心からこぼれたものだった。
すみません、1日ちょっと2日酔いで更新止まってました……!
ようやくリオたちの王都新生活スタートです。ここからまた物語が動き出します!




