第26話 一歩ずつ、確かな成長
2025/08/01 リオの成長と仲間との関係深化を丁寧に描きつつ、日常の裏に迫る不穏な気配を強調しました。
休暇が終わり、リオに再びいつもの日常が戻ってきた。
騎士団での訓練は、相も変わらず過酷だった。
朝はストレッチのあと、地獄のような長距離走。
午後には剣兵たちと共に素振りから実戦訓練へと移り、容赦のない鍛錬が続く。
だがリオは、確実に成長していた。
毎日の積み重ねが実を結び、教官エルバ・グレンからは「盾も使っていいぞ」と許可が出た。
さらにエルバはこう続けた。
「剣から斬撃を飛ばす“スラッシュ”って技があるんだ。お前も素振りの中で意識してみろ」
言葉と同時に放たれた見本の一撃は、空気を切り裂き三メートル先の的に命中。
ずしん、と木製の的が揺れ、衝撃が地面に響いた。
「……すごい……」
リオは思わず呟いた。
その刹那、心の奥に、小さな自信が灯った気がした。
重戦士ファルトは、リオに盾の基本を丁寧に教えてくれた。
防御だけでなく、攻撃にも使える技術──
「シールドバッシュ」や「シールドチャージ」など、戦場で生き抜くための知恵を惜しげもなく伝えてくれる。
午後の訓練では、そのファルトと模擬戦を行うことに。
互角を目指して挑んだリオだったが、ファルトの「シールドチャージ」をまともに受け、吹き飛ばされてしまう。
地面を転がったリオの体は、そのまま訓練場の隅にいた支援兵セフィーナの足元へと滑り込んだ。
「……またやりすぎよ、ファルト君」
セフィーナは苦笑しながらも、優しくリオに《ヒール》をかけてくれた。
「す、すみません……」
リオは顔を赤らめ、ばつの悪そうに頭を下げる。
*
一方、魔法の訓練も着実に進んでいた。
塔を訪れると、すでにミラが待っていた。
リオは歪ながらも小さな魔力球を作り出し、ある程度コントロールできるようになっていた。
「そこまでできたなら……外に出ましょう。的当て、やってみる?」
ミラの提案にうなずき、二人は訓練場へ向かう。
その様子を見ていたガリウスは、口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
的は10メートル先に設置されていたが、リオはまず1メートルから挑戦。
……だが、魔力球はふらつきながら即座に落下し、地面にぺちゃりと弾けた。
「はじめはそんなもんよ」
ミラは肩をすくめて笑う。
「でも、こうして誰かと練習するの、久しぶりかも。おじいちゃん以外では初めて」
「おじいちゃんって……クラヴィス様?」
「そう。あの人、魔法はすごいけど、教え方は……ね、スパルタなの」
その口調に思わず吹き出すリオ。
ミラも照れたように笑った。
光の魔法訓練中、リオが撃った光球が突然、異様な輝きを放ち暴走しかける。
ミラが即座に制御術式を展開し、被害は防がれたが──
「……それ、普通の“光”じゃないわね。気をつけて」
彼女は真剣な顔で忠告した。
翌日、ミラは提案する。
「魔力の形態変化にも挑戦してみましょう。光か水……あなたなら、どちらも適性あると思う」
まずは光属性の初級魔法「ライト」に挑戦するリオ。
詠唱の言葉を口にした瞬間、訓練場が白く炸裂するような光に包まれた。
「ぎゃっ、まぶしっ!?」「うわっ、目がぁ!」
他の魔法兵たちが目を覆って叫び声を上げる。
「……やっぱり。こうなると思ったわ」
ミラは呆れながらも、どこか納得したようにため息をつく。
訓練は一時中断。代わって、水属性への転換訓練が始まった。
「水になれ……水……」
リオが集中して念じると、手のひらにぷるぷると揺れる水滴のような球が浮かんだ。
「……これ、水?……だよな?」
「たぶん、ね。少なくとも、爆発はしてないし」
ミラはおどけながらも、その成長を認めた。
休憩中、木陰で並んで腰を下ろすふたり。
ふと、ミラが口を開く。
「実はね……私、方向音痴なの」
「えっ……あの冷静なミラが!?」
「……訓練場と塔、間違えたことあるの」
あまりに意外すぎて、リオは腹を抱えて笑った。
ミラもつられて、照れくさそうに笑う。
そんな穏やかな時間の中で、リオは小さく実感していた。
──距離が、少しずつ近づいている。
*
精霊魔法の訓練もまた、日課となっていた。
毎朝、神殿を訪れ、静かに祈りを捧げる。
最近では、かすかに風のささやきのような“音”が聞こえる気がする。
セフィーナの傍らに佇む風の精霊──アネリアの気配も、うっすらと感じ取れるようになっていた。
「毎日ちゃんと練習してるのね。偉いわ、リオ。……精霊もきっと見てるわよ」
セフィーナのその言葉は、年上の姉のように優しくて、リオは思わず背筋を伸ばした。
その夜、ひとり訓練場で剣を振っていたリオの耳に、微かな声が届く。
「……リオ……」
風に紛れて聞こえたその囁きに、はっとして辺りを見渡す。
──だが誰もいない。
あるのは、静かに吹く風だけだった。
*
気がつけば、リオが王都で生活を始めて一か月が経とうとしていた。
過酷な訓練、支え合う仲間、伸びてゆく力。
そのすべてが、彼を静かに、しかし確かに変えつつあった。
けれど──
その日常の裏で、じわじわと広がる瘴気の気配があった。
*
夕暮れの執務室。
騎士団長レオンは、届いたばかりの報告書を読みながら、独り言のように呟く。
「……王都の北東で瘴気の反応、か。……嫌な予感がするな」
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
励みになりますので、よかったら感想・リアクションなど、ぜひぜひお待ちしてます〜!




