第25話 世界は、動き出す
2025/08/01 各国の緊張と希望を鮮明に描きつつ、ヴァネッサの不気味な存在感を強調する構成に改稿しました。
リオが穏やかな休日を過ごしていたその頃──
王城の奥、厚い石壁に囲まれた執務室では、静かに、だが確かに世界を繋ぐ重大な会議が幕を開けようとしていた。
*
「これより、定例世界会議を始めます」
澄んだ音色の声が、魔道具《遠話晶》を通じて各国に響き渡った。
発したのは、南東の神殿国家を統べる巫王、ソレイユ・アストラ。
神の託宣を預かる者として、その声音にはどこか聖なる響きが宿っていた。
会議に参加するのは、魔王領と化したヴァルディア、そして極北の廃都シグナスを除いた九つの国家──
神聖皇国ルソレイユ(南東の高原に広がる神殿国家)、
ドワーフの国テルマイン(北東の険しい山脈地帯に築かれた鉱山都市)、
魔法使いの国メフレト(大陸中央の浮遊台地に築かれた魔術都市群)、
交易都市アルマリク(西方の砂漠地帯を越えた高地にある自由都市)、
雷と技術の楼蘭帝国(東方の島嶼部と沿岸工業地帯をまたぐ技術国家)、
水の連邦スエラン(南方の海に点在する諸島国家の連合体)、
北部の要衝・アイゼンハルト王国(広大な平原地帯に築かれた防衛国家)、
エルフの国ナイアフェル(世界樹の森に守られた自然国家)、
そして、この会議の主軸を担うフェルメリア王国(大陸南端、穏やかな気候と豊かな土地に恵まれた王国)──
魔道具を通じて、それぞれの国の代表者たちが一斉に接続された。
「各国、現状をお願いします」
ソレイユの声に応じ、まず最初に映ったのはナイアフェル。
長く尖った耳を持つエルフの使者が、静かな声で報告する。
「現在、世界樹とその麓に広がる精霊王の結界により、瘴気の影響は軽微です。
森は揺れていますが、精霊たちと共に抵抗を続けています。……今のところは、まだ。」
続いて映し出されたのは、ドワーフの国テルマイン。
鍛冶王グラズが豪快に笑い、もじゃもじゃの髭を揺らす。
「心配無用じゃ! 海から来る敵どもは、大砲でまとめて吹き飛ばしてやったわ!
溶鉱炉も、まだまだ無事じゃ!」
だが次に映ったアイゼンハルト王国の王──鉄王ヴォルクの表情は重い。
「……我が地は陸続きだ。日常は、すでに戦場と化している。
塹壕戦に近い膠着状態が続き、兵の損耗も激しい。
各国の支援には感謝している……が、それでも、なお足りぬ」
一拍置き、彼は言葉を絞り出すように続けた。
「このアイゼンハルトが陥ちれば、世界は終わる。……それほどの要なのだ」
執務室に重たい沈黙が流れる。
「……それにしても、ヴァルディアは不気味なほど沈黙を保っているな」
魔法評議国メフレトの筆頭・イフレムが、どこか冷めた声で呟いた。
「北のシグナスから魔王軍が南下し、中央の我らアイゼンハルトが食い止めている。
北西のナイアフェル、北東のテルマインも防衛線を築いている。
だが、ヴァルディアだけが沈黙を守っている……陥落後、いまだ音沙汰がない。不気味なほどにな」
「本丸は、やはりシグナスと見ていいでしょう」
「我々は各国に賢者を派遣しています。いざという時には、“適切な対応”が取れるように」
イフレムの口調は淡々としていたが、弟子たちを思う微かな不安が滲んでいた。
次に、水の連邦スエランの女王・セリュシアが静かに報告を始める。
「我が国では、軍艦の建造が順調に進んでおります。整備が完了次第、港を有する国々への支援を拡大いたします」
交易都市アルマリクの代表・フェルミナも続く。
「我が国では、瘴気の影響を受けにくい高地の穀倉地帯から物資と食料の供給体制を整えております。
すでに幾つかの輸送路を確保し、各国への配分も開始しています」
「……この混乱の中、食糧の安定は心強い。感謝する」
ヴォルクの低い声が静かに重なった。
その時、フェルメリア王が席から立ち上がり、静かに口を開いた。
「本日、我がフェルメリア王国より、ひとつの朗報を伝えたい」
全ての視線が集中する。
「──“光の導き手”が、目覚めました。現在、我が王国が保護しております」
ざわつきが起きた。
「まさか、本当に……?」
「アクウェリナ様の加護持ちが……」
ナイアフェルの長・イゼリアがぽつりと呟く。
「最近、世界樹のまわりの精霊たちがざわついていたのは……そういうことだったのですね」
ソレイユが頷く。
「啓示と一致しています。世界が、再び動き出す兆しかもしれません」
空気が変わった。
重苦しい戦況報告の後に差し込んだ一条の光に、各国の首脳たちが希望の色を取り戻す。
「導き手の旅立ちは一年後を予定しております。それまでに訓練と実務を積み、仲間たちと共に、万全の状態で世界へと向かうでしょう」
「それがいい。……死なれては困る」
「慎重すぎるくらいでちょうどいいな」
「あと数年──持たせる理由ができた」
次々に肯定の声が上がった。
その後、議題は支援体制へと移る。
「我がアイゼンハルトは、限界が近い。物資、武器、援軍……どれも切実に求めている」
その声に、楼蘭帝国の恒星帝が、仮面の奥から静かに言葉を発した。
「武器は我が帝国が支援しよう。……魔導兵器の実用化も近い。間に合えば、前線に届ける」
「……心強い」
ヴォルクが深く頭を垂れた。
「この恩は、決して忘れん」
その声には、軍人としての誇りと、感謝が込められていた。
会議の終盤、ソレイユ・アストラが静かに締めの言葉を告げた。
「では、各々がた。検討を祈ります。──我らは、希望を捨ててはなりません」
《遠話晶》の光が、ひとつ、またひとつと消えていく。
そしてリオの知らぬまま、王都の空に静かな陽光が差し、世界はまた確かに動き始めていた。
*
──その遥か北。
霧に沈んだ古の都、ヴァルディア。
黒曜の玉座の奥深く、冷たい水晶が静かに淡く光っていた。
その中に、世界会議の光景が映し出されている。
「ふふ……甘いわねぇ」
艶やかな声が、石の広間に響いた。
水晶に映る各国の代表たちの姿が、やがてゆっくりと歪み、滲み、溶けて消えていく。
黒きヴェールの衣をまとい、玉座に優雅に座す女帝。
真祖のヴァンパイア、不死の女王ヴァネッサ。
その紅い瞳が、妖しく細められる。
「そういうことなの。──ふふ、面白くなってきたじゃない……?」
ヴァネッサの唇が、嗜虐と愉悦の入り混じった笑みを浮かべた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回はリオの知らぬところで進む「世界」の動きを描きました。
それぞれの国にとっての正義や事情が絡む中、ひとつの希望が生まれた場面でもあります。
次回以降、リオと世界がどのように交差していくのか、どうぞお楽しみに。




