第23話 訓練の果てに灯る光
2025/08/01 リオの訓練を通じた心身の成長と仲間との絆を、描写強化とセリフ調整で丁寧に描き直しました。
入団から、まもなく一週間が経とうとしていた。
剣、魔法、精霊──三つの訓練を繰り返す日々の中で、リオは自身の身体が少しずつ変わっていくのを、確かに感じていた。
朝の点呼から夜の片付けまでぎっしり詰まった訓練は、想像以上に苛烈で、最初の数日は疲労と筋肉痛のせいで、眠れぬ夜を何度も過ごした。
だが、四日目のことだった。
剣術訓練中、いつものように木剣を握って構えを取ったその瞬間、リオの全身が淡い光に包まれた。
ざわめく訓練場。空気がぴたりと静まり返る。
身体が異様なまでに軽くなり、呼吸と動きが溶け合う感覚。
木剣を振るう動作は迷いなく、滑らかだった。
意識と肉体の境界が薄れ、すべてが一瞬だけ“つながった”──そんな錯覚すら覚えた。
「おい、今の……レベル上がったんじゃねえか? やったな」
見守っていたファルトが、にやりと口元を緩めて声をかける。
リオは戸惑いながらも、心の奥で何かが“超えた”という実感を得ていた。
「いや、でも……まだ模擬戦じゃ、一太刀も……」
俯きがちに言いかけたリオに、ファルトは肩をすくめて笑う。
「真面目すぎだっつーの。最初から全部できる奴なんていねぇよ。俺だって、剣の持ち方からやり直したんだぜ?」
軽く木剣を回して見せながら、彼は続けた。
「でもな、今日のお前の構え──無駄な力が抜けてた。ああいうのが、“節目”なんだよ」
「……節目?」
「ああ。体が“戦える”状態に近づいてる証拠さ。焦んな。ひとつずつ積み上げてけ。お前なら、ちゃんと届く」
冗談ばかりの先輩が、真剣な眼差しでそう言った瞬間、リオの胸の奥にじんわりと温かなものが灯った。
模擬戦では、依然として一太刀も取れなかった。だが素振りや型の反復が、少しずつ実を結び始めている──そんな手応えがあった。
「ふむ……少しは形になってきたな。これなら、盾の訓練にも早めに移れそうだ。わっはっは!」
剣術教官エルバ・グレンも、木剣を肩に担いで上機嫌に笑い飛ばす。その言葉は、リオにとって何よりの励ましだった。
魔法の訓練もまた、進展があった。
手のひらに魔力を集め、薄い膜のように展開する──初歩的な操作だが、これまでは形がすぐに崩れてしまっていた。だが五日目には、徐々に球体を維持できるようになっていた。
「……悪くないわ」
ミラが冷静に言葉を落とす。その声音に、確かな評価が込められていた。
「少しずつ形になってきたけど、気を抜くとすぐ崩れちゃうんだよね」
魔力の球体を保ちつつ、リオがつぶやく。ミラは小さく頷き、両手を上げた。
そして──左右に、完全に均整の取れた球体を浮かべてみせる。
「これができるようになると、中級よ」
リオはその技術に、純粋な驚きと尊敬のまなざしを向けた。
精霊との共鳴訓練も、わずかずつではあるが、変化を見せていた。
リオは訓練の合間に、意識的に心の中で呼びかけるようになっていた──『精霊さん、いる?』と。
ある日、訓練の帰りに祈りの間へ立ち寄ると、巫女のセフィーナがそっと近づいてきた。
「……最近、何か感じますか?」
「……えっと、たまに……風の音みたいなのが、耳の奥に……」
「それは、応えてくれている証ですよ。まだ声にならずとも、あなたの呼びかけに気づいている。焦らず、耳を澄ませてあげてください」
その優しい声に、リオは静かに頷いた。
耳の奥に感じる、風のざわめき。
水面に小石を落としたような、かすかな波紋。
言葉にはならないけれど、“何かがいる”──その実感だけは、確かにあった。
六日目の夕食時。
ティナが食事を届けに現れ、にこやかに言った。
「リオ様、こちらは給金の一部です。陛下から“明日のお休みにでも使いなさい”とのことです」
渡された袋の中には、ひときわ輝く金貨が一枚。
農村の平民なら、一年は暮らせるほどの価値がある。
リオは手のひらに乗せたまま、しばらくそれを見つめていた。喜びよりも、恐れが先に立つ。
これほどの価値のあるものを、どう扱えばいいのか分からなかった。
「……こんなに、もらっていいのかな……」
不安げに母を見やると、サビアは穏やかに頷いた。
「王城で頑張っているあなたへの、ご褒美よ。遠慮なんていらないわ」
「……うん」
リオは小さくうなずき、ティナに深々と頭を下げた。隣でサビアも感謝の言葉を添える。
「明日はお休みですし、少しだけ羽を伸ばしてもいいかもしれませんね」
ティナの言葉に、リオの胸の奥に淡い期待が灯った。
──夜。
訓練後、中庭での自主練を続けていたリオは、静まり返った空気の中、ひたすらに木剣を振り続けていた。
何十回目かの素振りの途中──
振り下ろした木剣の軌跡に、ふと、白く細い光が走ったように見えた。
──気のせいかもしれない。
だが、リオの胸の奥には、確かな“手応え”が残っていた。
剣を納め、静かに深く息を吐く。
明日は、初めての休み。
静かな夜に包まれながら、リオの心には、ひとすじの希望が静かに膨らんでいた。
今回は短めの一区切り。訓練の積み重ねを経て、リオの力と心が少しずつ育ってきました。
物語が徐々に加速していきます。初めての休日、そして王都の街での出会いにご期待ください。




