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第22話 闇に沈む地より

2025/07/31 ディアス一行の登場から闇の祝福を受けるまでを文体統一と情感強化により重厚かつ荘厳に再構築しました。

 黒き玉座の間に、足音がゆっくりと響く。


 魔王シグリスが静かに座すその前に、四つの影がひざまずいた。


 先頭に立つのは、淡い銀の髪を束ねた痩身の少年──ディアス。年若き姿ながら、そのまなざしは闇に臆することなく玉座を見据えていた。


「ディアス、参上いたしました」

挿絵(By みてみん)

 その背後には、任を共に受けた仲間たち。寡黙な剣士バルグ、冷徹な魔術師リレーナ、そして道化めいた軽口を叩きながらも確かな腕を持つ斥候ゼインが控えている。


 その丁寧な声音に、玉座の主は何も応えなかった。ただ、わずかに目を細める。


 代わって、隣に立つ漆黒のローブの男──参謀ノリスが、静かに一歩を踏み出す。


「陛下より、南方で観測された異常の調査と対処を命じられております。瘴気の影響がほとんど及ばぬ地にて──二度にわたり、“精霊の波動”が確認されました。しかもそれは、光の精霊の力に酷似している」


 ディアスは目を伏せ、静かに頷いた。


「……承知いたしました。その力がこの地に及ぶ前に、摘み取るべきだと理解しております」


「闇の精霊の加護を持つ者として、そなたこそ最適だと、陛下はお考えです」


 ノリスの言葉には、ほんのわずかな温度があった。


 そのとき──玉座の扉が再び開く。


 ジャラジャラと鈴のついた杖を掲げ、異様な風貌の男がずかずかと入ってくる。暗黒魔道研究所の所長・ザハロス。名を呼ぶまでもなく、その存在感だけで空気が変わった。


 狂気すら感じさせる魔導理論家にして、“マッドサイエンティスト”の異名を持つ男。性格こそ忌避されるが、魔王軍随一の頭脳であることに誰も異を唱えなかった。


「お〜お〜! ちゃんと集まっとるな、若き精鋭ども!」


 ザハロスは腰のポーチから黒銀の指輪を取り出し、ディアスたちに一つずつ配っていく。


「変装用の魔導具だ。魔力を通すときにイメージした姿へと変化する。便利だぞぉ? ……ただし!」


 指を立てて、威嚇するように叫ぶ。


「貴重なもんだ! 絶対になくすなよ!」


 呆気に取られる面々を尻目に、ケラケラと笑いながら彼は退室していった。


「……ああいう方ですので」と、ノリスが小さくため息をつき、話を戻す。


「任務前に、ささやかな晩餐をご用意しております。どうぞ、お召し上がりを」


「……感謝いたします、ノリス殿」


 ディアスは玉座に再び一礼し、魔王の眼差しを真正面から受け止めた。

 ◇


 玉座の間から移された一行は、重厚な黒檀の長卓に並んでいた。

 魔王シグリス、参謀ノリス、そしてディアスたち四人が席に着く。


 燭台に揺れる魔焔の光が、晩餐の始まりを告げる。


「では、始めよう」


 ノリスの合図で給仕が動き、料理が運ばれてくる。肉の香ばしい香り、焼き野菜やスープの湯気──人間と大差のない献立が中心だ。肉は領内で狩れる食用の魔獣を使ったものが多く、香辛料や副菜には地域特産の素材がふんだんに使われている。一部には毒の香草や魔獣の血を用いた魔族独自の品も並ぶ。


「光の話の後で、これは少々濃いですな」


 ノリスが皮肉とも冗談ともつかぬ一言を漏らし、周囲の空気がわずかに和らぐ。


 食事が一段落すると、ディアスが立ち上がった。

「陛下、僭越ながら、今回共に任に当たる仲間を紹介いたします」


「剣士バルグ。寡黙ながら、その剣は我が盾となり、斬撃は鋼をも断ちます」


「魔術師リレーナ。冷静さと知略を兼ね備え、氷と闇の術を操ります」


「斥候ゼイン。おどけた振る舞いとは裏腹に、索敵と潜入においては随一の腕前です」


 紹介を終えたのち、ノリスの促しで、三人は一人ずつ静かに立ち上がった。


 バルグが短く言葉を発する。「命を賭ける。それだけだ」


 リレーナは凛とした声で告げる。「この力、魔王陛下の大義のために使います」


 ゼインは飄々と笑いながらも、目だけは真剣だ。「なーに、やるときゃやりますって。生きて帰るのも忘れずに、ね」


 その口調にノリスが咳払いし、ゼインが肩をすくめて座り直す。


「頼もしい者たちだな」


 ゼインが「料理の次にほめられた気がする」と小声でぼやくと、リレーナが睨み、バルグは相変わらず沈黙を守っていた。


 シグリスがぽつりとつぶやいた。


 その言葉に続いて、シグリスが立ち上がる。

「では余興だ。ノリス、準備を」


 ノリスは無言で頷き、一歩前へ出る。玉座の横に置かれていた古びたピアノに向かい、椅子に腰かける。

 彼は一瞬だけ鍵盤に触れず、静かに視線を上げた。その目は、演奏することそのものではなく、“誰のために奏でるか”を見据えているようだった。

 一方、シグリスの手には、いつの間にか漆黒のバイオリンが握られていた。


 静寂のなか、演奏が始まる。


 それは、単なる余興ではなかった。旋律に秘められた魔力が、ゆるやかに場の空気を変えていく。


 ノリスがぽつりと呟く。「これは、陛下の永続支援魔法でございます。内容は……そのときが来れば、わかるでしょう」


 シグリスのバイオリンが唸りを上げ、闇の衣が霧のように一行を包んでいく。旋律は胸の奥底を震わせるように鳴り響き、まるで旅路を見守る父の想いが形となったようだった。その音は一人ひとりの胸奥に染み渡り、不思議と心が安らいでいく。


 この夜、一同の魂は、闇の加護に包まれた──静かなる祝福として。


 曲が終わると同時に、誰もが言葉を失ったまま、しばし沈黙が落ちた。


 そして──


 ノリスが立ち上がり、口を開く。

「……皆様は、このまま部屋へお戻りを。ディアス様は、陛下の御前にお残りください」


 仲間たちは一礼し、退出していく。最後に振り返ったゼインがウィンクを投げ、ディアスは苦笑しつつ見送った。


 広い玉座の間に、再び静寂が訪れる。


 ──親子、水入らずの時間。


「ディアス。……母には、会っているか? レアリナのことだ」


 ふいに放たれたその問いは、ディアスの胸に深く染み入った。わずかに目を伏せ、静かに言葉を選ぶ。


「……はい。療養中ではありますが、変わらぬ微笑みで、穏やかな日々を過ごしておられます」


 沈黙がひととき落ちる。その間に、シグリスの瞳がわずかに細められた。


「……そなたを産んだことで、あの者は確かに弱くなった。だが、あの眼差しには、決して折れることのない誇りがあった。レアリナは、我が手が届かぬ場所でも、光を忘れぬ女だった」


 シグリスは、かつての精霊の名残を宿した声で語る。


「……二人きりのときは、“陛下”ではなく、“父上”で構わぬ」


「……はい、父上」


 わずかな微笑をたたえながら、シグリスはゆっくりと立ち上がる。

「行け、ディアス。そなたの歩むその先を、見届けよう」


 その言葉に、深く頭を下げた。


 ◇


 時は流れ──


 南の町々では、酒場の隅で“光の柱”について語る者たちの姿があった。

 彼らは皆、姿かたちが異なる。だが、行き先だけは同じ方向を示している。


 静かに、しかし確実に。

 魔王軍の、南方への進軍が始まろうとしていた。



今回は、魔王シグリスとその息子ディアスの視点から物語を描きました。

これまでの「勇者側」の視点とは打って変わって、影の中にあるもう一つの「物語」がゆっくりと動き出します。


魔族の王子ディアスは、リオと同じ十五歳。

けれど彼は、瘴気に包まれた魔王城で生まれ育ち、戦うことと従うことを運命づけられた少年です。

それでも彼の中には、静かな優しさと、誰かを守りたいという強い意志がある。

それは、伏せっている母の存在によるものかもしれません。


そして、魔王シグリス。

全てを支配する闇の王でありながら、ひとときだけ音楽に身を委ねる姿は、人間味があるようでいて、どこか空虚。

彼の本当の願いは、まだ誰も知りません。


魔族の宴に流れる旋律は、単なる余興ではなく、魔術と祈りが込められた永続支援魔法。

これが今後、旅をするディアス一行を、どんなかたちで守ってくれるのか——

それも、少しずつ描いていければと思います。


次回からはいよいよ、南方への潜入任務。

人間たちの地を踏む彼らが、何を見て、何を思うのか。

光と闇の物語が、また一歩交わり始めます。


それではまた、次の話でお会いしましょう。

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