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第21話 祈りの気配、静けさの中で

2025/07/30 精霊との邂逅の神秘性と情緒を高めつつ、全体の構成と描写を滑らかに整えたました。

 大神官の部屋をあとにしたリオの胸には、授業で語られた“大精霊の原典”の言葉が静かに残響していた。


――この世界がまだ混沌に包まれていたころ、ふたつの大精霊が現れた。

光を司るアクウェリナ。

そして、かつて光と並び立ち、今は“魔王”と呼ばれる闇の存在──シグリス。


両者の力が均衡していた時代には、秩序と調和が満ちていた。

だが、やがて闇がその均衡を破り、世界は静かに、しかし確実に歪み始めた。


アクウェリナは加護を通じて人々と絆を結ぼうとし、

闇は瘴気を撒き、命を蝕んでいった。


今もなお、ふたつの力は相克を続けている……。


そして今、光の大精霊アクウェリナは封印され、その姿は人前から消えて久しい。

三十年前、彼女が封じられたその瞬間こそが、世界の均衡が崩れ始めた起点だった。

闇は瘴気となってじわじわと大地を侵食し、夜のように、確実に世界を蝕んでいく。


リオは語られた言葉のひとつひとつを噛み締めながら歩く。


(……もし、光と闇が分かたれずにいられたのなら)


知らぬ世界の深淵へと、そっと興味の芽が顔を覗かせていた。


廊下へ出ると、ふと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。焼きたてのパンと野菜スープのあたたかな匂い。

懐かしく、どこか心をほぐすその香りに、リオは思わず呟いた。


「……いい匂いだ」


扉の向こうには、静かな活気があった。

整然とした食堂には神官や職員が列をなし、敬虔さと穏やかさが同居する空気が流れていた。


案内に従い配膳を受けたリオは、盆の上の料理に目を細めた。

焼きたてのパン、根菜の煮物、色鮮やかな野菜スープ。

派手さはないが、どれも素材の味を活かした滋味に満ちていた。


「……おいしい」


静かに食事を終えたリオは、午後の訓練までの時間を礼拝堂で過ごすことにした。


礼拝堂は、日常の喧騒から切り離されたような静謐の空間だった。

高い天井とステンドグラスから差し込む淡い光、銀の燭台に揺れる火、漂う香草の匂い──

すべてが、祈りのためだけに在る空間だった。


中央には、両手を胸の前で組み、白衣をまとった大精霊アクウェリナの像が祀られていた。

その穏やかな慈愛の中に、微かな哀しみが宿っているように見える。


その前にひとり、祈りを捧げる影があった。大神官セレオスである。

彼はリオに気づくと、穏やかな声をかけた。


「リオ様も、よろしければご一緒に」


リオは頷き、隣に膝をつく。目を閉じ、呼吸を整える。

ただそれだけのはずなのに、胸の奥に小さな灯がともるような感覚があった。


──そのとき。


ざざっ、と、耳の奥でかすかな雑音が走った。

狂った楽器のような、軋む囁きのような──不快で、妙に引っかかる音。


(……?)


視線を巡らせるが、礼拝堂には静寂だけがあった。


(気のせい……かな)


リオはそっと頭を振り、再び祈りに意識を戻した。


ゴォォォン……。


深く澄んだ鐘の音が鳴り、午後の訓練の始まりを告げる。


「午後の訓練は“教育室”にて行います。どうぞ、ご一緒に」


セレオスに導かれ、リオは教会の奥へと進む。


祭壇と水晶の灯りに照らされた小部屋は、祈祷室として整えられていた。

そこで彼を待っていたのは、ひとりの少女。


「こちらは、神聖皇国よりお越しの巫女・セフィーナ殿。風の精霊・アネリアと契約しています。今後、君の導き手となってくれるでしょう」


現れた少女は、淡い金の髪と透明な瞳を持ち、まるで霞の向こうから現れたかのような幻想性を纏っていた。


「リオです。……よろしくお願いします」


「セフィーナと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


(ミラのときは、こんなに緊張しなかったのに……)


思わず目を逸らした自分に、リオは小さく苦笑した。

挿絵(By みてみん)

セレオスが静かに退出し、ふたりきりになると、セフィーナが口を開く。


「まず、精霊魔法について。……魔法兵団で魔力操作を習ったと伺いましたが、精霊魔法は少し異なります」


彼女は手を差し出す。すると風がふわりと流れ、小さな光の羽が舞った。


「精霊魔法は“共鳴”によって発動します。

精霊は気まぐれで繊細。でも、想いが届けば、必ず応えてくれます」


その風に乗って、少女の姿をした小さな精霊が現れた。


「この子がアネリア。少し気まぐれだけど、優しい子です」


リオにはまだ見えなかったが、ふわりとした気配がそばをかすめていった。


「では、思い出してみてください。精霊魔法を使えたときのことを」


「……たぶん、二回。母さんたちを助けたときと……訓練で絶対に負けたくなかったとき」


「そのとき、どう思いましたか?」


「誰かを助けたいって……それだけ、でした」


「それで十分です。その想いこそが、精霊への“祈り”です」


リオは目を閉じ、そっと心を澄ませる。守りたいという想いを、胸の奥で静かに唱える。


──その瞬間。


キィン……。


高く鋭い音が頭の奥を震わせた。

ゆがんだ囁きのような、微かな呼び声。


リオが目を開けると、セフィーナが優しく頷いた。


「ふふ……まだ姿も名前も分からないかもしれない。でも、あなたの祈りに、確かに応えてくれている精霊がいる」


「呼びかけてあげてください。あなたの“声”を、きっと聞いています」


胸の奥に、小さな、でも確かな光がともっていた。


訓練を終え、リオは教会の外で待っていたティナと共に王城へと戻る。


夕暮れの街は、暮らしの灯であたたかく輝いていた。


部屋に戻ったリオは、母に今日の出来事を語りながら夕食を取り、夜には再び素振りと魔力操作、そして祈りを続けた。


すべてを終えた頃、身体は心地よい疲労に包まれていた。


リオはそっとベッドに横たわり、静かに目を閉じる。


やがて深い眠りが、彼をやさしく包んでいった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、物語において非常に重要な要素である「精霊との共鳴」の第一歩を描く回でした。

リオにとっては、初めて“自分だけの精霊”の気配に触れるという、静かで深い体験。

これまでの戦いや訓練とは異なり、「想いを通じて誰かとつながる」という、目に見えない力との関係が始まった場面です。


また、巫女セフィーナという新たなキャラクターが登場しました。

彼女はリオの精霊魔法の導き手として、今後も大切な役割を担っていきます。

ミラとは違う、穏やかで神秘的な存在として、読者の皆さまにも印象に残れば嬉しいです。


静かな祈り、応えようとする精霊、まだ名も知らぬ存在。

この章では、派手な戦闘はありませんが、リオにとっては確かに「大きな出会い」がありました。

いつかこの“気配”が、名前を持ち、姿を持ち、そしてリオの隣に並ぶ日が来ることを、どうか楽しみにしていてください。


それでは、次回もよろしくお願いします。

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