第20話 光と闇の神話を紡いで
2025/07/30 神話的スケールと静謐な語りの対比を強調しつつ、リオの反応に内面的余韻を持たせた構成に改稿。
リオは目覚めてから、軽く素振りと魔力操作の練習を行い、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。
王都の朝は、村とはまた違う静かな気配と活気が混ざっていた。
やがて時間になり、ティナが部屋を訪れる。
「おはようございます、リオ様。大神官様がお待ちです。神殿へ参りましょう」
ティナの穏やかな微笑みにうなずき、リオは軽く身支度を整えると神殿へ向かった。
王都の中心に位置する精霊教会の神殿は、石造りの荘厳な建築で、巨大なステンドグラスと高い尖塔が朝日を受けて輝いていた。神殿の扉をくぐると、精霊を象った像と静謐な空気が出迎える。
街道から神殿までの道は朝市の準備で賑わいを見せていた。果物や布を並べる商人たち、パンを焼く香ばしい匂い、人々の活気にあふれる声。だがそのにぎわいも、神殿の敷地に足を踏み入れた瞬間に、静寂と神聖な気配へと切り替わる。
ティナに案内されて通されたのは、神殿の奥にある大神官セレオスの執務室。
大きな木の机と本棚が整然と並び、厳かな空気に包まれていた。
「ようこそ、お越しくださいました。さっそくですが、本日は精霊教会についての座学となります。退屈になるかもしれませんが、聞いてもらいますぞ」
神官は白く長い髭を撫でながら、重々しく語りはじめた。
「まず、この星が生まれたときと時を同じくして誕生したのが、大精霊と呼ばれる存在です。
アクウェリナ様——そしてシグリス様。この二柱が、すべての始まりでした」
リオは神妙に頷きながらも、話のスケールに少し口をあんぐりと開けてしまっていた。
「アクウェリナ様は光と生命を司る精霊であり、人、エルフ、ドワーフといった光の眷属、さらに動植物や水の流れ、風の息吹をも創造されたのです。慈愛と調和を愛し、祝福と恩寵をもたらす存在でした」
「……なんだか、すごい……」
神官はリオのつぶやきに目を細めて微笑み、続けた。
「一方、シグリス様は夜と静寂、死と変化を司る存在。月や星の光を紡ぎ、魔族、バンパイア、ワーウルフ、そして魔物などを生み出したとされます。
それらは決して邪悪ではなく、自然の循環の一部をなすものでした」
「……魔族も、最初から悪だったわけじゃないんですね?」
「そうです。光と闇、昼と夜……いずれも世界には必要な理。
アクウェリナ様もシグリス様も、世界の均衡を保っていたのです」
神官の声には、どこか祈りにも似た響きがあった。
「二柱の大精霊は、それぞれの権能を保ちつつ、およそ二千年にわたり、静かなる均衡を保っていました。……しかし、やがてその違いが衝突を生むことになります」
リオは小さく息をのんだ。
「それは、“世界の覇権”をめぐる戦い——天を覆い、大地を裂いた“大戦”の始まりでした。
互いの眷属も巻き込み、百年に及ぶ戦いの果てに、大地は荒れ、海は吠え、朝も夜も見えぬ混沌が続きました」
リオはごくりと喉を鳴らす。
「……その戦を終わらせたのが、“光の導き手”と呼ばれた者。
アクウェリナ様より“光の加護”を授かった存在でした。
その者の名はすでに失われておりますが、彼こそが英雄であり、その導きが今の精霊教会の教えの礎となっております」
セレオスの目がリオを見据えた。
「そのため、数千年ぶりに“光の加護”をお持ちのあなたを、我々は神聖視し、“希望の光”と見ているのです」
リオは再び口を開きかけ、すぐ閉じた。重すぎる話に、ただ静かにうなずくしかなかった。
「……そして、我々が“魔王”と呼ぶ存在——それこそが、かつての大精霊シグリス様にほかなりません。
封印されし彼が、なぜ“魔族の王”として再び姿を現したのか……それはいまだ我らにも分かりません。
ただひとつ言えるのは——彼は自ら生み出した闇の眷属を率い、その頂点に立つ道を選んだということ。
おそらくは、封印の間に何らかの術理を獲得し、かつてを凌ぐ力を手にしたのでしょう。
かつて世界を二分した大精霊が、いまや“魔王”として人の世を脅かしているのです……」
「……シグリス様が……魔王……」
リオの呟きが、静かな空間に溶けていく。
「三十年前のことです。突如、北の大地より“瘴気”があふれ出し、魔物たちが暴れ出しました。
その時を境に、アクウェリナ様の恩寵もまた、姿を消してしまったのです」
神官の顔に、深い哀しみの色が浮かんでいた。
「以来三十年、我々は瘴気に侵されながらも、人、エルフ、ドワーフが手を取り、闇の眷属との“永劫の戦い”を続けております。
攻防は拮抗し、均衡は保たれておりますが……瘴気の侵食は止められず、大地を、命を、静かに蝕み続けているのです」
話し終えた大神官は、静かに両手を組み、リオを見つめた。
リオはただ——そのまなざしを受け止めるだけだった。
気がつけば、昼時を迎えていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回は神殿での対話を通じて、この世界に宿る「光と闇の神話」を深く掘り下げる場面となりました。
遥かな時を超えて続く精霊たちの物語——その一端に触れていただけていれば嬉しいです。
もし何か感じるところがあれば、お気軽に感想やスタンプなど残していただけると、とても励みになります。
それでは、また次の話でお会いしましょう。




