第18話 魔力への目覚め
2025/07/30 魔法の神秘性と訓練の緊張感を高めつつ、リオが初めて自力で魔力を引き出す瞬間に感動と成長の実感を加えました。
朝の光が城の窓から差し込むころ──
リオは目を覚ました。
昨日、医務室で騎士団長レオンから言われた言葉が、まだ胸に残っている。
――明日から、魔法兵団の訓練に参加することになる。
いつものように扉がノックされ、ティナが朝食を運んできた。
「おはようございます、リオ様。朝食をお持ちしました」
「ありがとう、ティナさん」
テーブルに並べられた朝食は、サビアの手によるものだった。
焼き立てのパンにサラダ、スープと目玉焼き、香ばしいベーコン。
どれも滋味にあふれ、前日の疲れを癒すような温かさがあった。
「……魔法兵団って、どんなところなんだろうね」
リオがつぶやくと、サビアは優しく笑う。
「あなたの力が、誰かの役に立つ場所だといいわね」
食事を終えると、リオは平服に着替え、ティナの案内で城の東にそびえる塔へ向かった。
この塔は、王都の魔法研究と兵団運用の中心。
各階ごとに目的が分かれており、瞑想室、魔道具の研究室、図書室、そして最上階には魔法兵団長の執務室がある。
階段を登る途中、各階で様々な魔法兵団員が活動しているのが見えた。
瞑想に没頭する者、魔道具の試作に夢中の者、魔導書を片手に呪文式を繰り返す者たち。
階段の窓からは、地上の魔法訓練場も見下ろせた。
防御魔法が張られた的が整然と並び、既に試験的な魔法が何発も放たれている。
やがて最上階に到着すると、ティナは扉の前で立ち止まり、小さく一礼する。
「ここからはお一人で」
リオはうなずき、扉をノックした。
「入りなさい」
内側から返ってきたのは、穏やかだが芯のある老いた声。
「失礼します」
リオが扉を開けた瞬間、部屋の中から一人の少女が勢いよく出てきた。
青銀の髪、淡い瞳。その容姿はどこか神秘的で、冷たい空気をまとっている。
少女はリオに視線を向けることなく通り過ぎようとした。
だがその瞬間、ふいにその瞳がリオを鋭く射抜いた。
目が合った──と、思った瞬間にはもう、彼女の背中が遠ざかっていた。
(……昨日、食堂で見かけた子だ)
目立つ外見のせいか、記憶に残っていた。
「えーっと、おはようございます、クラヴィス様。本日からよろしくお願いします」
「おお、来たか。ふぉっふぉ……あれはわしの孫、ミラでな。機嫌が悪くてすまんの」
白髪と長いひげを揺らしながら笑うのは、王国魔法兵団長クラヴィス。
「……難しい年頃でのう。いつもの修行時間が減ったのが不満らしいわい」
「いえ……少し驚いただけです」
リオは苦笑しつつも、さっきの視線を思い返し、少し目を伏せた。
「さて、君には今日から魔力の扱いを学んでもらう。適性は光と水。……ただ、昨日見た魔法は、どうもそれだけでは説明がつかん」
クラヴィスの目が鋭く細くなる。
「……あれはおそらく“精霊魔法”じゃ。王都で使える者はごくわずか。明日、精霊教会で詳しい者と会ってもらうことになる」
そう言いながらクラヴィスは立ち上がり、壁にかけられた属性図を指す。
「魔法の基本属性は五つ。火、水、風、木、金属。加えて光、闇、無属性──計八種じゃ。君のように複数に適性があるのは珍しい」
「は、はい」
「まずは魔力を“感じる”ことから始める。魔力は己の内にある。使い切れば、命の力──“命脈”を削る危険もある。……だからこそ、扱い方を学ばねばならん」
クラヴィスはリオに手を差し出した。
「手を出しなさい。わしの魔力を伝えるから、それを“感じる”のじゃ」
リオは「はい」と返事をし、そっと手を重ねる。
──その瞬間。
透明で静かな揺らぎが、リオの掌に触れた。
まるで目に見えない水面の波紋が、内側から広がっていくような感覚。
それはリオの胸の奥にゆっくりと落ち着いていく。
(……あたたかい)
「どうじゃ、感じたかね?」
リオは小さくうなずいた。
「体の中に、静かな灯がともったような……そんな感覚でした」
「ふむ、よろしい。では次は──それを自力で引き出すことじゃ」
クラヴィスは隅の書類の山を指差し、苦笑した。
「わしは、これを片付けておる。……魔導士にも雑務はあるのじゃ」
リオは深く息を吸い、椅子に座り、目を閉じた。
──さっきの感覚を思い出し、自分の中の“道筋”をたどる。
胸の奥。
そこに宿る灯を手のひらへと導くイメージ。
(……ここだ)
何度か試行錯誤を繰り返し、ようやく掌に、小さな抵抗のようなものが触れた。
目を開けると──
そこには、コインほどの大きさの、薄く光る魔力の膜が広がっていた。
「……やった……!」
リオは思わず立ち上がり、喜びの声をあげた。
その声にクラヴィスが振り返り、手にしていた書類をばさばさと落とす。
「おおっと……まったく、騒がしいのう……だが、よくやった」
ひょいと指を動かすと、宙に舞った紙束がぴたりと元通りに整列する。
「ふぉっふぉ……これで魔法の入り口には立てたな」
クラヴィスが時計をちらりと見て、手を打つ。
「おっと、もう昼か。食堂に行ってこい。午後の訓練はそれからじゃ」
「もうそんなに……?」
リオは目を丸くした。集中しすぎて、時間の感覚が完全に消えていた。
「大した集中力じゃ。……その感覚、絶対に忘れるでないぞ」
リオはにっこり笑い、深く一礼する。
「はい! ありがとうございます、クラヴィス様!」
そして軽やかな足取りで、食堂へと向かっていった。
魔法への第一歩を、ようやく踏み出したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第18話では、いよいよリオが「魔力」という世界への扉を開く場面を描きました。これまで剣と加護で乗り越えてきた彼が、初めて魔法使いとしての第一歩を踏み出す……そんな静かで、でも確かな前進を感じていただけたら嬉しいです。
そして、新キャラクター・ミラも登場しました。クールで寡黙な彼女は、リオと対照的な存在でありながら、今後の成長に深く関わってくる重要な人物です。ふたりの関係がどう変化していくのか、ぜひご注目ください。
物語はいよいよ「王国修行編」の本筋に入りつつあります。次回は午後の訓練へ――リオの魔力が、どこまで通用するのか。その先に待つ新たな出会いや試練とともに、引き続きお楽しみいただけたら幸いです。
次回も、どうぞよろしくお願いします!




