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第17話 目覚めと、語られた日々

2025/07/30 回復後の温かな対話と夜の素振りを通じて、リオの内面の葛藤と静かな決意を丁寧に描き直しました。

──薄暗い医務室。

カーテン越しの柔らかな陽光が、静かに差し込んでいた。


リオはベッドに横たわり、まだ眠っている。

その手を優しく握るサビアは、穏やかなまなざしで息子を見つめていた。

窓際では、ファルトが椅子に腰をかけ、腕を組みながら無言でリオの顔を見ている。


「こうして眠ってると……まだ小さかった頃を思い出すわ」

サビアがぽつりと呟く。


「剣なんて重たくて持てなかったのに……」


ファルトもそれに頷きながら答えた。


「でも、素振りは毎朝してたらしいですね。俺、今朝の訓練で見て驚きましたよ」


サビアはふっと笑い、懐かしそうに目を細める。


「今回の旅も、いろんな人に助けられて……ヴァルトさん、オルドさん、それにエルドさんも一緒だったわ」


ファルトが不思議そうに眉をひそめた。


「……それ、剣を背負って無言で突っ立ってたオッサンじゃ?」


「ええ。とても無口だけど、頼りになる方だったわ」


ファルトは目を丸くして、思わず手を打つ。


「ああ! それ、俺のオヤジですよ! まさか王都まで来てるとは……」


サビアがくすりと笑い、リオの手を撫でる。


「無口だけど、伝わるのね。とても……優しい人だったわ」


照れくさそうに鼻をかいたファルトが、少し間を置いてリオを見た。


「……てことは、あの時の癒しの魔法で、オヤジを助けたのか……?」


サビアは小さく頷いた。


「ええ。リオ、力を使い果たして倒れてしまったけど……」


ファルトは俯いたまま、ぽつりと呟く。


「……そうだったんですね。……あのままだったら、親父、助かってなかったかもしれないんだな……」


そして、リオに向けて小さく笑った。


「……恩、返さなきゃな」


そのとき──


リオのまぶたがわずかに動いた。


「リオ……!」


サビアが身を乗り出し、ファルトも椅子を蹴って立ち上がる。


リオはゆっくりと目を開け、光に瞬きをしながら、ぼんやりと天井を見つめた。


「……ここは……? また、僕……倒れたのか……」


身体に大きな異常はない。ただ、少しだけ力が抜けたような感覚があった。


「ええ、癒しのような魔法を使って……そのあと力尽きてしまったのよ」


サビアの言葉に、リオは気まずそうに笑い、再び目を閉じた。


その静かな空間に、扉の開く音が重なる。


入ってきたのは、重厚な鎧をまとった男──騎士団長レオン。


「……目覚めたか。よかった」


低く落ち着いた声。

その声が部屋の空気を柔らかく撫でた。


「無理をするな。今はまだ休め」


レオンはリオの枕元まで歩き、静かに問いかける。


「今日の訓練……どうだった?」


リオは少し困ったように笑う。


「……本気で痛かった、です」


その返答に、ファルトがくすりと笑い、レオンも頷いた。


「お前が倒れたあと、各団長が報告を出し合った。

中には──お前の魔法を見て、“時代が動き始めた”と感じた者もいる」


言葉を置いて、レオンは真顔で続けた。


「しばらくは、騎士団、魔法兵団、支援兵団の訓練を日替わりで受けることになる。

七日目は休暇。これは全団員共通だ。お前も、例外ではない」


「休み……?」


リオはぽつりとつぶやいた。


「畑仕事以外で、初めての“お休み”かもしれない」


サビアが笑って言った。


「あなた、ずっと毎日働いてたものね」


空気がふっと和らぎ、部屋に微かな笑い声が広がった。


そのとき、また扉が開き、猫背で丸メガネの中年男性が顔をのぞかせた。


白衣の袖を腕まくりし、生活感の漂うその姿は、医務室の勤務医──パトリック。


「お、起きてるな。顔色も悪くない。よし、退院だな」


レオンが補足するように言う。


「パトリックは支援兵団の兵長でもある。魔法と癒しの扱いは王国でも随一だ」


リオはベッドの上で軽く頭を下げた。


「ありがとうございます、先生」


「先生なんて柄じゃないさ。顔を合わせんで済むのが一番いい。……わっはっは」


パトリックの笑いに、空気がさらにほぐれる。


「じゃあ、俺は兵舎に戻る。……また訓練場でな」


レオンが静かに手を上げて出ていく。


「俺も宿舎だ。無理すんなよ」


ファルトも続いて部屋を後にする。


サビアが柔らかく言った。


「ティナが外で待ってるわ。今夜は客間にお食事を用意してあるの」


廊下に出ると、ぴたりと控えていたティナが礼儀正しく頭を下げる。


「ご案内します。夕飯のご準備も整っております」


リオはティナに付き添われ、客間へと向かっていった。


──夜。


食事を終えたリオは、湯を飲みながらティナに尋ねた。


「……あの、素振りできる場所って、ありますか?」


ティナは少し驚いたが、すぐに微笑んだ。


「はい。離れの訓練場の裏手に小さな中庭があります。夜は使われていませんので、ご自由にどうぞ」


「ありがとうございます」


そう言って立ち上がり、サビアに振り返る。


「母さん、ちょっとだけ行ってくるね」


サビアは微笑んでうなずいた。


「ご案内します。木剣もお持ちしますね」


ティナがそっと後に続いた。


中庭に出ると、夜の空気が頬を冷やす。


リオは木剣を受け取り、静かに構えた。


そして──無心で素振りを始める。


風を切る音が、夜の静寂を裂いていく。


(……あのとき、“リカバリー”なんて唱えた覚えはない)


あふれ出た光。勝手に動いた魔力。

癒しの波動と、それに包まれた仲間たちの顔。


(僕の意思じゃない……でも、あれは……)


迷いを振り払うように、もう一振り。


(……あんな形で倒れて、皆に迷惑をかけた。だから……)


何も知らないまま、力だけが暴れるわけにはいかない。


リオは、強くそう思った。


やがて汗がにじみ、息が上がる。


訓練を終えたリオは、木剣を納めてティナに向き直る。


「……おやすみ、ティナ。ありがとう」


「お疲れさまでした。おやすみなさいませ」


ティナに見送られ、客間に戻ると、サビアに「おやすみ」と声をかけた。


窓際に立ち、遠くの街の灯を眺める。


風に揺れるその光を見つめながら──


(少しずつでいい。一歩ずつ、前に進もう)


そう心に決めて、リオは静かにベッドへと身を沈めた。


夜は、まだ長い。


でもその胸には、確かに小さな決意の火が灯っていた。

第16話では、リオが“休暇”というものを初めて意識し、仲間とのつながりや、自身の中にある力への戸惑いと向き合う姿を描きました。

静かな医務室での目覚めと、仲間たちとの温かな会話を通じて、彼の存在が少しずつ周囲に受け入れられ始めていることが伝われば幸いです。


後半の中庭での素振りでは、リオの無意識に発動したリカバリーへの不安と責任感を丁寧に表現しました。この魔法の力が、今後の物語の核となっていくことを匂わせています。


次回からは、騎士団だけでなく魔法兵団や支援兵団(精霊教会)での多面的な訓練が始まります。

剣と魔法、そして仲間たちとの絆が徐々に形になっていく過程をお楽しみいただけましたら幸いです。

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