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第16話 闇に響く音

2025/07/30 魔王側の視点強化と心理描写の深化により、リオの覚醒が“闇”に波紋を広げる構図を鮮明にしました。

 王都の訓練場を、まばゆい光が包んだそのとき──


遥か北方、常闇の大地にそびえる漆黒の城塞。

その最奥、玉座の間には、静かな音が満ちていた。


音の主は、玉座に座す男。

魔王シグリス。


彼は目を閉じたまま、バイオリンの弓を淡々と滑らせていた。


重苦しい瘴気に満たされた空間に、かすかな旋律が漂う。

その音は、どこか哀しく、どこか鋭く──

まるで崩壊した世界の残響をなぞるような旋律だった。


傍らには、一人の男が控えている。

黒衣の参謀、ノリス。

魔王に仕える最古の従者であり、かつてシグリス自身の魔力と瘴気から創られた影。


その姿は皮肉なほど、魔に堕ちる以前の“大精霊だった頃のシグリス”に似ていた。

冷静な瞳、整った輪郭──封印されていた頃の“面影”そのもの。


ノリスは一言も発さず、静かに音に耳を傾けていた。


──だが、次の瞬間。


ピクリと、弓が止まる。


空気が揺れた。

瘴気の流れに、わずかな異変。


「……また、だ」


シグリスが静かに目を開く。

その瞳は、底知れぬ深淵を宿していた。


眼前に浮かび上がる瘴気の水鏡に、淡く揺らぐ白い光。

癒しの力とは似て非なる、濃密な精霊魔力──


「二度目、か。偶然とは思えんな」


バイオリンを静かに置くと、彼は音もなく立ち上がった。


玉座の間の奥、重く閉ざされた扉へと歩み寄る。


その先にあるのは──


歪み揺れる空間。

鎖に縛られ、封じられた精霊の女。


黄金の髪。透き通るような衣。

美しき神性を備えた存在──


大精霊アクウェリナ。


シグリスは扉の前で立ち止まり、囁くように言葉を落とした。


「お前の“希望”が、目覚めたか」


鎖の奥。

アクウェリナは苦悶の表情を浮かべながらも、かすかに唇を動かす。


「……今は小さくとも……いずれ……大きな光になるでしょう」


その声は細く、しかし確かな意志を宿していた。


シグリスは鼻で笑うように息を吐き、肩をすくめる。


「希望を摘みに行けないのが、歯がゆいところだな」


そう言い残し、彼は静かに結界の扉を閉ざした。


直後、控えていたノリスが一歩進み出る。


「……陛下。大精霊の様子は?」


「まだ壊れてはいない。三十年封じているが、芯──“精神核”が残っている限り、しぶとく抗う。実に、厄介な存在だ」


魔王城の結界は、瘴気と霊脈を反転させて精霊力を削る特殊なもの。

それでもアクウェリナの精神核は未だ消えず、意志を繋ぎ続けている。


シグリスはわずかに目を細め、玉座へと戻りながら低く呟いた。


「……そして、“希望”が目を覚ましたようだな」


玉座に腰を下ろすと、シグリスはノリスに問いかける。


「──対処はいかにする?」


ノリスは静かに頷き、淡々と報告する。


「観測された精霊魔力の波動は、ファルメリア王国の王都南部の騎士団訓練場に集中しております。

 外部からの儀式的干渉の形跡はなく、どうやら何者かが高位の光精霊と一時的に強く共鳴したと推測されます」


「ふむ……」


「また前線は現在膠着状態にあり、一進一退の攻防が続いております。

 瘴気の流れは安定しておりますが、王国側の結界術師による霊脈干渉が増加傾向にあり、注意が必要かと」


「……こちらの残存兵力は?」


「正規魔族兵の半数は前線に出たまま。

 親衛部隊は温存中。使えるのは、精鋭の一部と──暗部、そして“例の者”程度です」


「……例の者、か」


シグリスの目が細くなる。


「闇の加護を持つ者。試すには、ちょうどいい」


ノリスは一瞬だけ躊躇したように眉をひそめ──しかし、すぐに頭を下げた。


「……慎重を要する存在ではありますが、陛下のご意志とあらば」


その言葉に、シグリスはわずかに笑みを浮かべた。


「通達と召集をしておけ。……あとは任せる」


「はっ」


ノリスは静かに一礼し、玉座の間から姿を消す。


再び静寂が戻った広間に──


シグリスは、再び弓を取り、音を紡ぎ始めた。


その音は、誰に向けられることもない。

闇の中に、ただ一人きりで奏でられる旋律だった。


それは、闇の王が刻む、孤独な調べ。


そしてその旋律に、未来の戦慄が重なろうとしていた──

今回の話では、物語の視点を王都から一転、魔王シグリスのもとへと移しました。

リオが発した光の魔力が、敵陣営にまで届き、静かに──しかし確実に、世界のバランスを動かし始めたことを描いています。


魔王シグリスは、ただの「敵」ではありません。

彼にも葛藤があり、音楽に心を託すような静けさと、かつての自分を写したノリスとの関係には、どこか哀しみが漂っています。

封印された大精霊アクウェリナの言葉、そしてシグリスの「希望を摘みに行けない」もどかしさ──すべてが、これからの運命を暗示しています。


ここから、再びリオたちの物語に視点が戻りますが、

敵もまた、黙っているわけではありません。


次回、「医務室での目覚め」と「光の意味」にご期待ください。

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