第15話 勝ちたいと思った、その日
2025/07/30 対人戦の緊張感と空間認識の成長、暴発魔法による騒動をテンポ良く強調しました。
「相手は、自分たちで決めろ。ただし、ぐずぐずするな。すぐ動けない奴は、こちらで組ませる」
教官エルバの鋭い声が訓練場に響き渡った。
その直後、ファルト・ヴェイスがすっとリオに木剣を向け、にやりと笑う。
「よーし、リオ。やろうぜ。目の前にいるし、手間が省ける」
目を丸くするリオに構わず、ファルトは軽く肩を回す。
「お、いきなりか。行こうぜ、リオ」
「……はいっ!」
訓練場の中央へと進み出る二人。
木剣を構えて向かい合うと、周囲の訓練生たちの視線が集中した。
「木剣での一対一。無理はするな。ただし──手加減もいらん」
エルバの低く重い一言に、二人は小さくうなずく。
構えは、ともに中段。
「始め!」
鋭く放たれた号令と同時に、訓練場の各所で怒号が上がる。木剣のぶつかり合う音、踏み込みの砂煙、気合いの叫び──
その中で、ファルトが一歩、鋭く踏み込んだ。
速い!
リオは反射的に木剣を上げ、受け止める。
ガンッ!
乾いた衝撃音。腕にしびれるような感覚が走る。
何度か剣を交えるたび、リオは息を整えながら、目線を切らさずに構え直した。
そのとき──
「──相手は、まっすぐだけ動くわけじゃねぇ」
剣を交えながら、ファルトが低く言う。
「横にも動く。この訓練場、全部が“戦いの舞台”だ」
「……!」
「相手の動きだけじゃねえ。間合い、地形、空気。読めてこそ“駒”になれる。頭じゃなく、体で感じろ──リオ!」
リオの目がはっと見開かれる。
(空間ごと……見る……!)
ただ剣筋を追っていた視界が、じわりと広がる。
足さばき。間合いの駆け引き。風の流れ。戦う“場”そのものが生きていた。
(そうか──剣を振るうのは、斬るためじゃない。勝つためなんだ)
斜めに踏み込むファルト。
それに合わせ、リオも意識して動く──“反射”ではなく、“意志”で。
ガンッ!
木剣が真横から交錯する。
「やっと“剣”が動いたな。目じゃなく、体で捉えたか」
「……まだまだ、です」
額に汗がにじみながらも、リオの目からはもう緊張が抜けていた。
見ているのは、ただ“次の一撃”だけ。
「だったら──次は、読み合いだ」
ファルトが間合いを詰める。
リオも応じて構えを変える。
“剣”ではなく、“空間”を読む戦いが始まった。
踏み込み、構え直し、呼吸、読み──
確かに、さっきまでの自分とは違っていた。
だが──
「──まだ甘ぇ!」
ファルトが右へ回り込む。
(しま──)
読みきれなかった。
横から巻き込むような一撃が、リオの腹を打ち抜いた。
「──ぐっ!」
木剣の鈍い音。リオの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「っ……あ、ぐ……っ!」
腹に走る衝撃。声が漏れる。
木剣とはいえ、芯には鉄が通っている。甘い構えは、容赦なく貫かれた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
視界が揺れ、呼吸が乱れる。
けれど。
(これが──“剣”の戦い……)
ファルトがそばに立ち、木剣を肩にかけて言った。
「よく耐えた。見習いの初日としては上出来だ。……だがな、戦場に“甘さ”はない。敵は待っちゃくれねぇ」
リオは、地面に伏せながらも、小さくうなずいた。
「……っ、はい……!」
握った拳が、土を掴んでいた。
痛みと、悔しさと、確かな“気づき”が、胸に残っていた。
(悔しい。……でも……)
(負けたくない)
守るために剣を振ってきた。父の剣、母のため。誰かを守るため。
でも今、リオの中には──
(勝ちたい)
その気持ちが、確かに宿っていた。
「……!」
リオは痛みをこらえながら、上半身を起こす。
ファルトが、目を見開く。
「おい、無理すんな。もう十分──」
「……まだ、やれます」
かすれた声だった。
けれど、その瞳は真っすぐ前を見ていた。
ファルトは一瞬、言葉を失い──そして、笑った。
「いい目になったな、リオ」
二人、再び構えを取る。
「じゃあ──来いよ。今度は本気で受け止めてやる!」
リオが踏み込む。
型を意識し、間合いを見て──左へフェイント!
「はっ!」
木剣を振りかぶり、渾身の一撃──
「甘いっ!!」
ファルトが腰をひねる。かわされ──
「うあっ──!!」
ズシャッ!
転がる砂煙。リオが再び地面に叩きつけられる。
視界が滲む。
でも、もう涙じゃなかった。
(……勝ちたいって思えた。それだけで、前よりずっと──)
「……くっそ……!」
ぐっと腹を押さえて体を起こす。
(まだ動ける……)
そのとき。
(あのとき……母さん達を癒やしたとき……)
「……リカバリー、だっけ?」
ぽつりとつぶやいた瞬間。
リオの手のひらが、淡い光に包まれた。
「えっ、ま、間違えた……!?」
光がリオの腕を包み、あたたかさが広がる。
(うそだろ!? また暴発!?)
「おい、今……魔法、使ったか?」
「ご、ごめんなさい、なんか勝手に……!」
そして──
リオの手からあふれた光が、訓練場全域に広がり始める。
「なっ……!」
「まぶしっ……!」
「これ癒しってレベルじゃねえぞ!?」
「事故だろこれ……!」
「おい、あの光の柱見ろ……!」
まるで祝福のような光の奔流が、訓練場を包む。
その中心で、リオはよろけ──
「……そんなつもりじゃ、なかったのに」
──バタリ。
「リ、リオ!? おい! 誰か! クレリック呼べ!」
こうして。
光の加護を持つ少年の、騎士団見習い初日は──
やはり例に漏れず、医務室送りで幕を閉じたのだった。
今回のエピソードでは、リオが初めて「誰かを守るため」ではなく、「自分の意志で勝ちたい」と思った瞬間を描きました。
相手は、ちょっとお調子者だけど実力は本物な兄貴分・ファルト。彼との対人訓練は、これまでの「素振り」や「魔物との戦い」とは違い、“人”と向き合う経験として、リオにとって大きな意味を持ちます。
そして、やはり起きてしまった光魔法の暴発。
意図していないのに全体を巻き込んでしまう──でも、それすら「力の片鱗」として印象的な事件になったかと思います。
訓練場全体を包む光、そして少年の初日らしく(?)医務室送り。
そんな、ちょっと苦くて熱い一歩を楽しんでいただけたら嬉しいです。




