第14話 素振りの先に
2025/07/30 素振りの積み重ねと5つの構えの習得、そして教官との出会いから対人戦突入までをメリハリ強化しました。
「午後の訓練、始め!」
副団長の鋭い声が、訓練場に響き渡った。
「よし、訓練用の木剣、取りに行くぞ」
昼食を終えて戻ってきたファルトが、リオに声をかける。
「はいっ!」
リオは元気よく返事をした――が、足取りはどこかぎこちない。
(……お腹、重い……)
まるで胃袋に石を詰め込んだような感覚だった。昼食で振る舞われた“初日スペシャル”が、新人への地獄の洗礼として、リオの腹を直撃していたのだ。
ファルトがちらりと横目でリオを見る。
「その様子じゃ、激しく動いたら……王都に新名所が生まれそうだな」
「……頑張ってこらえます……」
必死にこらえる表情を浮かべるリオに、ファルトは吹き出した。
「ははっ、まあ誰でも通る道だよ。俺のときなんか、ぶっ倒れて医務室送りだったからな。いまだに語り草だぜ」
そんな冗談を交わしながら、武具庫で一本の木剣を手に取るリオ。
握った瞬間、わずかに違和感を覚えた。
(父さんの剣とは違う……でも、ちゃんと……慣れないと)
脳裏に浮かぶのは、村の裏山でひとり黙々と素振りを重ねた日々。
誰にも教わらず、ただ父の剣を手に、何百回、何千回と木を相手に剣を振るった。
朝霧の中で振った日も、雪の中で震えながら振った日もある。
誰にも褒められず、誰にも見られず、それでも──振り続けた。
(あのときの積み重ねが、今……)
──教官の姿はまだ見えない。
訓練場の一角で木剣を持つリオの肩を、ファルトがぽんと叩いた。
「今のうちに教えとく。“五つの基本構え”ってのがある。覚えとけよ」
「五つもあるんですか……!」
「あるとも。これ知らずに教官の前でヘンな構えしたら、即・怒号コースだぞ」
ファルトは、構えを一つずつ実演しながら、手取り足取り教えていく。
型一:中段の構え(基本・万能)
ファルトは腰を落とし、木剣をまっすぐ構えた。剣先はリオの喉元を狙っている。
「中段の構え。万能型だ。守ってよし、攻めてよし。迷ったらこれ構えとけ」
「はい!」
型二:下段の構え(カウンター・受け)
今度は剣を下腹の前、斜め下へ構える。
「下段の構え。カウンター向き。相手の動きに合わせて斬り上げたり、受けからの反撃がしやすい」
「構えが低いぶん、相手の動きがよく見えそうです」
「お、いい目してるじゃん」
型三:上段の構え(一撃必殺)
ファルトは木剣を真上に振り上げた。
「上段の構え。渾身の一撃を叩き込む。威力は最強、でも隙も最強」
リオが真似すると、バランスを崩しそうになる。
「重いのは当然。それでも振り下ろす“覚悟”がないと、使えない」
型四:脇構え(突撃・奇襲)
剣を体の横、脇に隠すようにして構える。
「脇構え。突撃や奇襲向き。“一歩目で決める”構えだ」
リオが真似すると、やや前のめりに。
「膝で支えろ。腰のバネで飛び出す感じな」
型五:八双の構え(虚を突く・見せない斬撃)
ファルトは剣を肩の横、やや上段に構えた。剣は斜めに立てられている。
「そして──これが八双の構え。ちょっと癖はあるが、極めれば“意表を突く剣”になる。使いこなせたら、本物だ」
リオは一つひとつの型を復習するように構え直す。動作の意味を体に染み込ませながら、何度も繰り返した。
「……なんとか全部、覚えました」
「動き、悪くないぞ。体の軸もしっかりしてる。……素振りでも続けてたのか?」
「はい。父の剣で、毎日欠かさず……」
ファルトはうなずき、にやりと笑う。
「じゃあ、型稽古でその成果、見せてやれ。胃袋が逆流しない程度にな」
「……まだ言いますか、それ」
笑い合ったその時、訓練場の奥から規律正しい足音が響いた。
──教官が、やって来た。
張り詰めた声が飛ぶ。
「静まれ!」
ざわついていた訓練場が、ぴたりと静まった。
現れたのは、鋭い目をした黒髪の中年男性。腰には本物の鋼の剣を下げている。
「全員、型の訓練を開始する。中段の構えを取れ!」
号令とともに見習いたちが整列し、木剣を構える。
「構え、踏み込み、斬り下ろし、戻し──一連の流れを繰り返せ。乱れたらやり直しだ」
教官は隊列の間をゆっくりと歩き、目を光らせながら一人ひとりを見て回る。
やがて、リオの動きに目を留めたその男が、すっと歩み寄ってきた。
「お前が……今日から見習いに入った、リオか」
鋭い声に、リオは動きを止め、木剣を引いて直立する。
「はい! リオ=ルナリスと申します!」
教官はしばらくリオを見つめてから、静かに口を開いた。
「……ルナリス、か。お前の父の名は──ラスか?」
「……はい! ご存じですか?」
「ふ……そうか。お前の父ラスにも、剣を教えたことがある。少し、昔を思い出すな」
リオの胸に、熱いものが込み上げた。
(父に……剣を教えた教官……)
「私は、王国剣兵科、剣と盾の扱いを教える指導担当──エルバ・グレンだ」
「ここで教えるのは、“生き延びる”ための剣術と盾捌きだ。筋がいいだけじゃ通じん。戦場は、甘くない」
「はい!」
「だが──見よう見まねでここまで動けるのは、元の体の使い方が良い証拠でもある。お前の素振りは、無駄ではなかった」
エルバは一歩近づき、リオの剣の角度を軽く指先で直した。
「この型を、徹底的に身体に染み込ませろ。構えるたび、踏み込むたび、息を吐くたびに、自然と剣が動くようになるまでだ」
「……はい!」
リオは、今までになく真っすぐな声で返した。
「よし。戻れ。続けろ」
その背を見送りながら、リオはゆっくりと構え直す。
次の一振りには、ほんのわずかだが、“型らしさ”が宿っていた。
エルバの言葉が、訓練場に静かに響く。
「そこに行くまでは──鍛錬あるのみだ」
リオは肩で息をしながら、木剣を握り直した。
腕は棒のように重く、足もふらついている。
──だがその時。
エルバが一歩前へ出て、鋭く言い放った。
「……とはいえ、この程度で訓練が終わると思うな」
場の空気が凍りつく。
「型を覚えるのは、“戦うため”の前段階にすぎん」
「本当に必要なのは──“相手を前にした時に動けるかどうか”だ」
ざわり、と兵士たちが反応する。
「──次は、対人戦だ」
その一言が、訓練場の空気を一変させた。
「剣を構え、相手と向かい合い、動く。そこでお前たちの“癖”も“未熟さ”もすべてが暴かれる。ごまかしはきかん」
「だからやる。ここで、叩き直す」
リオの心臓が、高鳴る。
少年にとって、初めての実戦形式の訓練が──いま、始まろうとしていた。
2025/06/29 挿絵を追加しました。
第13話「午後の訓練」、最後までお読みいただきありがとうございました!
今回は、リオが初めて騎士団の訓練に本格的に参加し、彼の努力や素振りの成果が少しずつ認められ始める回でした。特に、父ラスの名が教官エルバの口から出た瞬間、リオにとっては大きな意味を持つ出来事だったと思います。
そして次回はいよいよ、対人訓練――初めて“誰か”と剣を交える瞬間がやってきます。
剣を振るうことの意味、そしてそれに伴う恐れと覚悟が、少しずつリオの中に形を成していくはずです。
引き続き、応援よろしくお願いします!




