表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/54

第13話 騎士団食堂の洗礼

2025/07/29 会話のテンポと地の文の流れを調整し、読みやすさを改善しました。

 午前の訓練を終えたリオとファルトは、額の汗をぬぐいながら食堂へ向かって歩いていた。


 食堂は訓練場に隣接する兵舎の一角にあり、同じ建物には宿舎、会議室、資料室、そして騎士団長の執務室まで並んでいた。まさに、騎士団の心臓部と言える場所だ。


 陽が高くなり、石畳に明るい光と影が落ちる頃。通路には、同じく訓練を終えた団員たちが長蛇の列を作っていた。


「……すごい人数ですね」


「昼どきはいつもこんな感じさ。騎士団、魔法兵団、城の職員まで、みんな押し寄せるからね。時間差も焼け石に水ってやつ」


 人の波に目を見張るリオ。

「これが“日常”なんですね」とぽつりと呟く声に、まだ緊張の色が残っていた。


 食堂の扉をくぐると、熱気と香ばしい匂いに包まれた。


 長テーブルが並び、甲冑の金属音、笑い声、煮込み料理の香りが混じり合い、まるで騎士たちの「戦場後の安息所」のような空間だった。


「行こう。列がうねってるけど……あれでもちゃんと順番通りなんだよ。たぶん」


 ファルトの言葉に促され、リオは列の最後尾に並んだ。


 そのとき――


「アンタたちの列、ミミズか何か? しゃきっとまっすぐ並びな!」


 カウンター奥から、空気を震わせるような声が飛んできた。


 列にいた団員たちが、まるで魔法でもかけられたかのように一斉に背筋を伸ばし、列がピシッと整列した。


「すご……」と呟くリオに、ファルトが耳打ちする。


「あの人がこの食堂のボス、マリアさん。元は炊き出し部隊の伝説らしいよ。三日三晩、鍋を振り続けてたとか」


「伝説……」


「“はらぺこには大精霊、残したら地獄行き”ってのが、この食堂の金言なんだ」


「……じょ、冗談ですよね?」


 その瞬間だった。


「聞こえてんぞ、そこの焚火頭! 飯がいらないってことかい?」


「ち、ちがいますってマリアさん! 超空腹です!」


「ならいいんだよ。変なこと吹き込むなって話だよ。新入りがかわいそうだろ?」


 配膳台に立つマリアは、大柄な体格に三角巾と白いエプロンという出で立ち。

 その目は厳しくも、どこか母のように温かかった。


 いよいよリオの番。


 豪快な手さばきで、煮込んだ豚肉が山盛りに盛られ、パンが見えなくなるほど野菜と肉で覆われる。


 ジュウ……と湯気が立ちのぼり、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


 ……だが、リオの顔は青ざめていた。


「……普段だったら、うれしかったと思います。けど、今は……」


 ファルトが肩をすくめる。


「それ、初日スペシャルってやつ。完食しないと……地獄」


 空いていた隅の席に滑り込み、リオは“山”を前に絶望していた。


 周囲の騎士団員たちはすでに気づいており、笑いとともにエールが飛ぶ。


「今日の新人、マリア直々の“洗礼”だぞ」


「残すなよー! 後がこえぇからな!」


 さらに近くの席の魔法兵らしき少女が、リオの皿をちらりと見て――

 口元を押さえて、くすくすと笑った。黒と紫のローブの袖がゆれ、耳元では小さな魔石がきらりと光る。


 リオは皿に向き直り、スプーンを握りしめた。


「……残したら地獄」


 何度も心の中で唱えるように、深く息を吸い込む。


「……僕はいま、はらぺこだ」


 そうでも言わなければ、この山を登る勇気が出なかった。


 途中、ファルトがさりげなく一切れ肉を取ってくれる。


「……ちょっと、もらうか」


 無言で、でも自然に。

 その手助けに救われたリオは、少しずつ、少しずつ、皿を攻略していった。


 そして――


 休憩時間が終わる数分前。

 リオは最後のひと口を、なんとか飲み込んだ。


 フラフラと立ち上がり、配膳口へと向かう。


「……ごちそうさまでした……」


 器を受け取ったマリアは、リオの顔をじっと見つめたあと――


 にかっと笑った。


「あんた、根性あるじゃないか。いい度胸だよ」


 その声には、からかいと、期待の両方が含まれていた。


 ふらふらと訓練場へ戻るリオを見て、団員たちがどっと笑う。


「なんだその腹! 誰と戦ってきたんだよ!」


「顔、死んでるって!」


 リオは真っ赤になりながらも、どこか笑顔で呟く。


「……もう、どうにでもなれ……」


 午後の日差しはじりじりと訓練場を照らしていた。


 だが春の空気はどこか柔らかく、風は心地よい。


 リオは剣を手に取る。その中に、ほんの少しだけ楽しみの気配があった。


 騎士団での初日。


 それはきっと、悪くないスタートだった。

今回は、リオにとって忘れられない“初めての昼食”――騎士団食堂の洗礼をお届けしました。


書いている本人も、マリアさんのテンションに引っ張られて思わず笑いながら執筆してしまいましたが(笑)、

どんな組織にもある“新人いじり”や“文化の壁”といったものを、温かい視点で描けたのではないかと思います。


ごはんは本来ありがたいもの。でも時には、それが試練にもなる。

リオの「僕はいま、はらぺこだ」という自己暗示には、たぶん誰もが一度は共感したことがあるはずです。


次回は午後の訓練。果たして、はちきれそうなお腹で動けるのか……?

そして、騎士団としての一歩を本格的に踏み出すリオの姿をお楽しみに。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ