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第11話 訓練の朝

2025/07/24 表現の微修正をしました。

第11話 訓練の朝

 東の空が、わずかに白み始めた頃――。


 まだ王都が目を覚ますには早すぎる時刻。リオは静かに目を開けた。張り詰めた意識のまま眠っていたのだろう。窓から差し込む淡い光が、石造りの部屋の壁に金色の筋を描いている。


「……朝、か」


 ゆっくりと身を起こし、リオは深く息をついた。慣れないベッドだったが、昨夜はすぐに眠りにつけた気がする。いや、きっと疲れていたのだ。


「……リオ? もう起きたの?」


 向かいのベッドから、母・サビアの優しい声がした。まどろみの中で目を開け、微笑んでいる。


「うん。なんか、気が張ってたのかも」


「ふふ、真面目なのはいいことよ。でも、無理はしないでね。今日から訓練が始まるんでしょう?」


 その言葉に、リオは静かに、けれど力強く頷いた。


「うん……頑張る。ちゃんと、認めてもらえるように」


 その瞳には、緊張と決意が宿っていた。


 ほどなくして、コンコン、と丁寧なノックの音が部屋に響いた。


「おはようございます、リオ様、サビア様。朝食をお持ちしました」


 現れたのは、昨日と同じ若いメイド――ティナだった。彼女は手際よく朝食をテーブルに並べると、続けて整えられた衣服を差し出す。


「こちら、本日ご着用いただくお召し物です。リオ様には、訓練用の軽装皮鎧をご用意しております」


「ありがとうございます」


 リオが礼を言うと、ティナは微笑み、静かに続けた。


「本日のご予定ですが、リオ様にはこの後、私が訓練場までご案内いたします。サビア様には、王都での生活についての打ち合わせがございます。担当者がこちらへ伺いますので、ご対応をお願いいたします」


「はい。よろしくお願いしますね」


 サビアが柔らかく返すと、ティナは深く一礼して部屋を後にした。


 テーブルを前に、リオと母は手を合わせて朝の祈りを捧げる。


「いただきます」


 焼き立てのパンに、溶けたバターの香り。ふわりとしたオムレツも添えられていた。晩餐に比べれば質素だが、だからこそ素材の味が引き立つ。リオは静かに食べ進めながら、何度かフォークを置いて深呼吸をしていた。


 食事を終えると、リオは訓練用の皮鎧に着替えた。肩と胸を覆うその装備は新品の匂いがし、歩くたびに革がきしむ。


「……行ってきます、母さん」


「ええ。気をつけてね。無理はしないこと」


 その言葉を背に、リオは扉の前に立つティナの元へと向かった。


 今日から、新しい日々が始まる――。



 城の裏庭を抜け、その奥へ進むと、広大な訓練場が広がっていた。


 まるで庭園のように整備されたその空間は、戦のために在るにもかかわらず、どこか整然とした美しさを帯びている。踏みしめる足元の砂は均され、石畳の通路が周囲を囲んでいた。小さな訓練都市のような印象すらある。


 それぞれの役割を担う者たちが、黙々と朝の準備を進めていた。


 リオが足を踏み入れた瞬間、ざわりと空気が変わった。


 剣を振っていた兵士が動きを止め、槍を構えていた者が眉をひそめる。話していた兵たちも言葉を飲み込み、一斉に視線がリオへと集まった。


(……誰だ?)


 明らかに年若い少年の登場に、周囲は困惑していた。緊張が肌を刺すように伝わってくる。


 それでも、リオは臆せず前へ出て、レオンに向かって一礼した。


「おはようございます!」


 その様子を見届けて、ティナが小さく会釈する。


「それでは、私はこれで。リオ様、頑張ってくださいね」


 そう言い残し、彼女は静かに踵を返して立ち去った。


 レオンの隣には、もう一人の男が立っていた。


 短く刈られた黒髪、ちょび髭をたくわえ、鋼の鎧に身を包んだその男は、どこか親しみやすい雰囲気を漂わせていた。


「紹介しよう。こちらは副長のカイル・バセックだ。俺の右腕で、各兵科の指導も一部任せてる」


「よろしくな、リオくん。最初はきついかもしれないが、安心してついてきてくれ」


 カイルの笑顔に、リオも自然と緊張が和らぎ、深く頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


「よし、じゃあカイル。みんなを集めてくれ」


 カイルは訓練場の中央へ歩を進め、澄んだ声で呼びかけた。


「全員、集まれー! 団長からの話がある。整列して傾聴せよ!」


 その一声で、場内は一変した。


 散らばっていた騎士たちが驚くほど迅速に動き、中央に集まり、列を成して整列する。無駄のないその動きに、リオは思わず背筋を正した。


 レオンが一歩前へ出て、声を張る。


「もう噂で耳にした者もいるだろうが、正式に伝えておく。……口外は禁止だが、まぁすぐに知れ渡るだろうな」


 隊員たちの視線がレオンへと集まる。


「俺の隣に立っているのは――精霊教会の啓示により、大精霊の導きを受けて現れた少年、リオだ」


 どよめきが起きかけた。


「……おとぎ話じゃなかったのかよ」


 小さな声が漏れた瞬間、カイルが一歩前へ出て、一喝した。


「――静粛に」


 その一言で、場は再び凍りつくように静まり返る。


 レオンは続けた。


「リオは今日からここで訓練を受ける。やがて魔王討伐の任に就くことになるだろう。だが今は見習いとして、お前たちと同じく、汗を流してもらう」


 少し間を置いて、口元に笑みを浮かべる。


「久しぶりの新人だ。いろんな意味で……かわいがってやれ」


 抑えきれない笑いが一部から漏れ、場に柔らかな空気が戻る。


「扱いは平等だ。特別視する必要はない。リオ自身もそれを望んでいる。だから、いつも通りに接してやってくれ」


 リオは小さく頷いた。


 レオンが顎で示す。


「リオ、お前からも挨拶しておけ」


 一瞬だけ躊躇ったが、リオは一歩前へ出て、背筋を伸ばした。


「え、えっと……リオです。今日から訓練に参加します」


 声が少し震えている。それでも、真剣に言葉を続けた。


「毎日素振りはしてました。でも、訓練は初めてで……。よ、よろしくお願いします!」


 その姿に、どこかでふっと息が漏れる。嘲笑ではない。あたたかさを含んだ空気。


 ぱち、ぱち、と拍手が起き、それが訓練場全体へと広がっていった。


 強張っていたリオの表情が、ほんの少し緩む。


 その拍手は、歓迎と期待――仲間として迎える証だった。


「よし、それじゃあ……剣兵長、前へ」


 レオンの号令に応じ、一人の屈強な男が列から歩み出る。


「リオには、まず剣術から始めてもらう。訓練相手も、年の近いやつを頼む」


 剣兵長は無言で頷き、リオに視線を向ける。その瞳には、試すような鋭さと、教官としての責任が宿っていた。


「――解散!」


 レオンの短い号令が響き、兵士たちはそれぞれの持ち場へと戻っていく。ちらりちらりと、リオへ視線を向けながら。


 王都の朝。新たな一歩が、確かに刻まれた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


今回はリオがついに王都の騎士団訓練場へと足を踏み入れるお話でした。

見知らぬ土地、見知らぬ人々、そして「特別」な存在としての立場。

それでもリオは、ただ一人の少年として、緊張しながらもまっすぐに挨拶をしました。


彼の言葉に拍手が返ってくる場面は、書いていて私自身も少し胸が温かくなりました。

これから登場する仲間たちとの関係も、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです。


次回はいよいよ本格的な訓練が始まります。剣を手にしたリオは、どんな一歩を踏み出すのか――。

それでは、また次の話でお会いしましょう!

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