第9話 光の導き手、王の前に
第9話 光の導き手、王の前に
城門の前で入場手続きが終わると、一行は馬車を降りた。
馬車は門番のひとりが厩舎へと引いていき、残された門番の中から、年若いながらも威厳を漂わせた男が一歩前に出る。顔には淡い傷跡が残り、きりりと引き締まった表情をしていた。
「こちらへ。王城内をご案内いたします」
控えめながらも凛とした声が響き、王城の重厚な石造りの回廊へと歩を進めていく。
その後をリオたちは静かに従った。やがて辿り着いたのは、荘厳な扉の前。宰相セオドールが姿を現し、一礼して口を開いた。
「陛下の前に進むのは、リオ様とご母堂のみ。他の方々は、こちらでお待ちください」
エルノ、ヴァルト、オルドは静かに頷き、それぞれ控えの間へと移動していく。
重厚な扉が、軋むような音とともに開かれた。
王城最奥の謁見の間――その空間は、高窓から差し込む光と、大理石の床の静謐な輝きに包まれていた。空気そのものが張り詰めており、踏み出す一歩ごとに胸の奥が波立つ。
絨毯の先、玉座の上に座すのは、白銀の髭を蓄えた威厳ある老王だった。鋭い眼差しの奥に、年輪のごとき深みと静かな炎が宿っている。
「我が名は、フェルメリア=ディアルシア一世。この王国の主である」
その声音には、王としての誇りと覚悟が込められていた。
「光の導き手……その加護を持つ者が、ついに現れたか」
玉座からわずかに身を乗り出し、王は続けた。
「そなたの名は、リオ=ルナリスで間違いないか?」
その言葉は問いであり、確認であり、祈りにも似た響きを帯びていた。
リオはぎこちなく頭を下げながら、謁見の間に満ちる空気に飲まれまいと必死に立っていた。名を問われたことに戸惑い、目を泳がせるようにあたりを見回す。
それを見かねたように、宰相セオドールが一歩進み、静かに促した。
「リオ様、ご返答を」
「は、はい……そうです」
リオは小さく俯きながらも、しっかりと答えた。
(……これが、王様……フェルメリア=ディアルシア一世、か)
王の隣には、穏やかだが鋭さを秘めた宰相セオドール、そして屈強な体躯の騎士団長レオン=フェルノートが控えている。さらに、その後方には式部官や高官たちが列席しており、場の空気をさらに重厚なものとしていた。
「顔を上げよ。リオ=ルナリス、そしてサビア殿。このたびは遥々、王都までの旅、労であった」
王は声を落としながらも、深い敬意とねぎらいの言葉を投げかけた。
「……ルナリス、と名乗ったか」
呟くように言ったその名を、王はしばし味わうように口にした。
「十五年前。南部の辺境にて、最前線へと向かう部隊を率いた男がいた。勇敢で、統率に優れ、兵士長として王国を支えてくれた――その男の名も、ルナリスだった。……そなたの父だろう」
リオが何かを言おうとした、その瞬間。
「し、失礼いたします!」
場の空気を裂くように、駆け込んできた男があった。神官の装束を纏い、額に汗を浮かべ、肩で息をしながら深く頭を下げる。
「遅れてしまい、申し訳ございません。神殿より参りました、大神官セレオスでございます」
王は眉をわずかに上げたが、すぐに微笑みを浮かべる。
「よい、セレオス。間に合っただけで十分だ」
そう言い、王は手を軽く上げて彼を招く。
「この少年がリオ=ルナリス。大精霊の導きのもと、ここに現れた光の加護を持つ者だ。その真実を、そなたの目で確かめてほしい」
セレオスは神妙に頷くと、懐から銀のタリスマンを取り出した。精霊の加護を識別するために神殿が保有する儀式具であり、魔法とは異なる術式によってその存在を浮かび上がらせる。
「リオ様、失礼いたします。識別の術式を用い、加護の波動を探ります」
リオが戸惑いながらも頷くと、セレオスはタリスマンをかざした。
瞬間――
空気がわずかに震え、タリスマンの銀面に神聖な紋様が淡く浮かび上がる。室内の光がそれに反射し、まるで本物の光が宿ったようにさえ見えた。
「……これは……」
セレオスの目が大きく見開かれる。
「間違いありません。かの大精霊に連なる純粋な加護の波動……しかも、極めて鮮明です」
王は静かに頷いた。
「やはり、そうか」
セレオスは続けた。
「レベルは1、ですが、光属性への適性はS、水属性はAと判定されました。そして何より……この反応。大精霊様の加護が、はっきりと顕現しています」
その報告に、王城に集う者たちの間に、わずかなざわめきが走る。
セオドールの眼鏡が光を受けてきらめき、彼は低く呟いた。
「……神話時代の、あの英雄と……同じとは」
フェルメリア王は、ゆっくりと背もたれに体を預け、深く息を吐く。
「突然のこととは思うが……どうか、聞いてほしい」
その声音は、王としてではなく、一人の人間としての願いを滲ませていた。
「混沌に沈みゆくこの世界を、光のもとへ導ける者がいるとすれば――それは、そなた以外にいないのではないかと。我は、そう思っている」
(……僕が、導く? いったいどうやって? 本当に……そんなことが……)
リオは答えられなかった。ただ、胸の奥で何かが静かに灯った。
それはまだ、頼りなく、小さな光だった。
それでも、消える気はしなかった。
世界は、静かに変わり始めていた。
光を持たぬ夜の中に、一人の少年が、小さな灯を掲げて立った。
──第1章 完。
2025/07/17 一部追加、修正しました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回の第9話では、ついにリオが王と対面し、物語が大きく動き始めました。これまでの旅路の果てに待ち受けていたのは、ただの謁見ではなく、彼の過去と未来、そして「使命」の端緒とも言える瞬間です。
王や宰相、神官といった新たな登場人物たちが、リオの存在にどのような意味を見出していくのか。さらには、父の記憶、加護の真実、そして光と闇の均衡が、次第に浮き彫りになっていく予定です。
物語としては、ここで第1章「王国への道」が完結となります。次回からは第2章「王国修行編」。リオが王都での新たな仲間たちと出会い、騎士見習いとしての訓練、任務、そして成長の物語が描かれていきます。
これからも応援よろしくお願いします!




