第0話 プロローグ
2025/07/19 言い回しなど微修正しました。
2025/07/24 文章のリズムや語感を調整し、世界の始まりの雰囲気をより濃く描いています。
それは三十年前──
世界がまだ、かろうじて安寧を保っていた時代のことだった。
大精霊の恩寵により、人々は自然と調和し、ささやかながらも日々を謳歌していた。
人類が人類同士で争っていた、最後の時代。
小競り合いはあれど、それは局地的であり、大戦には至っていなかった。
──だがその安寧は、音もなく崩れ去る。
北の果て、凍てついた氷原の奥深く。
永久に封じられていたはずの封印が、軋むような音を立てて崩壊した。
その瞬間、大精霊の恩寵もまた、地上から失われた。
天候は乱れ、作物は枯れ、精霊の気配は掻き消えた。
世界は静かに、だが確実に崩れ始めていった。
大地は震え、天は唸り、そして──
瘴気が、あふれ出した。
その奔流とともに、地の底から黒き巨城が姿を現し、空へと浮かび上がっていく。
まるで、封印が解ける時を待ち続けていたかのように。
その城は、禍々しく、誇らしげに天を睥睨していた。
「……我が名は、シグリス」
その声は瘴気を揺らし、大気を震わせ、世界の空を満たしていく。
その姿は魔力により全世界へと投影された。
誰もが目にした──村でも、王宮でも、遥か大陸の果てでも。
そして、彼の背後にもうひとつの映像が浮かぶ。
それは──大精霊アクウェリナ。
精霊教会の神殿で像として祀られていた、白銀の髪を持つ神聖な存在。
そのアクウェリナが、無数の鎖と呪符に縛られ、宙に磔にされていた。
その光景に、世界は言葉を失った。
「我は魔を統べる者、魔王シグリスである」
「大精霊の恩恵を受けし人類よ、聞け──」
シグリスの瞳が虚空を睨む。
「我は貴様らに、宣戦を布告する」
「大精霊アクウェリナは、もはやお前たちの手の届かぬ場所に封じられた。
おそれおののけ。光なき時代の、始まりだ」
──その姿は、影そのものだった。
青白い肌、冴えた銀髪、漆黒の角。
細身ながら二メートル近い体躯に、大地を圧するほどの気配が宿る。
その瞳は闇の底をたたえながらも、かつて“光”を知っていた者の残響をわずかに滲ませていた。
彼は──大精霊アクウェリナによって封じられた、古の存在。
だが、今や伝承の彼方に消え、真実を知る者は誰もいなかった。
そして今、その封印が破られた。
瘴気に呑まれた北の獣たちは狂い、魔物へと変じ、人の地を襲い始める。
王国、そして周辺諸国は急ぎ同盟を結び、侵攻に対抗した。
それでもなお、北の国々は次々と陥落し、地図から消えていった。
──それから十五年。
終わりの見えぬ戦いが続いた。
だが、人類はまだ屈していなかった。
封じられた大精霊アクウェリナもまた、わずかに残る力で抗い続けていた。
瘴気の侵食を遅らせ、祈りに応え、そして──
「託すべき者」を、待ち続けていたのだ。
──そして今。
玉座にて静かに瞑想していたシグリスの視界に、ふと何かが閃く。
「……まだ、光は絶えていないと? アクウェリナ……貴様の託した“希望”とやらが、また我に牙を剥くと?」
その頃──南の果て、豊かな水に恵まれた小さな村・ルナリスにて。
ひとりの赤子が、産声を上げていた。
その胸元には、誰にも気づかれぬ淡い光が、一瞬だけ灯る。
それは、アクウェリナが残された最後の力を託した、“光の加護”の証だった。
「……残された時の中で、あなたを見つけられたのは……幸いでした」
光の精霊たちの囁く声が、赤子をやさしく包み込む。
「この力をもって……世界を、救ってください──」
こうして、希望は静かに芽吹いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この「エピソード0」は、本作の世界の始まりを描いたプロローグとして執筆しました。
少しでも物語の導入として楽しんでいただけたなら嬉しいです。
2025/6/28 時系列を修正、挿絵を追加しました。
また本作は、構成や文章の整理の一部にAI(ChatGPT)を活用しつつ、物語全体の構想・設定は筆者の手で丁寧に編み上げております。
読みやすさやテンポを整えるため、技術の力も借りながら、皆さまに届く物語を目指して創作を進めています。
今後も「勇者とは呼ばれずとも──封じられし精霊と少年の物語」をよろしくお願いいたします。
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