【マシュマロ風短編小説】幸せになる義務
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みなさん、こんにちは。
私は、登録者1万人前後の個人勢女VTuberです。
今回は私が体験した話を、戒めとしてここに書き記します。
少し前のことです。当時私には、付き合ってもうすぐ1年になる彼氏がいました。彼とは昔からの腐れ縁、いわゆる幼馴染というやつでした。(以降、彼のことは「幼馴染」と呼称します)
幼馴染は、優しくて、気が利いて、なんでも言い合える、そんな彼氏でした。私がVTuberになると言った時も、彼自身はあまりVTuberを知らないようでしたが、出来ることから健気にサポートしてくれました。
当時、私はデビューして2ヶ月程の新参者。ある配信がバズって、いっきに登録者と同接が増え、ウキウキになっていました。はっきりいって、だいぶ浮かれてました。
そんな時、複数人のVTuberさんとコラボする機会があり、そこに私もお呼ばれしました。色んな人と仲良くなるチャンス!と思い参加しましたが、それが全てのはじまりでした。
コラボ参加者のVTuberの1人に、登録者10万人近い男性VTuberがいました。その人の声を聞いた時、私は心臓が跳ね上がりました。心拍数がいっきに上がるのを感じました。(以降、彼のことはV彼と呼称します)
その声は、私にとって最高の声でした。V彼の声を聞いている間、ずっと耳が幸せでした。
私はその人の声がもっと聞きたくて、裏で猛アタックをしかけました。V彼も気を良くしたのか、個チャに応じてくれたり、個別コラボもしれくれたり。そしてついには、オフで会う約束まで取り付けました。この辺りから、だいぶおかしかったと思います。
オフで会って、V彼への熱はさらに増しました。声だけでなく、顔もそこそこタイプ。行動もイケメンだし、いうことなし。
そして私は、禁忌を犯しました。パニックを起こしたのか、頭がおかしくなったのか……私は、V彼に告白してしまいました。本当に馬鹿だったと思います。
V彼は少し戸惑っていましたが、いい顔といい声で「よろしくお願いします」と言っていました。こうして私は、二股をしてしまったのです。
その日はそのまま解散し、V彼とはメッセージアプリでやりとりしていました、帰りの電車の中、V彼からのメッセージで嬉しくなっていた私を、現実に引き戻したのは、メッセージアプリからの通知でした。
そこには、幼馴染のアイコンが。私は一気に現実へ引き戻されました。それと同時に、形容しがたい罪悪感に苛まれました。自業自得ですよね。
でもその時は結局、バレなければいいという考えに落ち着きました。落ち着いて、しまいました。
それからは幸せな日々が続きました。朝からV彼とメッセージのやり取りをし、夜には電話で小一時間話す。幼馴染が自分から私の部屋に入ってくることは無いので、バレる心配もありませんでした。
V彼と付き合い始めて1週間が経った頃、幼馴染から連絡が。内容は「明日話したいことがあるから、デートしよう」とのことでした。正直、私はあまり乗り気ではありませんでした。
私の気持ちは既に、V彼側に傾いており、なんなら幼馴染の存在が少し鬱陶しいとさえ思い始めていたためです。
しかし、私はOKを出しました。V彼に傾いているとはいえ、まだ幼馴染が好きという心も、私の中に確かにあったためです。
次の日の朝、V彼に今日は電話できないことを告げ、私は幼馴染とデートをしました。彼なりに色々考えたプランだったのでしょう、その時は純粋に楽しんでいました。
そして、ライトアップが綺麗な噴水の前で……幼馴染は、私に求婚を申し込んできました。高いであろう婚約指輪を手に、告白してきたのです。
断らなくては、と思いました。V彼のこともあり、幼馴染と結婚する考えは、私にはなかった、のですが……何故か私の口から出た言葉は、「少し、考えさせて」という言葉でした。
彼は一瞬くらい表情になりながら、でもすぐに笑顔で「うん」と言いました。私は心が痛みました。なぜキッパリと断らなかったのか……否、断れなかったのか。
私たちは駅で別れ、それぞれ帰路に着きました。電車の中でV彼を見てみると、配信中のようでした。邪魔してはいけないと、私は配信を見ませんでした。
その日、私の幸せは崩れることになりました。きっかけは、V彼の配信です。V彼は飲酒配信をしており、酔った勢いで言ってしまったのです。私と付き合っているということを。
私は配信を見ていなかったため、SNSでV彼が炎上していることを知りました。私のSNSも荒れていたため、何が起きたのかと調べてみたところ、それが発覚しました。
この件で、私とV彼は大炎上。少しの間、配信をお休みすることになりました。
突然の事で、怒る気にもなれず。V彼から謝罪がありましたが、空返事になってしまいました。
途方に暮れていたある日、幼馴染から連絡が。「会って話したいことがある」とのことでした。私はこの文で、私が二股していたことがバレ、別れようと言われるのだとわかりました。
VTuber業界に疎いとはいえ、VTuberとしてのガワも名前も知られている状況。目に入らない方がおかしいのです。そしてこのタイミングですから、すぐに気が付きました。
正直なところ、会いたくありませんでした。別れようと言われるのは間違いないし、傷つくのはわかってるから。でも、これも馬鹿なことをした私への天罰なのだと、甘んじて受け入れることにしたのです。
数日後、幼馴染と久しぶりのデートの日。待ち合わせ場所に着くと、既に幼馴染がいました。
「よっ」なんて、軽く返事をする幼馴染。私は力なく「……うん」と返事することしか出来ませんでした。
「……とりあえず、行こっか。」
そういって、歩き出す幼馴染。どこへ行くのかと問うと、幼馴染は無言でカラオケ屋を指さしました。
幼馴染がカラオケに行こうと言うなんて……と、私は驚愕してしまいました。今まで一度も、幼馴染の口から「カラオケに行こう」という言葉は聞いたこと無かったからです。
戸惑いましたが、幼馴染が「2人きりになれるし、聞かれる心配もないから、ちゃんと話が出来る」と言っていたため、了承しました。
部屋に入るなり、私にマイクを手渡す幼馴染。「久しぶりに君の歌が聞きたい」とのリクエストでした。私はまた若干戸惑いながら、先輩VTuberの曲を入れました。
幼馴染はとても喜んでいました。「昔から上手かったけど、さらに磨きがかかったね」と。自慢じゃないですが、私、声はいいほうなんですよ。
すっかり気を良くした私は、今度は幼馴染にマイクを渡しました。「私に歌わせたんだから、さぞかし上手い歌を聞かせてくれるんでしょうね?」なんてことを言いながら。
幼馴染は優しく微笑み、マイクを受け取りました。パネルを操作し、曲が予約されます。
その曲名を見た途端、私は目を見開きました。動悸が止まりませんでした。
幼馴染が入れた曲は、いわゆる失恋ソング。自分から離れていく彼女を歌ったものです。ですが、それに驚いたのではありません。驚いたのは、その曲が……
私のV彼が歌っている曲だったからです。
なぜ、この曲を知っているのか。なぜ、私に向かってこの曲を歌っているのか。頭が真っ白になる感覚でした。
口をパクパクさせているうちに、彼は歌い終わってしまいました。何を言えばいいのかと固まっていると、幼馴染が口を開きました。
「この曲、俺好きなんだ。君、彼と付き合ってるんだろう?」
私は俯き、ただ頷きました。
「……そっか」
彼の言葉が、心臓に突き刺さります。VTuberをあまり知らない彼が、V彼を知っていたという事実。冷や汗が止まりませんでした。
これはあとから分かったことですが、どうならV彼はVTuberになる前、生主として配信をしていたようです。幼馴染は、生主時代からV彼を見ていたようでした。つまり、幼馴染はV彼の古参ファンだったのです。
「……こっちむいて、頭を上げてよ」
そんな幼馴染の言葉。どんな顔をして幼馴染を見れば良いのでしょうか。私はその場から逃げ出したかったのですが、どうすることも出来ず、ゆっくりと顔を上げ、幼馴染の顔を見ました。
……幼馴染は、笑っていました。笑いながら、泣いていました。
「あの人なら、君を託せる。誰より信頼できるし、君を幸せにしてくれる。だから、別れよう。そして、僕のことは忘れてくれ。」
涙混じりの声が、カラオケボックスに響きました。
こうして私と幼馴染は、彼氏彼女の関係ではなくなり、お互いに連絡を取ることも無くなりました。
V彼にも連絡する気力が出ません。どうしてこうなってしまったんでしょうか。なんて……本当はわかってます。全て、私の傲慢が生んだ必然なんですから。
心の整理が出来たら、また来ます。
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みなさん、こんにちは。
あれから進展があったので、ここに吐き出します。まだ全然心の整理ができてませんので、駄文長文失礼します。
幼馴染と別れてから、私は酷い生活を送っていました。配信復帰したはいいものの、炎上中の身のため、配信をすればアンチコメで溢れる毎日。V彼も苦しんでいました。
V彼とは何度も喧嘩をし、言い争いも絶えませんでした。もう、恋心も冷めてきていました。
流れが変わったのは、炎上から半月ほど経った頃。V彼の態度が豹変しました。なんというか、私のことをとても気遣うようになり、今まで以上に優しくなりました。数日前まで怒鳴り散らしていたのに、気持ち悪いほどの変わりようでした。
何かあったのかと聞いても、答えてはくれませんでした。浮気でもしてるのかと思いましたが、カマをかけても何も出ませんでした。
反応がおかしかった最たる例は、私が別れ話をしだした時です。いい加減この関係を辞めようと、別れ話を切り出したのですが、V彼は途中で話を切り「言っておくけど、絶対に別れる気は無いからね。」と言い出したのです。
そんなの横暴だ、と反論しようとしたものの、V彼は「別れないよ、絶対に。君が俺の事を嫌おうとするのは勝手だけど、それでも別れないから。」という始末。私は呆れてしまいました。
こんなことを言い出すなんて、なんて酷い人なのだろうと思いました。これは直接話さなければ解決しないと、V彼をデートに誘いました。
デート場所はカラオケ。奇しくも、あの時別れ話をしたカラオケ屋と同じ、しかも部屋番号まで同じでした。これは神様が別れ話をしろと言っているに違いない。
私が曲を入れようとしたところ、先にV彼が曲を入れていました。自分勝手なやつと思いましたが、ここはグッとこらえて、自分の番に別れの歌を歌ってやると、そう思っていました。
にらみつけるように、V彼の入れた曲をまじまじと見つめ……あることに気づきました。
V彼が入れたのは、彼の持ち曲のひとつの恋愛ソング。青臭い感じの曲ですが、ラスサビの歌詞に引き込まれました。
「俺が幸せにするよ、いつまでも。運命に託された恋だから。」
普通の歌詞、のはずなのですが……何故か何も言えなくなってしまいました。歌い終わると、V彼は私の方を向きました。
「……曲の通りさ。俺は君を幸せにする、いつまでも、絶対に。それが、俺がすべき義務だからな。そしてそれは、君も同じだ。君には、幸せになる義務がある。」
幸せにする義務と、幸せになる義務。私には、この意味がよく分かりませんでした。
それってどういう意味?と聞こうとしたところ、V彼は1枚の紙を差し出しました。
「本当は止められてたんだけどさ。でも、やっぱり君には真実を知る権利があると思う。知りたいなら、この紙に書かれた電話番号に電話しな。」
折りたたまれた紙を受け取った私は、その場で広げました。そこに書いてあった番号は、私の知る番号でした。
次の日、私は早速その番号にかけました。電話に出たのは、女性の方。「……どなた?」と、とてもくらい声だったことをよく覚えています。
「えっと、おばさんお久しぶりです。○○です。」
電話口で自分の名前を告げたところ、ガタッと椅子が揺れる音がしました。
「○○ちゃん!?あ、ごめんなさいね。突然の事で驚いちゃって……。その、どうしたの?」
先程より声色が明るくなりました。紙に書かれた電話番号は、実は幼馴染の実家のものでした。
「えっと、幼馴染ってどうしてますか?実は幼馴染に電話しても繋がらなくて。眉唾な話ですけど、ここに電話すれば、真実がわかるって聞いて……」
ココ最近、幼馴染の声が久しぶりに聞きたくなり、何度か電話したことがありました。ですが、繋がらないどころか、「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」というアナウンスが流れる始末。
スマホをなくしたのかと思っていたのですが……いや、なくしていたのなら、どれだけよかったことか。
私が幼馴染の話をした途端、またおばさんの声色が暗くなりました。何事かと思っていると、おばさんはこう言い出しました。
「……そう、ね。やっぱり、あなたにも知って欲しい。あの子なら、今うちにいるわ。あなたさえ良ければ、会いに来てほしい。」
そんなことを言っていました。その時は、実家から動けない事情があるのか、なんて思っていました。
数日後、幼馴染の実家に行きました。インターホンを押すと、出たのはおばさんでした。女性にこんな事言うのはあれですが、最後に会った数年前より、だいぶ老けて見えました。
「あぁ、○○ちゃん……よく来たわね。入ってちょうだい。」
そういうおばさんに案内され、家の中へと入っていきました。
久しぶりに入った幼馴染の家は、なにかこじんまりとしていました。それに、空気が何やら重いような……。
「あの、幼馴染は……」
「……リビングに」
おばさんは力なく、そう答えました。言われるがまま、リビングに行く私。そして、ドアを開けました。
その先に、幼馴染はいませんでした。あったのは、お仏壇と彼の写真。……私は、膝から崩れ落ちました。
「……ど、どういう、こと……なの……?」
震える私の肩に手を置き、おばさんは言いました。
「……あの子はね、1ヶ月ほど前にこの世を去ったの。」知るべきだった、知りたくなかった現実が、真実が、そこにはありました。
「末期ガンでね……色んなところに転移して、もう助からないって分かってたわ。あなたと付き合ったって聞いた時は嬉しかった。あの子もすごく嬉しそうにしてた。病気のことなんか忘れて、年甲斐もなくキャッキャしてたわ。」
「あ……」
「でも、あの子の症状は進行してた。ある日、遂に家で倒れたの。あなたを呼ぼうとしたけど、あの子に止められたわ。迷惑をかけたくない、悲しませたくない。○○ちゃんには言わないでくれって……」
私は、その場で泣くことしかできませんでした。私は幼馴染を裏切り、幸せを踏みにじった。辛かっただろうに、そんな素振りは一切見せずに……。
あの時の彼の「託せる」という言葉。あれに「死にゆく自分の代わりに」という意味が込められていようとは、夢にも思いませんでした。
ひとしきり泣いて、私は結局おばさんに本当のことを言い出せず、家に帰ってきました。
その時、V彼から連絡が。私は電話に出ることにしました。
「真実はわかったのか?」
「……うん。」
私がそう返事すると、V彼はゆっくりと話し始めました。
「そっか……俺さ、1か月前くらいに彼にあったんだ。電話で呼び出されて、病院に行ってさ。真実を知ったんだ。」
1か月前……そういえば、V彼が妙に優しくなったのも、1か月ほど前からでした。そしてそれは、幼馴染が命を落とす直前でもありました。
「頼まれたんだ、君を。俺が幸せにしてやってくれって……僕の代わりにってさ。苦しそうな彼を見て、思わず誓っちまった。そのすぐあと、彼が亡くなったことを聞いた。心残りが無くなったからかな、安らかな顔だったよ。」
初めて知ったことばかりで混乱し、私はつい怒鳴ってしまいました。「知ってたなら、なんで教えてくれなかったの!?知ってたら、今頃……!」と。彼は嫌な顔ひとつせず、答えてくれました。
「言われてたんだ、このことは君には言わないでくれって。多分ものすごく心配するからってさ。そしてこうも言われたよ、彼女が僕のことを忘れるくらい、彼女を幸せにしてくださいね、って。」
話を聞きながら、私は号泣していました。申し訳なさと寂しさで、胸がいっぱいになっていました。V彼は優しく、こう言いました。
「彼と約束した。俺には君を幸せにする義務がある。だから君も、幸せになる義務を果たしてほしい。彼の最後のお願いを、ふいにしないでほしい。」
私は、泣き続ける事しか出来ませんでした。
後日談ですが、しばらくあとに幼馴染の墓へ行きました。手を合わせ、幼馴染に誓いました。お望み通り、幸せになってやるよ!と。
私は今、幸せです。自分勝手で未熟者な、こんな私が幸せになっていいのかと、何度も自己疑問をしましたが、幼馴染の願いを無下にはできません。
配信活動も、今までより積極的に行っています。少しずつですが、ファンも戻ってきました。
幸せになって、長生きして。あの世であったら、惚気話をたっぷりとあいつに聞かせてやります。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。私は引き続き義務を果たしてきます。
ではでは。
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