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喋るハチの恩返し

作者: リーシャ

今、大変なことが起こっている。

インターフォンが鳴ったから玄関へ行き、扉を開いた。

後から思うと何だがフォルムが人間とは違ったなとか、思う。

うん、私もうっかりが過ぎたわ。


「で、あるからに、貴方の貯蓄はいかようか」


「ハイ」


言葉なんて入ってきてない。

目の前に自分の背丈の半分もあるハチが居るんだもん。

命の危機を抱えすぎて冷や汗が出るわ出るわ。


「あの、聞いているでありますか」


「キイテマス」


「先程から微動だにされないから、なにかあったのかと思われたのであります」


「大丈夫デス」


「話を戻すと、ワガハイはダンジョンで貴方の貯蓄を増やす手伝いをしたいのであります。ですから、一緒にダンジョン登録を御願いしたいのであります」


「ダンジョン。登録」


駄目だ、さっきから単語しか聞き取れん。

それにしても語学が堪能過ぎる。


「ワガハイだけでは無理だと仲間らが言うので。となると、人間であるマイカ殿に頼もうと満場一致に」


私の意見ガン無視して満場一致ってなに??

そもそも初対面なのに色々決まってることに誰も指摘されることはないのか。


取り敢えずちょっと時間をもらえるかと伝えると、彼はむん!と勇ましく頷く。


扉を閉めようとしたらいつの間にかぬるんと入ってきて、いつの間にか、中へ入っている。


超危険なハチが家の中に入ってしまった。

ここは叫ぶべきなのかな。

いや、下手に騒いだら針でチクリされるかもしれない。

無理。


「おお、ワガハイとしたことが名をまだ名乗ってなかったであります」


「は、はあ」


「ワガハイは主に肩書で呼ばれることしかないので、名前など呼ばれないのであります」


「そ、そうですか」


「はっちゃんと呼んで欲しいであります」


「は、はっちゃん!?」


「ん?どうしたでありますか?」


「いいえ、いいえ!」


「そうでありますか?はっちゃんという名は自分で考えて、とても良い名前だと仲間たちにも好評であります」


好評なんだ……。


「ここがマイカ殿の巣なのでありますか」


「巣イコール家なんですね」


ちょっと彼に慣れてきたような、慣れてきてないような。

少なくとも今すぐ危害を加えられるというわけじゃなさそう。


「ふむふむ。やはり暮らしは良くはなさそうでありますね」


「へっ?」


いきなり来てこの言いぐさは人外っぽい。

我が家にあげてしまう迂闊さに私は負けているけど。


「あの、ところでさっきから私の貯金について色々言われてますが、何故なんですか?」


「ふむ。先程も言った通り。ワガハイ達はマイカ殿の家に巣を作ってたのであります。この家が建って直ぐ」


「この家、築20年なんですが」


蜂がそんなに長生きできるとは思えない。

私も流石に分かる。


「ワガハイもこの家で生まれて、この家がワガハイの故郷なのであります」


「ええ」


ずっとハチと住んでたということだ。


「遡ること生を受けて2年。真冬の季節でワガハイ達は死にかけ、その最中、突然巣が異空間になったのであります」


亜空間?


「異空間……って、もしかして、ダンジョンですか!?」


おまけにとっても極小の。


「それなら、今まで貴方や貴方達の姿をみないまま、暮らしていた説明は付きますね」


「そうであります」


でも、20年も引きこもってたのに今になって何故?


「それが、仲間達がマイカ殿とそろそろ交流出来る年齢になったのではと急かしにきたのでありまして」


照れている。


確かに20年前は幼児だったから。

赤ん坊だ。


赤ん坊とコミニケーションは無理だろう、うん。


ダンジョンというのは昔に発現した不思議な現象で、謎に包まれていることも多い。

ハチの巣がダンジョン化していて、ハチに知能や体の変化を与えても可笑しくない。


「うむ!であります。ワガハイはそっとしておけと彼らを説得したのでありますが……他勢に無勢でありました」


体が大きいのに多数の意見に押さ流されたらしい。

押しに弱いのかも。


苦笑して、再度ダンジョンと登録について話を聞く。


「私と交流するのとダンジョン登録は関係がないような気がしますよ」


普通にうちに来て、挨拶して終わりでは。


「それはですな。あ奴らが間借りしているのに、家賃を払ってないのは問題なのではと最近議題に上げてきてまして」


議題、蜂が議題。


蜂達が円卓にテーブルを囲む光景を思い浮かべて、なかなかに勇ましいものだ。


「家賃なんて。今まで存在すら知らなかった人たちの場所代を貰っても」


それに、私の方が圧倒的弱者だ。

逆にこちらの方が払わないといけない気がする。


「そんなそんな。ワガハイ達がしたことといえば12年前に蛇を撃退したこと。5年前に50キロメートルに出現したクマにここに近寄らないように警告したことくらいです」


いや、50キロメートルって場所によっては、県を跨いでる距離。

私の生活圏に掠りもしない。


それなのに、この家に近寄らないようにいうには慎重というか、過剰な気が。

頭をもたげて、目をとほほとさせる。


「私は主にスーパーとかしか行かないからクマに出会うのはないと思います」


自転車でシャー、だから。


「いいや、クマというのは50キロメートルなど朝飯前の距離を軽々と行きます、であります。クマを舐めたらクマにやられるでありますよ」


蜂に熊について解説される人間に、世界初なってしまったかもしれない。


「そう、なんだ。でも5年前なら世代交代してますよ」


クマがウチをターゲットして、わざわざ来ないよ。


「若い個体だったのであと10年は少なくとも生きているのであります。クマは野生でも20年から30年は生きるので、あります。クマを舐めると蜂に注意されるであります」


されている。

もうされてる。







蜂であるはっちゃんは楽しそうにお喋りしている。

マイカは少し慣れたかなと、ハチを見るとソワソワとしていた。


「あの、であります」


「はい」


こちらも姿勢を正しちゃいそうになる。


「ワガハイ達は大体の趣向品を作れるのでありますが、複雑なのは流石に無理なのであります」


「はいはい」


これはなにかを望んでいる。


「家賃も未払いの我らからの図々しい願いではあるのですが」


家賃についてエグいぐらい罪悪感を感じているらしい。


本当にどうでもいいんだが。

家賃なんて気にしないで欲しい。


「はちみつロールケーキが食べたいのであります。あ、これは同胞達の多数決で決まったので、ワガハイの独断じゃないでありますよ?」


別にはっちゃんの発案でも私には影響ないんだけどなあ。


「ネットで買えますから別に良いですよ」


お金はどうするんだろう


「ワガハイ、ちゃんとお金になるものを預かってる、であります。ワガハイは恩知らずじゃないのでありますからっ」


キリッとしてから、懐からもわもわした空間を出してそこに手を入れてもぞもぞさせる。


おー、アイテムボックス。

ダンジョンに興味ある人が持ってるのを知ってるけど、こういう感じなんだ。


「これであります」


と、出してきたのは手のひらサイズのダンジョンクリスタル。

またはダンジョン玉。


モンスタークリスタル、モンスター玉と呼ばれているものだ。

ダンジョンのモンスターを倒すと出てくるクリスタル。


ドロップアイテムとも言われている。

これは研究が進んだ今、新エネルギーとして扱われている。

電力の20倍はあると言われていて、電力と馳せて使うことを今の地球はしている、らしい。


ダンジョンについて塵にも興味がないので詳しいことは知らない。

ダンジョンクリスタルはモンスターの強さによって色や大きさが違うらしいってのは学校で習った。


「これがモンスタークリスタル」


見覚えのある物体X。


「初めて見るでありますか?」


「学校に飾られているのは見たことがあるんですけど、ガラス越しじゃないのは初ですね。結構キラキラしてて。透明」


本当に宝石みたいでさ。


「これをマイカ殿に家賃とその、ネットとやらの購入に当てて欲しいであります」


「えーっと、はあ、調べてから出ないと分からないですけど、やってみます」


やり方なんて調べたことないよ。


「これがダメならチューブで踊るハチとしてバズるでありますよ。はっはっは、であります」


「バズるってなんで知ってるんだろ」


小声でぼそっと言ったけど聞こえたみたいで触覚を動かす。

蜂は振動でやりとりするんだったって、教育番組で見たことある。


「勿論、テレビやスマホで学んだであります」


「へえ。どうやってスマホを充電して?」


昆虫が電化製品。


「仲間に電気に長けたヤツがいるのでありましてな。上手いことやるのであります」


凄く誇らしげに、ふわふわの白いファー部分を逸らす。


「だから知識があるんですね」


私でも知らないことを知っている謎が解けた。


「で、ダンジョン登録に行きたいのでありますよ」


「わ、わかりました。あー、っと。じゃあ……今日いきなりは無理なので、もう少し時間をもらっても」


「勿論であります。急かすことはしないでありますよ。今日は初めましての挨拶と、我らの巣に招待したいという話をしに来たのであります」


「え、巣に?」


唐突に飛びすぎている。

つまりは目の前にいるジャイアントハチが沢山いる居住スペースに行くのは流石に無理というか、何年経っても無理だと思う。


「それと、これは同胞達からの手土産であります。渡し忘れたらワガハイは彼らからチクチク言葉で攻撃されるのであります」


刺されるとかじゃないんだ。

かなり平和的。


「はちみつ、ですか。はい、分かってました。手土産となったらハイ」


すすす、とテーブルに出されたのは瓶入りはちみつ。


シュールだ。


「ワガハイ達印をワンポイント印刷してるんであります。これはデザイナーに頼んだのでありますです」


「デザイナーも同族ですか?」


流石進化した生物は違う。


「そうであります。うちのデザイナーはハチ界随一のデザイン力を持ってるんであります」


「まあ、ダンジョンで変異したハチはウチにしか居ないんでしょうから唯一なのは当たり前でしょうね」


あまり例がない。


「そうですなあ。今の所ワガハイ達のように変化したハチはワガハイ達しか居ないようです。隠密に長けたスキルを持つものを各地に向かわせたのでありますが、見つかるのは小動物から大型動物ばかり」


よく調べてる。


「変異した動物が居るんですね。そういえばテレビで数年前に騒がれたような」


ぼんやりと覚えている。


「ああ、動物園のゾウ、猫、ネズミ、海のラッコ、イルカ等が今の所発見されてるので、あります」


「うーん、結構居ますね」


「ダンジョンの小規模なエネルギーは頻繁に起こってるようで。しかし、我らのような昆虫タイプに分類される生物の変異は今の所見つかってないのであります。海外では分からないでありますが」


海外にまで羽を伸ばすのは、本当の意味で骨と羽が折れちゃうだろうしね。


「昆虫初となったら、流石に……騒がれてしまいますね」


「むう。我らの議題ではその問題は解決策をすでに出しているので、不安は全て吹き飛ばすであります。この羽で!」


ブウウンと高速に揺らす。


「吹き飛ばしたら戦闘になりますねえ」


「だ、大丈夫であります。人間に敵対してはマイカ殿に恩返し出来なくなるので、やらないのであります」


羽をピンとさせていたが、指摘したらしょぼしょぼさせる。

段々可愛く思えてきた。


「そういえばハチなのは分かりましたが、何バチなんですか?」


ずっと気になる種類を聞くために訊ねると、はっちゃんは背筋を逸らして自慢する為にはきはきと唱える。


「スズメバチであります」




スズメバチということを聞いてしまった翌日、眠れない夜を過ごした私と違って、快眠したらしいハチこと、はっちゃんがまたインターフォンを鳴らす。


(出たくない)


まだ眠いし、スズメバチだし。

元の大きさのスズメバチでさえ恐怖の対象なのに、その蜂が人間の背丈半分あるのだ。


人間でいう小、中学生とかのサイズ。

でも、気の良いハチだったな。


「マイカ殿〜、ワガハイであります。はっちゃんでありますよ」


はっちゃんは家に入れてもらえる前提で我が家に訪問している。

あまりに嬉しそうな声なのでこちらが悪い気がしていて、根負けした。

家に入れるといそいそと玄関を通る蜂。


「のんびりしていたところを申し訳ないであります。ダンジョンについて聞きにきたのであります」


「あ、はい。まあ、特にダメな理由はありませんから構いませんよ」


「そうでありますか!仲間達に叩き起こされたかいもあるというもので、あります」


た、叩き起こされたんだ。

可哀想、はっちゃん酷使されてるんじゃないかな疑惑。


「はっちゃんは巣の中ではどんな立場なんですか?」


「吾輩でありますか?そうでありますな……ダンジョンエネルギーに侵食されてからはその辺り、かなりあやふやになってしまってるんでありますよ」


「元は、働き蜂の一匹だったんですよね」


蜂は主に女王蜂以外は働き蜂だ。

アリも似ている、と思う。

ネイチャー系のテレビだからうろ覚え。


「そうですな。女王蜂以外は全てそうなるであります」


合ってたようで良かった。


「とはいっても全員真面目に働いていたわけじゃなくて、サボってた奴とたまたま非番だった吾輩とその他の奴らが運良くエネルギーにぶつかって生き残っただけで、吾輩はあやつらの尻を叩く役目をするしかなかったのであります。ああ、思い出しただけでこの針が、あいつらに刺されば良いのにと思ってしまうんでありますよっ」


寒い日だったと語っていたよね、確か。

昨日はあんまり具体的な過去会話覚えてないんだよね。

驚きに色々吹っ飛ばしちゃってる。


蜂、サボるんだ?

全ての蜂が盛んに動いているもんだと思い込んでいた。


サボっていた理由はウチには周りに花が咲くから、必死になって動かなくてもすぐに調達出来たからと言う。


「ああ、昔からどこから来たのか、花の種が飛んできたのが勝手に咲いてますね」


「色とりどりで、さまざまな種類があるから、吾輩達はバイキングと呼んでいるんであります。美味しくいただいておりますよ」


「バイキング。確かに虫視点じゃ選び放題ですね」


そう言われては、放置しておこうとこれからも手をつけないでおこう。


「あ、じゃあ、うちの庭の手入れをはっちゃん達に頼むのって良いんじゃないですか?好きにしても良いですから」


「な、な、なんですとー!?」


ぶるぶると震わせる姿に私は、昨日の夜に用意した、ホットプレート、フライパン、時計、オーブントースターのトレーを前方に設置した。

マイカに出来る最高の防御バリケード。


巨大ハチから守れる武具などウチにあるわけないでしょ。


「すみませぬ、吾輩としたことが。ふう。庭を自由にしても良いと言われ、嬉しさで。おや?なにをしてるんでありますか?」


「あー、いえ、ダンジョンに持っていく武器の選定?です」


どうやら今のは攻撃前の震えでなかったらしい。


「ただでさえ勝手に間借りしているというのに、庭など好きにするなんて出来ませぬ」


「いやいや、知っているでしょうが、私は庭を使ってません」


「ですが、しかし」


断り切れない様子に、どうぞと押し込める。

はっちゃん、やはり押しに弱い。


「仲間達にも聞いてみるでありますから、早まらないで欲しいであります!」


「寧ろ、はっちゃん達の庭にしてしまえば良いと思います。死蔵というのが当てはまってる状態ですから」


全く草むしりしてないから草ボーボー、の筈だったが、そういや草ボーボーじゃないな?

もっとこう、荒れてても可笑しくないのに、夏でも綺麗に整えられてたような。

ろくに見たことがなかったから、庭の状態なんて意識したことなどない。


しっかし、宇宙人がやってくるとかいう小説は見たことがあるけど、蜂が家にやってくるのは予想してなかったなあ。


マイカははっちゃんが巣に帰宅していくのを見送る。

それから、2日後、また来たはっちゃんを招き入れる。


「頼まれていたはちみつロールケーキが配達で届きました。これどうぞ」


「我らは匂いにも敏感なので、宅配の中身が待望のものと知っているのであります」


待ちきれない様子でそそくさとロールケーキの箱をアイテムボックスに仕舞う。


「じゃあ、いくであります」


「ちょちょ、ちょーっと待ってもらって良いですか?」


断りを入れて携帯電話で通話。


話し終えて振り返ると触覚をぴこぴこするハチ。


要約すると彼の行きたがっている施設に大きな蜂が来店するのだが、行ってもいいかという確認だ。

世の中、テイムという技があるらしくモンスターが連れ歩かれるのはあること。

多分テイムモンスターだと思われている。

それはもう良い。

電話で説明してもしなくても誰も信じないから、現地で説明しておく。

そう決めた。


蜂の背に乗るのは無理だけど私を袋に入れて持ち運べると言われたが、やったことがないこと、見た目が単に運ばれる人間と怪奇に見られてしまう事を考慮し、断った。


凄く落ち込まれてしまったが、家の中で運んでみて欲しいと次回にオーダー。

私、もしかして、蜂の子犬系に弱いのかもしれない。

人間が同じことをしたら家から退かしているだろうし。


さて、ギルドに向かうために袋に一度で入ってもらう。

私がてずから押し込むなど、やるわけないない。


「動きますねー出発しますねー」


答えが返ってくるとさくさく外へ出ていく。

恐らくギルドは悲鳴で満たされることになるかもしれない。

蜂が喋ったらどういう事になるのかなぁ。


ギルドに到着して深呼吸を20回していたら、はっちゃんが「空気をそんなに取り込んだら頭に酸素が行かなくて目眩を起こすであります」と心配される。


「いきますよ、はっちゃん」


「いつでも良いでありますよ」


「よし!」


「のや!」


「今のはそういう意味じゃ」


言いかけて、ドヤ顔をしているだろう陽気なスズメバチを思い出して口を閉じる。


「す、すみませえん」


カウンターに向かい、蜂を来店させたものですが、と伝えてギルドのダンジョンに行くための登録をする。


試しに蜂をダンジョンに送るということが可能なのか聞く。

カメラ設置を条件に許可されるらしい。

ペットカメラ的な感じになるらしいよ。


「やったでありますー!」


「?」


「あ、すみません。この子ちょっと喋れてしまうってだけなのです」


誤魔化して登録して、ダンジョンに向かう。

一度はダンジョンに行くべきかなと、お見送りくらいは付き合おうってわけ。

帰りに迎えにくるべきかと聞くと、待っててほしいと言われて、バビューンと行ってしまい、僅か5分で戻ってきてゴロゴロとモンスタークリスタルを手元で見せられる。


「はっちゃん、お帰りなさい」


「はいであります。これどうぞ」


「え?袋持ってないです」


その場で渡されるとは思わずに手ぶらだ。

あるのは……はっちゃんの入っていた袋だけ。

はっちゃんがカウンターで取り出して私が取り出すフリをすれば良いと話し合う。

ギルドに直ぐ戻ると、早すぎると言われるかもしれないから、もう少し待つことにする。


「はっちゃん、あそこベンチあるので座りましょう」


「ハイであります」


「お疲れ様でした。どうでしたか?」


「毎回やっているので、毎回通りなので特に感想はないであります。どちらかといえば、帰ってきたらジンギスカンを想像して、仲間達とどうやって野生の羊を貰えるのか、議論する事で頭がいっぱいでありました」


突然のジンギスカンに驚く。

北海道などにあるのは有名なので北海道はどうだろう。

いや、私が網を買っていけば良い。

そして、スーパーか加工のお店を探してジンギスカン料理を完成させれば良いのだ。


蜂という種族のはっちゃんに微笑ましくなる。

このモンスタークリスタルを売り、買いに行けば良い。

そうだ、はっちゃんを持っていけば一々帰らなくて良いね。


「ギルドに行こうか」


声をかけて袋に入ってもらい、ギルドへ行くとカウンターに行って、ごろりごろりと置く。


「えっ、ま、待ってください。このランクの魔物をお一人でっ?」


「そういうのは良いんで、換金して下さい。やらないのなら帰りますけど」


モンスタークリスタルを一つ一つ丁寧に解り易いように、ゆっくりゆっくり袋の中に仕舞おうとする仕草をする。

もちろん有言実行なので持ち帰るよ?


蜂のためにジンギスカンを買いに行くんだから、そういうのは要らない。


「ま、待ってください!わ、分かりました!換金します」


受付の人が漸く物分かりが良くなる。

はぁ、私が取った訳じゃないから質問されたって答えられることなど一つもない。

お互いにとって時間の無駄。


換金された紙幣を貰い、お金を持ってそのままお店へ行き網とお肉を買い込みいそいそと帰る。


「はっちゃん。これジンギスカン」


「い、いいのでありますかかかか!」


「いいよ良いよ」


「しかしっ、このお金は」


「これは共用財産ってことで、ね?」


「うう、しかし」


「もし、何か言われたら、私一筆書くし」


家でメモ用紙に事情を書いて、証明書にしてしまいはっちゃんに握らせる。

でもでもと言っていたので、こうしなければいつまでもお互いお金を押し付け合うことになるから。


「行くであります」


頷き、手を振る。

お見送り。

とはいえ、真隣だけれど。

徒歩15歩とか徒歩25歩とか、そんな誤差だ。


はっちゃんはオドオドしながら、オドドド、と出口でぴたりと止まり、私は出来るだけ見ないようにする。

さくっと家に寝に帰った。


その後、ジンギスカン祭りが開催されたらしい。


何故分かったのかというと、煙かった。

外から悠々と上がる灰色のもくもくが連日上がった。


それを見て無事受け取ってもらえた事に安心した。

はっちゃんもさぞかし食べているのだろう。

その3日後に見た時、げっそりしていた。

一筆書いていたのに、締められたのだろうか。


「食べられた?」


「はいであります」


「なのになんだか落ち込んでるね?」


「なんのためにワガハイを送り出したのかとコンを詰められたのでありますぅ」


可笑しいな。

私の目には子犬に見える。

しょぼんとした犬だ。


「可愛い。嘘みたい」


「はぁ、どうしようでありますか」


「うーん、じゃあこれからも私とこうして過ごすのはどうでしょう?これがはっちゃんの役目。私、はっちゃん達とご近所付き合いをしたい。これからもずっと。折角こんなに近いんだから、仲良くしよう」


「ま、マイカ殿!ありがとうでありますっ」


ドーンと抱きつくつもりか、抱きしめるつもりなのか、近付くデカいハチにスッとフライパンを前面に押しやり、やんわりと胸元に来ないようにガードした。


「どうしたんであります?」


この純粋な瞳と反応を前に、本当のことは絶対言えまい。

はっちゃんにフライパンだよと言い、フライパンでなにか作ろうかと思ってと誤魔化す。

決して、絶対、なにがなんでも、近寄ってきた巨大なハチが怖すぎてなんて言わない。


「食べたいであります!」


「大学芋にするね」


「テレビで見たことがあるであります。人間はやはり器用でありますね」


ホクホクした声音で、蜂は渡したお箸を器用に持っている。

その声音は、私をキッチンに向かわせるに十分だった。




「文明最高であります」


と、彼はタッパに詰めたお土産を嬉しそうに持ち帰っていくのを、満足感が満たしていく。

きっと今後もこうやってご近所付き合いを続けるのだろう。

私は付き合いなんてやったことがないのに、お隣が気を使い過ぎるお隣さんならば続けられる予感がした。

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