裁判開始
人々が息を飲む音が鮮明に聞こえるほどの静寂で厳粛な裁判の空気。これは第一審だ。にも関わらず静寂さの中に期待や緊張などただの裁判にしては混じり過ぎた異物の気配が感じられる。
犯人の戸籍無し、未成年の残虐な犯行という事もあり、歴代裁判の中で過去最高とも言える傍聴人応募の数。その倍率487。そしてその抽選を勝ち取り、意気揚々と見守る大学生やら研究家やら暇人やらの鬱陶しい傍聴人共。透かした目でこれから裁きを行おうとする裁判官。あんなゴミ屑を庇う、ただ何処かどうでも良さそうな国選弁護人。死刑死刑だと求刑する検察官共。ぎゅぅっと私の手を握る怒りと悲しみに包まれた妹。
全て。今この場にある全てが、私の憤りに油を注ぎ更に掻き立てる材料となる。
「(死ねばいいんだ、こんな奴。)」
ムカつく、イラつく、死んでしまえ。私の両親が死んでなぜお前が生きている。死ね、死ね、殺せ、殺せ、殺せ死ね、死刑、死刑、死刑、死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑_
「それでは開廷いたします。」
「(!…)」
その場に漂う感情と共に私達を制す裁判官の一声により我に返る。
「(あぁ、神様頼みます、どうか、どうか、)」
非力な妹の手を握る力が急に強くなったのを感じた。おさげのツインテールに、私と母と同じ少しシルバー気味の瞳。
「お姉ちゃん、大丈夫…だよね。」
そう愛くるしい銀色の上目遣いで妹__璃杏は静かに問う。大丈夫、神様は私たちを生かしてくれたんだよ。
「…うん、きっと。」
私の名前は蒼井 美杏。両親を惨殺された、15歳の女だ。
「被告人は前へ出てください。」
その声と共に動き出すひとつの影をその場の全てが見つめる。
「(っ、!!)」
目が合った。頬に大きな湿布を貼り、艶のある黒いショートカット。赤い瞳に細い瞳孔。左肩に掘られた大きなタトゥー。本当にこの人は未成年なのか?と、問いたくなるような見た目。そして何処か大人びている。
「(…嗚呼、ムカつく。)」
_早く死ねばいいのに。
「名前はなんといいますか?」
裁判官がそう尋ねる。まぁテンプレート的な最初の質問。
「黙秘します。」
「……は?」
「お姉ちゃん、落ち着いて、!」
耳を疑った。巫山戯ているのか?頭が可笑しくなった?私の周りの酸素濃度が急激に増えたかのように、どこか燃えているのかと勘違いするくらいには私の身体は熱くなっていた。
「彼奴には戸籍が無いの!」
そんな事知ってるよ璃杏。
「元来、私に名前等ございません。」
私が許せないのは、そのしゃあしゃあとした態度だ。
裁判官は少し考えたあと、
「生年月日は何時ですか?」
と尋ねた。
「…あ〜……、なんだっけな…。あ、18歳。1月20日です。」
「住所は何処ですか?」
そう尋ねられると、被告人は「何を言っているんだ」というような顔をした。作戦がある訳でもない。本当に何も知らないというような顔。
「(…顔、洗いに行きたい。)」
吐きそうなくらいに顔の熱がすーっと急激に冷めていくのを感じた。
「それでは、これから被告人による残虐的殺人事件について審理します。検察官は起訴状を朗読してください。」
「(ダメだ、しっかりしないと。)」
私はコイツを死の地獄へと叩き落とさなければならない。復讐のために。社会のために。
「…ぅ、ッ、うぅぅ゛…、」
「…璃杏、?」
いきなり聞こえた隣からのうめき声と急激に抜けた手の拘束により、戻ろうとしていた顔の熱はまたも急激に冷めていこうとしていた。かひゅ、かひゅっ、というかすれた呼吸音。
「すみませんっ、妹が!!!!」
蹲り過呼吸に陥る妹を抱き、私は煩わしかった傍聴人席に向かい助けを求めた。慌て出す傍聴人と裁判官数名。その中の何人かが裁判場を飛び出した。
妹の過呼吸などは恐らくフラッシュバックだ。璃杏を見て私の脳裏にもあの日刻み付けられた光景が鮮明に蘇り吐き気と憎悪を招く。
幸せだったんだ。
あの日までは、ただの幸せな家族だったんだ。