28.クリミア半島の近年の動き
セモベンテda75/18突撃砲「ロシアの侵略はおかしい。それだけ」
セモベンテはイタリアにおける自走砲全般の呼称。daは前置詞で補足事項を示します。75/18は18口径75ミリ砲。
あなたはパブにいます。いつものように、カウンター席に座っています。
今回は、クリミア半島の近年の歴史を語りましょうか。クリミア半島はウクライナ南部にある、黒海の北岸に位置する大きな半島です。
クリミア半島は元々、ソ連時代のロシアの統治下にあり、クリミア州と呼ばれていました。
1954年、ロシアの所属から、当時のウクライナの所属に変わります。当時のウクライナは、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国と呼ばれていました。2014年の時と違い、特に問題もなく管轄が移っているようです。この当時はソ連が崩壊する予定がなかったからだと言われていますね。
現在、ロシアは1954年のクリミア移管を違法だと主張しているみたいですが、少なくとも違法性があるとは言えないのではないでしょうか。
1991年1月にクリミアで住民投票がおこなわれ、94パーセントが自治権に賛成しました。2月に、クリミア州から、自治権の与えられたクリミア自治ソビエト社会主義共和国へと改組されます。
1991年8月24日、ウクライナはソ連から独立します。一緒にクリミアも独立しました。同年の12月26日がソ連崩壊の日です。
1992年2月26日、クリミアは名称をクリミア共和国に変更。5月5日にウクライナからも独立を宣言します。ウクライナ議会は独立無効を決議し、対立したようですが、1998年10月にクリミア自治共和国憲法が制定されます。クリミア議会がウクライナ共和国内の自治共和国であることを認め、名称がクリミア自治共和国になりました。
2014年に、ユーロ・マイダン革命を受けて、クリミア自治共和国でも親ロシア派と親欧米派が対立するようになりました。
2月27日に、親ロシア派武装勢力が地方政府庁舎と議会を占拠。
3月1日、ロシアがロシア人保護を名目に軍事介入。
3月16日には住民投票開始。約97パーセントがロシア編入を賛成し、この結果を受けて、現在までクリミアはロシアが占拠するようになりました。
クリミアは元々ロシアの州だったため、ロシア人の割合がウクライナの中でも特に多いです。もし平時にロシア編入を住民投票したとしても、可決しそうだと思います。
ただ、ロシア編入への賛成が97パーセントというのは、あまりにもあやしいのですよね。
そもそも、ウクライナの国民投票法によると、一部の地域だけでおこなう住民投票は規定されていないそうです。よって、クリミアが一方的にロシアに編入されるというのは、不可能だったはずです。
仮に、こう主張されるとしましょう。
「住民の意志によって住民投票がおこなわれたのならば、ウクライナから離脱することは法的に認められるはずだ」
この場合、非軍事化、民主化、非過激化が守られる必要があります。これらは、投票前の時点で他国のロシアが軍事介入して占領しているので、守られていませんでした。
ウクライナ側から見れば、ロシアが奪い取ったと言い切っていいでしょう。ロシア側からすれば、クリミアがロシアに戻っただけだと言うのでしょうが、混乱に乗じて取ってしまったのが、大いに問題だったのです。
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