オデーサの事件
今回は194.となります。前々から書こうと思っていた内容です。マイダン革命、ミンスク合意、ドンバス地方も、併せてお読み下さい。
NI-1戦車“オデーサ・タンク”「オデーサはウクライナだ」
ウクライナ国内が不安定になっていた2014年の5月2日、オデーサ州の首都のオデーサ市で、数十名の死者が出た事件が起こりました。
その日には、ウクライナ団結の支持者集会と、独立とロシア支持の集団が、攻撃をし合っていたそうです。
日本語ではオデーサの悲劇と呼ばれていますが、英語訳では、オデーサの衝突となっています。
最終的には労働組合の建物で火災が発生し、立てこもったロシア側の支持者の数十人が死亡しました。
この事件に関しては、相反する内容やら憶測があり、はっきりとした事実が曖昧なのが特徴です。ただ、犠牲者の多くがロシア側の支持者だったのは間違いないようです。そのため、親ロシア派は虐殺の一例として利用します。
親ロシア派は、この事件を頻繁に出しては徹底的にウクライナを叩くのに、ロシアが侵攻後、定期的にオデーサ州を攻撃していることに関しては、だんまりです。彼らが人権を尊重する有能な集団であるとすれば、オデーサ州を攻撃するロシアも叩かないと、おかしいんですけどね。
話を戻します。
2014年のオデーサ市での事件は、悲劇と呼ぶよりも、犯罪と呼ぶべきものでしょう。オデーサ市で起こった犯罪事件です。
別にウクライナは全良の国ではないですし、犯罪事件が起きない国なんて、ありません。治安が良いとされる日本ですら、最低な犯罪者やおかしな親ロシア派がたくさんいます。
問題点は、この事件を根拠に、ロシアはオデーサを占領してもいいんだと言いたげな親ロシア派が存在することではないでしょうか。
オデーサの事件は、確かに犠牲者が複数出た、悲しき事件です。しかしながら、この事件でロシアの侵略を正当化することのほうが、よっぽど悲劇です。
KhTZ-16戦車“ハルキウ・タンク”「ハルキウもウクライナだ」




