【SF】時が止まるボタン
町外れの小さな古道具屋に、ガラの悪い男がやってきた。
時間潰しが目当ての冷やかしか何かだろう。
男は棚に並んだ商品を馬鹿にするような目で眺めながら店内をうろうろしていたが、ふと妙なものを見つけて手に取った。
手の平サイズ、かまぼこ板みたいな形のプラスチック装置。
真ん中に赤いボタンが付いてだけのシンプルなものである。
「おい爺さん、これは何なんだ?」
男はレジでうたた寝していた老人にそれを持っていった。
声を掛けられた老人はのそっと顔を上げて、
「おや。お買い上げ有難うございます。それは……一万円ですな」
男は舌打ちして、
「いや買わねえよ。これが何なのかって聞いただけだ。つかこんなのが一万もすんのかよ」
「中古ですが掘り出し物ですよ」
と、老人は言った。「何しろそれは時間を止めるボタンですからね」
それを聞いて男は笑った。
「時間を止めるだあ? 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。そんな訳ねえだろうが」
そう言うなりボタンを押した。
すると、ボン、という破裂音とともにボタンの隙間から煙が立ち昇る。
男は驚いて装置を床に放り投げた。
「な、なんだよこれ!」
「ちょっと、大事な商品に何をするんですか」
老人が慌てて装置を拾い上げる。「ああ、すっかり壊れてしまった。一体どれだけ長く押し続けたんですか」
「はあ? 長くって何だよ。押したらすぐに爆発したじゃねえか。お前だって見てただろ」
男がそう言うと、老人はまじまじと男を見てから、
「……ああ、時間から離れられない程度の感性なんだな。可哀そうに」
何を言っているのかはわからないが、下に見られたのはわかった。
男は激昂して、
「なんだと? 馬鹿にしてんのかテメエ!」
しかし老人は恐れる様子もなく、男に手を差し出して、
「迷惑料で五千円だ。さっさと払ってくれ」
「はあ? ふざけんな。そんなの払う訳……」
男は怒鳴りつけようとしたが、ぐっと詰まった。
老人は男をじっと見つめたまま微動だにしない。
気味が悪い。ただのジジイのはずなのに妙な威圧感を感じる。
「ほら、払うのか、払わないのか」
「……わかったよ」
男は舌打ちしながらも財布から五千円札を取り出すと、レジ代に叩きつけた。
すると老人はニヤッと笑って、
「まいど」
そう言って五千円札は放置したまま店の隅に置かれた鉄製の箱へ歩いていった。
どうやら工具入れらしい。マイナスドライバーを二本取り出して戻ってくると、壊れた装置の隙間にそれらを突き刺して強引にこじ開けた。
男が遠目に覗き込んでみると、装置の中身はスイッチを押すと豆電球が点くだけの、素人でもわかるような簡単な物だった。
エネルギー源は豆電池一個で、しかも電球は箱の中なので押しても光っているのかわからない。
なんの意味もないガラクタである。
老人は焦げていた導線を取り外し、新しいものを付け替えてはんだ付けした。
「やれやれ、これで応急処置にはなったかな」
ふー、と息を吐き呑気に言う。
男が、
「おい」
「ん? なんだあなた、まだいたんですか。何か用ですか?」
「何か用ですかじゃねえよ。それのどこが時を止める装置なんだよ」
「でもあなた時間止めたんでしょ。でなきゃ壊れる訳ないし」
「ふざけんな。そんな糞みたいなボタン壊して五千円なんて払う訳ねえだろ!」
男はレジ代に置いた五千円札を掴み取った。
「なにするんです。返して下さい」
「そりゃこっちの台詞だ。警察呼ばれねえだけ有難く思いやがれ!」
そう言うと男は苛々した様子で店から出て行った。
老人はそれを黙って見送っていたが、やがて装置のボタンを押した。
時計の針が止まり、視界がモノクロになる。
世界が止まったのだ。
老人は店を出ると、男に追い付いてポケットから財布を取り出した。
「やれやれ酷いお客さんだ。しかしまあ見てくれの割りに意外と持ってるな。とりあえず迷惑料として三万円頂いとこうか」
財布から三万円だけ抜き出すと財布をポケットに戻し、店の中へ帰って行った。
そして時は動き出す。
男は異変も気付くことなくそのまま歩いて行った。




