【コメディ】マドハンド
朝起きると窓から腕が生えていた。
「……窓から手だからマドハンドだな」
涼介は窓の腕を見上げて呟くと、欠伸を噛み殺しながら布団を出て洗面所で顔を洗った。
手探りでタオルを探していると、壁からにゅっと手が出てきてタオルを渡してくれる。
「お、サンキュー」
涼介は礼を言ってそれを受け取り、顔を拭いた。
見ての通りの事故物件である。
数年前、ここで暮らしていた女性が惨殺される事件が起きた。それ以来、行方不明の左腕が壁のそこかしこから現れる怪現象が起きるようになり、長らく借り手が付かない状態が続いていた物件だった。
そのため、涼介がここを借りたいと言い出したときは家族や友人だけでなく、この物件を紹介した不動産業者までもが止めたほうがいいと忠告した。
しかし涼介が引っ越してからすでに三カ月経ったが、涼介は問題なく生活できていた。幽霊のことははっきりと認識しているが怖がっている様子はない。といって憑り付かれておかしくなっているという感じでもなく、むしろ今までよりも健康的で明るくなったようにも見えた。
どういうことなのだろう。何故平気なんだ?
涼介と物件のことを知る人間は皆不思議に思った。
涼介からすると、他の人達が何故この腕の霊だけを気味悪がるのかがが逆に不思議だった。
この部屋の外の方が、もっと不気味な連中がそこら中うじゃうじゃしているのに。
涼介は自覚は無かったが、普通の人よりかなり「見える」体質だった。
他の人間では気付くことすら出来ないような危険な霊まで見えてしまうせいで、常に怯えながら生活していたのだ。
そんなときに見つけたのがこの物件だった。
自分に危害を及ぼさないどころか友好的ですらある腕の霊しかいない部屋。涼介にとっては生まれて初めての心から安心できる空間だった。
人間、何が見えるかによって物の印象などいくらでも変わるのである。




