表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暇つぶしショートショート集  作者: 鈴木空論


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/100

【ホラー】田沼さん

「大変ですね」

 上司に追加で頼まれた書類の作成中、すぐ背後から声を掛けられた。

 私は振り返った。だが、そこには誰もいなかった。

 同僚たちは自分と同じようにそれぞれの机でパソコンに向かっている。みんな自分の作業で手一杯という様子で、私を見ている人はいない。

 声を掛けられたと思ったが、気のせいだったんだろうか。

 私は首を傾げ、再び作業に戻った。

 しばらくすると、また背後から声がした。

「そうやって仕事を続けた先には何があるんですかね」

 振り返るが、やはり誰もいない。

 今回は間違いなく聞こえた。気のせいではないはずなのだが……。

 疲れているんだろうか。

 確かに疲れている自覚はあった。最近残業続きで、休みもとれていない。

 どうもおかしいし、少しだけ休憩するか。コーヒーでも沸かしてこよう。

 私は席を立ち、給湯室へ向かおうとした。

 すると、今度は横から声がした。

「そうですね、休んだほうがいいです」

 私は辺りを見回した。他の人たちは相変わらず各自の作業に没頭している。

 一体何なんだ。

 私が戸惑っているとまた声がした。

「おっと、仲間から呼び出されてしまった。行かなくては。では今日はこれで失礼しますね」

 ハッとして振り向くと、私の隣に立っていた長身の男がニコリと笑い、立ち去った。

 いつから隣にいたのか。

 あんなに目立つ大男なのにどうして私は気づかなかったんだ?

 そんなことを考えているうちに男は出て行ってしまった。

 私は男を追った。会社を出ると、男が長い階段を下りていくのが見えた。

 あなたは誰なんですか、と私は聞こうとした。しかし何故か声が出なかった。

「私は田沼といいます」

 男は私を見上げて答えた。「今のあなたの魂は干からびていて美味しくないです。もっと人生楽しんでからこちらへ来てくださいね」

 田沼と名乗った男はそう言ってまたニコリと笑った。

 男の顔には見覚えがある気がしたが、誰なのかは思い出せなかった。


 私は目を開いた。

 それからぼんやり室内を見回して、

「あれ……」

 自宅である賃貸アパート。私は椅子に腰かけ、スーツ姿のままだった。

 テーブルの上には昨日の帰りに買ったコンビニ弁当が袋に入ったまま手付かずで置いてある。

 どうやら昨日の夕食を食べる前にうっかり眠ってしまっていたらしい。

 そうすると、さっきのは夢か。

 夢にしては妙に実感のある夢だったが……。

 時計に目をやる。幸い、出社時刻まではまだ余裕があった。

 私はシャワーを浴び、クローゼットから別のスーツを出して着替えた。

 身支度を整えた時点で時間が怪しかったので、弁当は結局食べないまま家を出た。


 私はいつものように出社して、いつものように仕事を始めた。

 ふと振り返ってみるがそこには誰も立っていないし、誰の声も聞こえない。

 同僚たちは自分と同じようにパソコンに向かい、オフィス内にはキーボードやマウスの操作音だけが聞こえている。

 私も自分の作業に戻ったが、頭の片隅には夢に出てきたあの田沼と名乗った男の言葉とニヤリとした笑みが残っていた。

 あの男は一体何者だったのだろう。

 ただの夢のはずなのに、何故か気になった。

 しかし今はとりあえず仕事に集中しなければ。

 さっさと終わらせないとまた帰りが遅くなる。

 そんなことを考えながらいつものように仕事に追われ、午前様になって布団に寝転がる頃には、私は今朝見た夢のことはすっかり忘れてしまっていた。


 思えば、この時が最後のチャンスだったのかもしれない。


 数日後、私は仕事中に突然激しい頭痛に襲われて倒れた。

 薄れゆく意識の中で、「だから忠告してあげたのに」という誰かの呆れた声が聞こえたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ