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11ー6 湯けむりの中

夜…


「ま…まぁ、人間誰しも、調子が悪い時くらいあるわよ、うん…」


そう言いながら、カオリは渋るアユムを外へ連れ出す。


「こ、こういう時は、お風呂!お風呂で嫌な気分を全部流しましょう!!」


昼間、村の仕事を手伝っている時に聞いた。ここにはSWDでも壊されずに残った露天風呂があると…そして連れられて来たのは、硫黄の香りの漂う和風建築。ただし、半分焼けて、ビニールシートで覆われている…かつて温泉施設だった場所らしい。


「ほら、ここ。スターゲイザーはあたし達だけみたいなもんだから、きっと貸し切りよ。」


ノロノロと歩くアユムは無表情だ。


「い、言っとくけど、またのぞいたりしたら、許さないからね!あは、あはは………」


カオリの前を無反応で通り過ぎて、男湯の脱衣場へ入ろうとするアユム。


「アユム………気持ちは分かるけど、いい加減に元気になって…」


「………あなたに僕の気持ちの何が分かるって言うんです…!?僕自身、この気持ちが何なのか分からないってのに………」


ようやくボソっと言い捨て、暖簾の中に消えていくアユム。そんな彼に伸ばした手を力なく降ろし、ガックリとうなだれ、女湯の脱衣場に入っていくカオリ。そんな2人を、物陰から見つめる2つの人影があった………


     ※     ※     ※


細長い脱衣場で服を脱いで、細長い洗い場を抜けて、やはり細長い岩風呂に浸かり、夜空を見上げるアユム。どんな名湯でも、このグチャグチャの心は治せそうにない。フォーマルハウトは………まだ南中する季節でも時刻でもない。


見えない。星が………


「失礼する…」


脱衣場の方から誰かが入ってくる。鍛え上げられた肉体の、男性…


「最上さん………」


エイジは掛け湯をかけて湯船に入る。ここは露天風呂で星空が見えているのに、エイジは平然としている。


「あなたも『スターゲイザー』なんですか!?」


「恐怖心を乗りこなせなければプロとは言えんよ。もっとも、私意外のアレッツ乗り4人は、星空の恐怖を克服出来なかったがな…」


ん!?この人がここにいるという事は、今、女湯には………


「あ、カオリたん、こんちゃーーーー!!」「く…久野さん!?」


女湯からそんな声が聞こえて来て、続けて「きゃっほーーーーーい!!」という歓声と、グラマーだけどカオリさんには若干劣るプロポーションの女性が(どうして分かるんだ!?)飛び込んだかの様などっぽーーーん!という水音。やっぱりあの人も一緒なのか…そして、「おおお〜〜〜っ!!やっぱりぃ!立派な物持ってた〜〜〜!!」「きゃっ!や、やめてください!!」という艶声。男湯のアユムとエイジは、何故か前かがみになる。特にエイジは、直前にあんな事があったから尚更…


「最上さん、あれ、何とかして下さいよ…」

「…私達に聞こえる様にわざとやってる節がある…」

「…あなたの部下でしょう!?」

「あれを私がぎょせるとでも思うか!?」あんな事があって却って主導権を握られてしまった。


ここの全てが細長い理由が分かった。SWDで男湯か女湯のどちらかだけ燃え残ったのを、無理やり2つに分けたらしい。そのせいで仕切りの壁が薄くて、向こうの声が筒抜けなのだ…


そして…ようやく女湯の方の声が止み、こっちも治まってきた。


「最上さん…」

「ん!?」


そうだ。僕は…


この人と、あの話をしないと………


     ※     ※     ※


「………君と同じいじめられっ子で、引きこもりの男性、自称『生きたおもちゃ』が、自分をいじめた歴代のクラスメート全員を殺すため、アレッツに乗って旅をしている。そして、寒河江と米沢は、そいつの元クラスメートだったために殺され、君も彼と戦って善戦したが、最後の最後で心理的な弱点を突かれて負けた。………」


「はい………ごめんなさい。今まで言えなくて………」


「いや…君もショックだったろう…目の前で大勢人が殺されて…」


「そう………なんでしょうか…」

アユムはお湯の中で膝を抱えた。


「ん!?それじゃあまさか、戦いに負けたのが初めてだったとか…」彼は自分の気持ちが分からないのだろうか…


「………」無言で首を傾げるアユム。


「一体…どうしたと言うのだね!?」彼が本調子では無いのは、野盗の襲撃にアレッツで出なかった事からも明らかだった。


「分からないんですよ。自分でも…あいつは僕と同じ所から始まって、同じアレッツ乗りになったはずなのに、僕とは正反対の方を見て、正反対の、クラスメートを全員殺すなんて理由のために旅をしてて…初めてなんです、僕、こんな変なの…今までずっといじめられてたから…あいつは無関係の人を大勢殺して、なのに…」


(ふむ…近親憎悪という奴かな…)


今の話が聞こえていたのか、女湯の方からシノブの声がした。


「好きの反対は嫌いじゃなく、あくまで無関心っスよ!!」


「シノブ君、そう言うのはセクハラにならないのかね!?」


「男湯の方から女湯の方にしたら、なりますね〜〜〜!!」「く…久野さん…」


向こうでカオリも呆れてる様だ。だがシノブの言う事にも一理あるだろう。彼の周りは家族以外はみんないじめの加害者か傍観者。今まで『嫌い』寄りの『無関心』ばかりだった人間関係に、強烈な『嫌い』を感じる相手が現れて、混乱してるのだろう。


「と…ともかく…」エイジはコホンと咳払いをして言った。「君はそいつと違って、みんなのために働いて戦って来たんだし、例えそいつと同じ境遇に置かれても、復讐に走る様な事はしないと思うぞ。」


「そうですかね………」


「カオリ君はこの事について、何か言わなかったのかね!?」


「『あんたはああならなかったし、ああならない』って。あと、『あいつとは関わるな』って…」


「ふむ…なら、私も彼女と同意見だね。君は、そうならなかったし、『いじめる側にならない』という誓いがある限り、そうならない。あと…」

エイジは声を潜めて、

「…君もそいつに因縁を感じているかも知れないが、私達にとってそいつは、日本の平和を乱す巨悪であると同時に、仲間を2人も殺された仇でもあるんだ。こう言っちゃ何だが、仇討ちという意味でも戦う優先権は私達の側にある。君は彼に関わらない方がいいな。」


「は…い…」アユムは曖昧な返事をした。


「そう言えば聞いてもいいのかね。仙台を越えて南進していると言うことは、何か他に旅の理由があるのだろう!?」


エイジの問いに少し戸惑った末、アユムは言った。


「僕は…SWD前の夏の日に、クラスの女の子から告白されたんです。その子にもう一度会って、告白の返事をするために、旅をしていたんです。」


否定されるかと思ったその答えに、エイジはにっこりと微笑み、


「やっぱり君は、その男とは違うよ。」


     ※     ※     ※


一方、女湯。時は少し巻き戻る…


「男湯の方から女湯の方にしたら、なりますね〜〜〜!!」「く…久野さん…」


こっちにも男湯の会話が聞こえていた。


(なるほど…ショーネンとカオリたんの様子がおかしいと思ったら…)


シノブは両手で作った水鉄砲でピューとお湯を吹き出すと、


「しっかし女ってのはホント因果な物っスよね〜〜〜。男に依存しない自立したオンナのつもりでいても、男の浮き沈みでこっちまで浮かんだり沈んだり…」


シノブの軽口にも沈んだ面持ちのカオリ。この人お風呂の中でもメガネかけて、曇って見えないのでは!?


「ま、アーシ等の場合は、アーシがぎゅ〜〜〜っって抱きしめて、タイチョーのタイチョーを頭ナデナデしてあげたら、それまでシオシオにしおれていたタイチョーが、ビンビンに元気になりやしたけどね。ニャハハハハハ…」


シノブはヘラヘラと続けた後、少し自嘲気味に、


「タイチョーの暴走を止めるブレーキ役…の、つもりでしたが…アーシの方が絆されちまいヤしたよ…」


「あたし達…そんなんじゃないですから………」

沈んだ声のカオリ。


「どうしてぇ!?アータ達、北海道からずっと一緒に旅して来たんショー!?」いつの間にかコイバナになって来た。


「あの子、あたしより3つ半も年下なんですよ。」


「男なんてみんな子供みたいな物っスよぉ!」


「あ、あたし、SWD前に付き合ってた人がいたんです。」


「過去形って事は今はフリーっスよね!?」


「…もうあんな思いをするのは嫌なんです!!」


「だからって一生一人でいるつもりも無いんショー!?」


「だって…だって………」


「けっへっへ…もう抗弁はおしまいっスかぁ〜〜〜!?」


その時、男湯の方から話し声が聞こえてきた。



「僕は…SWD前の夏の日に、クラスの女の子から告白されたんです。その子にもう一度会って、告白の返事をするために、旅をしていたんです。」



(あ………)


シノブがカオリの方を見ると、彼女は膝を抱え、顔の下半分までずぶずぶと湯に沈んで行き、俯いたまま口からブクブク…


シノブはカオリを、前から抱きかかえる様に両腕を左右にまわした。



「ぎゅ〜〜〜〜〜………っ」

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