10ー8 いじめる側には なりたくないから
『天使』は6本の腕を前に向かって広げ、パーティクルキャノンを射出!反射的にシールドでガードしようとするが、光の柱はアユム機の左右を通り、後方の復興村に照射される。粗末な建物の寄せ集めの村に刻まれた6本の炎の爪痕は、あっという間に村じゅうに延焼する。
「ぎゃぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
さっきまでののどかな昼下がりが、一瞬にして地獄へと化した。アユム機のコクピット内の2人も、
「ひ…ひどい…」「無関係な人まで巻き込むなって言ってるだろう!!」
『天使』の中の『生きたおもちゃ』は、ニタァと笑って、
「クックック…他人の心配をしてる場合か…なぁ!?」
光線を射出したままの『天使』の左右の腕を徐々に狭めて行き、手のひらを合わせる。アユム機の左右から光線が閉じるハサミの刃の様に迫り、
「くっ!!」
アユム機は間一髪、閉じきる瞬間にジャンプして逃れる…間に合わず左のつま先を持っていかれた!!
「ぐぁっ…!!」「アユム…歩行、ホバリング機能低下!!」
何とか着地したアユム機に、『六本腕の天使』は、明らかに二足歩行出来そうにないくらい細い足を尻尾のように下に揃えて、ゆっくりと滑るように、宙を浮きながら近づいてきた。
「そぉぉぉぉれぇぇぇぇぇ!!」
右側3本の腕の先から長い指の様なパーティクルブレードを伸ばし、アユム機に振り下ろした。動き自体は大振りだ。アユム機はうち1本を盾で受け流す。が…
2本目!!更に盾で受け止めるアユム機。
3本目!!!避けるアユム機。
4本目!!!!名前どおり6本ある腕のうち、左の1本からパーティクルキャノンが射出された!
「ぐ………っ!!」右手のアンブレラ・ウェポンで受け流す。
「こいつ………動き自体は鈍いし、パイロットの腕も大したこと無いのに…6本ある腕を使いこなしてる!!」
「文字通り手数が多いのね…」
「おまけにあの腕…全部ブレードにもキャノンにもなるのか…アンブレラ・ウェポンを6本装備してる様なもんだ…」
戦闘経験も腕前もアユムの方が上、加えてアユム機にはカオリモーションを搭載している。だが、敵の手数の多さに苦戦していた。おまけに片足をやられたため、いつもの動きが出来ない。
「アユム、とりあえず腕を狙って!!相手の手数を減らそう。」
「やってます!でも…」
動く腕には当てにくい。
そして…
タァァァァーーーン!!「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
『6本腕の天使』は周囲に被害が及ぶ事をお構いなし。燃え残っている建物や、逃げ惑う人々に、余っている腕で攻撃してすらいた。
「やめろって言ってるだろう!!」
叫ぶアユムに、コクピットの中で『生きたおもちゃ』は、炎に包まれる周囲の光景に高笑いし、謳った。
「いじめとは人が4人集まれば成立する。即ち被害者と加害者と扇動者と傍観者である。」
ヒ ュ ン ! ボ ォ !
謳う度に『6本腕の天使』は、村を焼き、人を殺す。
「いじめとは人が3人集まれば成立する。即ち被害者である少数派の1人と加害者である多数派の2人である。」
タァァァン!! 「ぐあ!?」「シールド破損!!アユム、反撃して!!」「だめだ…まだ周りに人が…」
「いじめとは人が2人集まれば成立する。即ち攻撃される弱者と攻撃する強者である。」
ドーーーーーン!! 「ぎゃあああ…」
『6本腕の天使』は、最初に倒してそこら辺に転がってた『保安官』のアレッツの膝下を撃ち抜き、爆発でさらに周囲の被害と混乱を増幅させる。
「やめろ!やめてくれ…」
「それより何なのこいつ、さっきから何言ってるの!?」
コクピットのカオリが呆れて言ったが、アユムの顔が段々険しくなって行った。
「従って、いじめ、弱者攻撃の無い世の中を作るには…」
「その先を言うなぁぁぁぁぁ!!!」
『生きたおもちゃ』の言葉を遮る様に叫び、アユム機はガンモードのアンブレラ・ウェポンを連射!『6本腕の天使』の右腕を1本飛ばす。
「確かに、いじめは許される事じゃないんでしょうけど、言ってる事が極端すぎるわよ!!」
後ろのカオリの声に、パイロットシートのアユムも苦々しい顔になった。そんな二人の状況を知ってか知らずか、腕が5本に減った機体のコクピットで、『生きたおもちゃ』は、
「渡会アユム、俺がクラスの連中から何て呼ばれてたかはさっき言ったとおりだよ…あいつら普通の連中は、いじめられる側の人間を玩具くらいにしか思ってない。
叩いて、蹴って、突ついて、ブッ壊れたらバレないように捨てられて、忘れ去られるんだ。全校集会なりネット記事なりになればまだましなくらいだ…」
「僕も…身に覚えがあるよ。同じ様な事言われた。」
「なら分かるだろう!?奴らは相手を殺しかねない事を、ふざけ半分でやってる。俺だって、引きこもって社会的に死んでようやく開放されたんだ。
奴らは無意識に俺たちを殺す。だから俺は、自分の意思で奴らを殺して、思い知らせてやるんだ!!」
「だからそれはだめだって…」
「いい子ちゃんだねぇ、渡会アユム…安っぽい道徳観かい!?こんな無法の世の中で遵法精神かい!?お前自身はロボットなんかに乗ってるくせに…」
「あいつらは醜い。そして僕は、あいつらみたいになりたくない。きれい事は言わない。それが理由だ。」
「あぁもう…
遅すぎるんだよぉぉぉぉぉ〜〜〜!!」
『6本腕の天使』は、残った5本の腕からパーティクルキャノンを乱射、アユム機に集中砲火を浴びせた。
「右肩被弾、左上腕より切断、左膝被弾…あ、アユム!!」
「カオリさん…左つま先欠けてますけどホバーの左右調節お願いします…」
「わ…分かった…」
「行きます!!前進!!う、うぉぉぉぉぉ…!!」
アユム機は被弾をものともせず『6本腕の天使』へと突進し、最接近の刹那、ブレードモードのアンブレラ・ウェポンを斬り下ろし、
『6本腕の天使』の左腕3本を、肩から落とした!!
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」
一瞬で形勢を逆転させられた、『生きたおもちゃ』。
「そうか…こいつ、腕は動くけど、同じ所から生えてるから肩を狙えば…」
やっぱりこいつ、強いけど戦い慣れしていない…
「このまま倒す!!」
アユム機は右手のブレードの切っ先を突き出し、
「虐げられし者の恨み、思い知………」
「やめて………いじめないで………」
不意にモニターいっぱいに現れた『生きたおもちゃ』の顔が、上目遣いで目を潤ませ、弱々しい声で涙まで流した…
『6本腕の天使』に当たる寸出のところで、アユム機はパーティクルブレードが止まる。
僕は………いじめる側にだけはなりたくない。
「ニィ………!!」
涙目だった『生きたおもちゃ』が嫌な顔で笑い、
シ ュ っ!!
『天使』は残った右腕2本を盾と横に動かし、アユム機の両足のジェネレータと腰のコクピットを同時に斬ろうとする。慌ててアユム機は斬撃を交わし、ブレードを振り下ろす!
アユム機の右腕と、両膝が斬れ、額に斜めの傷がつき、
『天使』の残った2本の腕も切断される。
ドーーーーン!! 両手両足を失ったアユム機が仰向けに大地に転がる。
もう復興村は火の海に沈み、周囲には生きた人間は誰も残っていなかった。
コクピットから出てきた『生きたおもちゃ』は『天使』に手をかざすと、『天使』は小さくなって、腰に下げていた完成品フィギュアの様な姿に戻る。ただしさっきの戦いで、腕は6本とも失われてしまったが…そして彼は、クラス名簿からこの村に住んでいるという3人の名前を赤ペンで消し、最後に焼け野原になった復興村と、倒れたアユム機を満足げに眺めると、
「クックック………
アーーーーッハッハッハ………!!」
高笑いしながら、どこかへ歩み去ってしまった………




